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2024/09/23

平気なの、細く開けた戸の隙間から声を掛けたけれど、小さなソファの上に蹲った少しばかり奇抜な色合いの上着はぴくりとも動かない。袖から伸びて肘掛けに掛かった手はだらりと力なく弛緩していて、本当に「引っかかっている」だけのようだ。
 うつぶせ寝の癖は最近知ったけれど、これは悪癖の部類にはいる、と清澄は思う。顔が見えないと安心できないことだってある。特に今日のような日には。
 そろりともう少し扉を開いて、身を乗り出す。呼吸の音は――よく解らない。まさか死んでいるということはないと思うのだけれど。
 ねえ、ともう一度声を掛けるより先に、止めとけ、と後ろから宥める声がした。
「でも」
「ほっとけ。寝かせてやれよ」
 ぱき、と乾いた音を立ててペットボトルの蓋を開ける彼は、こちらに視線も寄越さない。それが少し気に障ったが、確かに起こすのもしのびないと思い直して、後ろ手にそっとドアを閉めた。
 向かいのソファ――病院の待合室にあるような、背もたれがついただけの硬いヤツだ――に座ると、舟形が無言でビニール袋を差し出す。買い物は布の袋で、と教わって育った清澄には、これは少し珍しくて、いたたまれないアイテムだった。勿体ないことをしている気分になる。今では随分慣れたのだけれど、それでも清澄の部屋には、この使用済みのビニール袋が小さく畳まれて保管してあるのだった。
「――サイキックって」
 取り出したペットボトルのジャスミンティーを一口飲んで、ぽつりと呟いた言葉に舟形が少しだけ視線を向けてくる。
「いつも、あんな感じなんですか?」
「――まあ、な。最初のうちはあんなんだ」
 工場も流通も麻痺した東京では、コンビニのおにぎりなんてすっかり見かけなくなってしまった。しけた海苔の巻かれた、手握り、と言えば聞こえは良いおにぎりの最後の一口を呑み込んで、彼は続ける。
「奴等、妙に勘がいいだろ。あれな、どうも俺達より“感じてるもの”が多いせいらしい」
「それって、“第六感”とかそういう?」
「さあな。とにかく見えるものが多いから、余計に疲れるんだとさ」
 言って、彼は時分のプラスチックパックの中に残った、最後のおにぎりに手を伸ばす。そうなんですか、と相づちだけ打って、清澄も袋の中のパンに手を伸ばす。見えるものが多い世界。彼にはこの部屋が――花に覆われた巨大都市はどんな風に見えるのか。そこまで考えてから、はたと気付いた。
「あの、もしかして他にもサイキックの人と仕事したこと、あるんですか」
 問うと、彼は少しだけ眼を細めて、ああ、と答えた。
「あいつも最初はへばってたな。今じゃ全然、扱く側らしいが」

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 眼下に広がる花の大地は、瘴気を宿して暗く霞む。
 破れた硝子を踏んで、彼女は赤い鉄塔の骨組みに立った。
「――ここからね」
 絶望の蔓延る大地を遠く見下ろして、
「ここから飛び降りたの。二人で」
「……誰、と?」
「お母さんと。私ね、昔虐められてたんだ。だからお母さんは、一緒に遠くに行こうって」
 言ってくれたんだけど。そこまで言って、彼女は一度口を噤んだ。
『私、お母さんに連れてってもらえなかったんだ』
 そういう意味か、と目を閉じる。ずっと勘違いしていた。母親は彼女を捨てていったのではなかった。
 デストロイヤ。そう呼ばれる彼女の肉体は、ムラクモの誰より強靱だ。
「私も、一緒にいきたかった、な」
 異能を持て余したまま、彼女は少しだけ寂しそうに笑う。

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