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2024/09/23

 にっこりと微笑まれたので、それにつられてにっこり微笑み返してみたのだが、それくらいで誤魔化されてくれるような人ではなかった。
「絶対に、駄目です」
 きっぱりと言って、腰下まで伸ばした金髪を背中に流した彼女は、いっそ神々しいまでの慈愛に満ちた微笑を浮かべる。白い壁を背景に窓から差し込んでくる午前中の日差しを金髪が弾く様子は、それはもう聖母様といった風情なのだが、その口調には怪我人の無茶な我が儘なんて決して聞き入れませんよ、という姿勢がありありと表れていた。
「けど、深い傷はないですし」
「治癒魔法を過信してはいけません。万能ではないのはご存じでしょう。縫った傷をお忘れですか?」
 畳みかけるように言われて、サイアスは言葉に詰まる。
 縫った傷というのは、帰還するなり青い顔をしたカレンが呼んできた医者にざくざく縫われてしまったアレだ。傷跡(まだ糸が飛び出ている)を見ると、今でもちょっとだけ心が痛い。あの時は久しぶりに治癒魔法のありがたみを実感して、今度から種族特徴の矮小化がどうのこうの(そんなことを言ったって、今更血統維持なんてナンセンスだ)とかいう面倒な話にもちゃんと取り合おうと、少しだけ思った。
「でももう動けますから」
「だからです」
 ふんわりと、慈母の笑みをティータは浮かべた。こんなに素敵な笑顔なのに、どことなく怖い気がするのは何故だろう。
「動ける方に限って自分の体を過信する傾向が強いのです。こればかりは本人の言を信じるわけにはいきません」
 絶対に覆らない調子で言われてしまっては、どうにも返す言葉が思いつかない。彼女の口から出る言葉がどんな内容だろうと、こんな全て解っています、大丈夫、なんて顔で言われたら、子供ばかりでなく大人だって引き下がってしまうに違いない。
「とにかく、傷口が塞がるまでは安静です」
「えーと、しかしですね、仕事が」
 なんとか食い下がってみるものの、
「サイアス卿」
 困ったように少しだけ首を傾げて、ティータは傍らの人が殴り殺せそうな書籍群を指す。因みに一番上に積まれた本のタイトルは「解剖学」。以下、感染症、看護学、細菌云々、etc…
「ご自分のお体について説明が必要ですか?」
「…………結構です」
「では、安静の件はご理解いただけますね」
「……はい。大人しくしてます」
「大変良い心がけだと思います。一日も早い復帰をお祈りしております」
 言ってティータは積まれていた書籍を抱え上げた。手伝う間もない。細腕に見えるが、実は結構力仕事とかしているのかも知れない。そう言えば彼女が持ち歩いている聖杖はそれなりの重さがあったはずだ。
「それでは、お大事にしてくださいね」
 はい、と答えたサイアスに、今度は子供にでも微笑むように笑い返して、彼女は病室の扉へと向かう。その背を眺めながら、何となくサイアスは納得する。
 ああなるほど、つまりは、「聖母」なのだ。母親は優しいものだが厳しいこともあるし、神様だって愛を説く反面、試練を与えたりする。

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2008/07/03
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