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2024/09/23

そして、おばあさまは言いました。
「あなた方は、十五になったら、海の上に浮かび上がっていくのを、許してもらえますよ。そうしたら、あなた方は、月の光を浴びながら、岩の上に座って、側を通って行く大きな船を見たり、街や街を眺めることができますよ!」
 さて、その次の年に、一番上のお姫様が十五歳になりました。けれど他の妹達はまだでした。……そう、みんな、歳が一つづつ下だったのです。
 けれども、お姫様たちはお互いに、自分が上に行った最初の日に見たこと、一番美しいと思ったことを、他の姉妹たちに話して聞かせようと、約束し合いました。というのも、みんなはもう、おばあさまの話だけでは、足りなくなっていたからです。みんなが是非とも知りたいことが、本当にたくさんあったのです。

 ーーアンデルセンの童話:人魚姫より 大塚勇三編・訳

「それは、面白いかい?」
 唐突に声をかけられて、加州は顔を上げた。思っていたよりも近くに小首を傾げて立つ主の姿を認めて、慌てて無遠慮に崩していた足を正座させる。
「主、帰還してたんだ?」
「つい先程」
「新入りの様子はどうだった?」
「なかなか、というところかな。まだまだ研鑽の余地はあるけれど、頼りになると思うよ」
 もちろん加州にはまだまだ及ばないけれどね。
 そう言われれば、その言葉の何割を真贋が占めているかなど関係なしに、加州は嬉しいと思う。頼りになると言われる、信を置かれているーーそれが加州にとっては何よりのご褒美だった。
「ところでそれだけれど」
「あ、うん。主の本だよね?」
 この主ーー審神者は現世とされる未来からものを持ち込むことを好まない。持ち込んできてみてもせいぜいが戦術書や歴史書のたぐいで、それならば刀当人に聞いたほうが早いのではないかと思ったりもする。
 だが、加州が今まで読んでいたのは、明らかにそういった類のものとは違っていた。
「短刀たちにね、聞かせる話の一つも知らないのではいけないと思って」
 考えを見透かすように、あるいは照れくささを弁解するように主は言う。
「……ふうん」
 以前はこの審神者は刀剣たちとあまり深い関わりを持とうとしなかった。けれど、こうして歩み寄ろうとしているということは、なにか考えの変化でもあったのだろうか。以前はこういった心中を推し量ることさえ許さないような壁を、近侍の加州すら感じていたのだけれど。
 まあいいや、と加州は思う。もし主がなにか話す気になった時にそれを聞くことが出来ればいい、今はそれだけでいい、と自分に言い聞かせる。
「いいと思うけどさ、話して聞かせるにはちょっと難しい話が多いんじゃないの」
「まあ、そうだね。あらすじだけでも聞かせれあげられればと思ったのだけれどね」
 もうこんな歳になると覚えも悪いし、暗唱は無理だね、と主は言う。こんな歳、と言っても、確かな年齢を知るわけではないが、この審神者の外見は三十前といったところだ。そう記憶が衰える歳でもあるまいに、と加州が言うと、主はいやいや、と首を振る。
「人間の頭はね、だいたい二十五を過ぎると徐々に衰えていくのさ。だから私はもう下り坂だよ」
 下り坂、という言葉が、妙に印象に残った。そう、花に盛があるように、生きとし生けるものには寿命がある。己等刀剣のように命ない物が仮の姿をとっているのとはまるで違う。
 そうして何人もの死を見てきたじゃないか、と思いながら、またこの主との別れを経験するのかと思うと、本来ないはずのーーこの審神者によって形作られた心が痛む気がした。
「それで、お気に入りの話はあったかい」
「あー、めくってただけだから、全部読んだわけじゃないし、まだ全然」
 言ってページを指させば、主はああ、と小さく声を上げる。
「主はこれ、読破したの?」
「うんと小さな頃にね。だから内容はおぼろげに覚えているけれど、細部はさっぱりだ」
 懐かしそうに文字列を視線が追い、ふ、とひとところで留まる。その気配に気づいた加州が後ろから覗きこむようにしていた主を見上げると、主の瞳には何処か切なそうな色が浮かんでいた。
「この話は、人魚姫と言ってね、海に住む異形の娘が、人間に恋をする話しさ」
「ふうん。……なんかそれ、似てるよね、俺達とさ」
「似ている?」
「だって俺達も元は刀じゃん。でも主のことずっと慕ってるから」
 いえば、困ったような苦笑が返って来た。
「お前が慕う相手はもっと他にいるだろうに」
「はあっ!? ちょ、待ってよ主」
「別に、お前が誰を好こうと、私はお前を捨て置いたりしないよ」
 言い募ろうとした加州の心中を読んだように、主は言い切った。
「むしろそのほうが幸せだろうと、私は思うよ」
 言って、主はパタリと本を閉じる。赤い布張りの、少し汚れた、けれど美しい装丁の本を。




 ーー人魚姫の手の中で、ナイフがぴくぴくと振るえました。……けれど、その途端、人魚姫はナイフをずっと遠くへ、波の間に投げ捨てました。すると、ナイフの落ちた辺りの波は赤く輝いて、まるで血の滴が水の中から、ぷつぷつ湧き上がるように見えました。人魚姫は、もう半ば霞んでしまった目で、あと一度だけ王子様を眺めると、船から身を躍らせて、海に飛び込みました。すると、自分の体が溶けて、泡になっていくのが感じられました。


(異なる存在との恋は、報われないと知っているから)

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2015/02/06
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