「あんた、結構強いよな」
「そうでもないぞ」
言いながら杯を傾ける三日月は、そう言いながら酒精に酔った風は全くない。対する加州は、既にすっかり出来上がったと言っても差し支えない状態だ。なんだか頭はクラクラするし、少し眠い。体の感覚もどこか希薄で、今刀を握ったところでまともに振るえるとは思えなかった。
「思うに加州よ、そなたは急いて飲み過ぎる癖がある」
「あーそれは、そうかも」
思えば前の主のもとは男所帯、酒宴で盛り上がることは避けられない。そのせいだろうか、つい注がれれば飲み干してしまう癖のようなものがついていて、動物ではないけれど、モノも持ち主に似るもんだなぁとぼんやり思う。
「だったらさぁ、あんたもホイホイ注ぐの、やめてよ」
盃を飲み干す度に、手酌で構わない、と思うのに、この三日月宗近という男は、まるで世話焼きのように杯を満たしてくるのだ。
きり、といまいち締まらない表情であるのを自覚しながらも睨めば、三日月は笑って、よいではないか、と返す。
「せっかくの賜り物ぞ、酔わぬほうが面白くあるまい」
そういうものだろうか。確かに新酒の味も、風情も景色も会話も楽しんだ。後は酔の余韻を楽しむだけ、となってもいいのかもしれないけれど。
「けどさぁ、あんただけ酔ってないの、なんか面白く無い」
「そうか? では」
くい、と杯が差し出された。
「俺にも酌をしてくれんかな、加州」
「……そんなんなら、いくらでもどーぞ」
といって卓越しに酌をしようとすれば、己の徳利は既に空だ。仕方なく、三日月の方に卓を回って這って行って、園となりに正座する。まだ中が残っているだろう徳利を手に取ろう、とした時だった。
ぐい、と腰に手を回され、引き寄せられる。うわ、という声は出たのか出なかったか。そのまま半ば足を崩した三日月の膝の上に乗っかるような形になって、背中に触れる体温に頬にかっと朱が走った。
「っ何すんだじじい!」
「言ったろう? 俺もそう酒に強いわけではない、と」
そういえば最前にそんな会話をした気もする。つまり酔っぱらいの策略にあっさり引っかかったわけだ。
子供っぽい悔しさを蹴散らそうとする加州の手を、三日月の左手がとった。そのまま、あの時のようにゆるりと指が絡む。その手の甲に口付けられて、いよいよ加州はどうしたらいいのかわからなくなる。
「清光」
「なに……さ」
「今のうちだぞ?」
どくん、と刀のうちはなかった器官が強く脈打つ。
何が、などとは問うまでもなかった。
口付けられたそのままの位置で紡がれる言葉がくすぐったい。けれど、決して嫌ではない。それがなおさら加州を追い詰める。
結局出たのは、歌手にしてはひどく婉曲な、暴言じみた言葉だった。
「馬っ鹿か、あんた」
言って、今度はこちらから手の甲を相手の唇に押し付ける。からかうような言葉ならば今は聞きたくなかった。
だが、言葉は何一つなく、加州は腰ごと自分の体が持ち上げられるのを感じる。一瞬浮遊感を感じたのもつかの間、背中から降ろされたのは畳の上だった。
覆いかぶさるように三日月に見つめられ、今度こそ顔を隠すすべのなくなった加州は、頬を朱に染めたまま視線だけをそらす。いまあの打除けの宿る瞳を見たら何を口走るかわかったものではなかった。逸らした視線の先には、三日月の白い腕があって、しっかりと加州を閉じ込めている。
「清光」
呼ばれて、そろそろと見あげれば、思ったよりも近くに三日月の顔があって、それが満足したような笑みを浮かべているのを見る。せり上がる感情を誤魔化すように、明かり、とだけ呟いた。
それに納得してくれたのかどうか、覆いかぶさっていた三日月は立ち上がると、部屋の中に一つだけあった燭台を手で仰いで灯火を消す。
すっかり暗くなってしまった室内で、けれど今更逃げることも出来ずに、加州は寝転がったままそれを見ていた。
再び戻ってきた三日月が加州に手をのべる。それを掴んでそっと抱き起こされると、今度は殺気よりも幾分柔らかい感触の上に押し倒された。座布団の上だ、と思うと同時に、己はともかく、この典雅な刀にこんなところでそんな行為に及ばせてもいいものか、どこか罪悪感のようなものが沸き上がってくる。
嫌だ、といえばこの男はきっと愛でるだけ加州を愛でて、それで開放してくれるのだろう。けれど。
今は。
「……こんなとこで、いーの」
「今を逃すほど、呆けては居ないのでな」
ああ、と加州は目を閉じる。
そっと唇に柔らかい感触が重なり、閉じられた唇をちろりと舐められる。やがてそれは口唇を割って口内へと入ってきて、もどかしさと幸福とがないまぜになるような優しさで、下と絡み合う。
今日の夜はきっと長いのだろうと、加州は思った。
PR
( 2015/02/01)
ブログ内検索