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2024/09/23

乾いた空風が頬を撫でていく。
 ここは維新が時、鳥羽の地だった。
「ここが……鳥羽……」
 ポツリと聞こえた呟きに、加州はわずかに眉をひそめた。
 ああ、そうだ。ここが鳥羽だ。加州の最後の主となった新選組が隊士、沖田総司が望んで、けれど来られなかった戦場だ。
「何湿っぽくなってるのさ。うざいよ?」
 加州とてこの地に思うところがないわけではない。だからこそ、それを素直に口に出した、口に出せる安定に苛ついたのだ。
「だって……沖田君とは、結局一緒に来れなかっただろ」
 そうだ。後に歴史に残ったという池田屋の襲撃の際に喀血した沖田は、結局負傷によりこの戦場へと来ることが出来なかった。
 沖田の剣は勇猛の剣と称され、一足の踏み込みで三度突く、三段突きは幕末の志士達に恐れられたものだった。
 加州も安定も、刃毀れし、曲がって鞘に収まらなくなるまで使い込まれた沖田の愛刀だった。兄のように慕った同士の首を落とした時にすら使われた。
 戰場ではいくらでもあの人を守ってやることが出来た。どんなに酷使されようと、それが刀剣として生まれた己の本分だと思っていたし、だから戦の途中で折れようとも構わなかった。
 だが。
 大阪へと療養へ護送される途中、主は、沖田総司は肺結核を発症した。
「…そうねー。あの人、お前みたいな使いにくい刀好きだった分、体弱かったもんね」
 加州も安定も、病だけはどうしてやることも出来なかった。
 苦しげに咳き込む主の掌を、血がしとどに濡らしていくのを見るのは、いつ折れるかわからない戦場での恐怖とはまた別の恐怖があった。
 その恐怖を沖田も感じていたのだろうか。最後に近藤に見舞われた時には、あの沖田が声を上げて泣いた。刀剣である加州達には、その心中を図るのは無理だと最初から諦めていた。だが、あの時の沖田も、また、某かの恐怖と悔しさを抱えていたのだろうか。
「使いにくいのはお前も同じだろ」
 吹っ切るような苦笑とともに返す相手の胸中を慮ることは、加州には出来ない。
 同じ思い出、同じ思いを共有していても、加州と安定の性質は似ているようで対のように逆だ。
「……そうね」
 迷った末、同意だけにとどめた加州を、安定が不思議そうに見つめる。
 溢れそうになる思いを押し込めて、加州は天を仰いだ。そこには抜けるような蒼穹が広がっている。地上のかつての腥さなどまるで届かぬように。
 沖田も、そんな場所にいるのだろうか。
「ったく、俺たちみたいな刀の主は、長生きしてくれなきゃ迷惑だよ……」
 以後の沖田は体調の悪化により前線に立つことはなくなり、その一年後、千駄ヶ谷で逝去した。
 師と仰いだ近藤の死を知らぬまま逝ったのは、幾ばくか幸せだったかもしれない。尤も、それも刀鍛冶に出されたものの修復不可と言われ差し戻され廃刀となった経緯のある加州は、半ば伝聞でしか知らない話だ。
 ただ、当時から長生きはしないだろうという予感はあった。
 普段は冗談を言っては笑い、童とともに遊ぶことすらあった沖田は、それとは裏腹に剣を握れば人が変わったように苛烈であった。
 刀で斬るな、体で斬れ。そう教え、色白で小さな男でありながら師の近藤すら恐れさせたほどの激しさを持ったあの主は、その苛烈さ故に、早く命を燃やし尽くしてしまうだろうと、薄々そう思っていた。
 だから、刀剣としての最後を迎えるまで仕えられたことは、僥倖だったと思っている。あの稀代の剣士に仕えられたのだから、折れても本望ーーそう、思っていた。
「おまえはさ、あの人、どう思ってたわけ?」
 ポツリと口をついて出た言葉は何故だったのだろう。
「うん、尊敬してるよ。本当に、惜しい人だったし……」
 そう、と加州は気のない素振りで俯いた。
 安定が、生前の沖田を尊敬していることは痛いほどわかっている。こうして付喪神として人の形をとった今も、何処か沖田の面影を残した姿を見ていれば何も言わなくてもわかる。
 それが、沖田の死に付き従った安定と、最後まで一緒に入られなかった加州の差だ。
 稀代の才を持った剣士は夭逝するだろうーーそう心のなかで思いながらも、どこかで生き延びてほしいと思っていた。その姿の具現が、おそらく今の加州の容姿なのだ。
 お互い未練だよなぁ、思っては口にせず、加州はただ安定と同じように鳥羽の地を見やった。
 主の代わりにやってきた、この鳥羽の地を。

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2015/01/23
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