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2024/09/23

からり、と小気味良い音を立てて障子が開いた。
 ただ次の戦のために史料を漁っていた私は、明るく差し込んできた光に瞬いて、そこへ立つ長身の男を見上げた。
「主よ、少し話そうか」
 にこり、と人の良さそうな顔で微笑うこの男は、三日月宗近という。十一世紀の末に打たれたという彼は、私からしてみれば率いる刀剣の一人とあれどもどこかその前に立つと改まってしまう存在だ。他の刀剣ならば時はあるかと訊いてくるのだが、こうした態度にも、不満よりは恐縮さが先立つ。威厳、とでも言うのだろうか。
「……何でしょうか」
「まあ急ぐ話ではないよ」
「では茶でも入れましょう。菓子はありませんが」
「構わぬよ。突然押しかけたのはこちらなのだからな」
 良く言えば鷹揚、マイペースなこの男にも、やはり仕事の邪魔をした意識はあったらしい。
 とはいえ何もなくては間の繋ぎに困る。
 私は立ち上がると、暖を取るためにつけてあった熾火の上にかかった鉄瓶をとり、棚から急須と茶葉を取り出した。
「悪いの、主殿よ」
「慣れておりますから」
 己で淹れるのには慣れたものだが、人に振る舞うとなるとまた勝手が違う。急須に茶葉を二人分いれ、取り出した湯のみにそのまま湯を注ぐ。こうして茶器を暖めながら湯を適温にするのだ。
 何気ない視線を感じながら、それで、と私は切り出した。
「このたびは何の御用でしょう」
「まあ一息ついてからでも良いではないか」
 あっけらかんと返されて、仕方なく私は茶を入れることに専念した。
 茶器の中で湯ざましされた湯を急須へと注ぎ、わずかに揺らしてから互いの器へ均等に注ぎ分ける。最後の一滴まで注ぎ終わると、それを盆に乗せて文机へと運んだ。
 散らかった文机の上の史料を寄せてーー随分乱雑な扱いだが、これも現世に戻ればどれもこれも価値のあるものばかりだーー一つを相手に、もう一つを自分の側へと配する。
「どうぞ」
「では、頂くとしよう」
 平安のキオ続地味対象を身にまとった男は、所作もまたそれに似合って典雅な手つきで茶を口へと運ぶ。一口飲んで、にこりと笑った。
「主殿は茶を入れるのが上手いな」
「歌仙殿などに比べれば、まだまだです」
「しかし丁寧で思いがこもっている」
 そう言って、三日月は僅かに首を傾げた。
「加州のことも、同じように丁寧に扱ってやれはしないかね」
 突然にその名を出されて、私は息を呑んだ。
「決して……粗雑な扱いをしているわけではありませんが」
「だがあの者が望んでいるのは今のような扱いではないだろうよ。そのために加州がどれだけ尽力しているか、知って居るのだろう?」
 私はただ黙るしかなかった。
 愛されているだろうか、とこぼす加州。その声に応えてやらなかったのは、刀剣に己がなにか影響を与えることで刀剣を歪める恐れがあったからだーーなどというのは言い訳にすぎない。
 私は恐れているのだ。彼らに深く踏み入ることで、この使命を終えた時の別れの傷が深まることを。既に手遅れであったとしても、この気持は愛であって決して恋にはならないし、またそうなることを望まれていないだろうとも勝手に思っていた。
「……贔屓は、よくありませんので」
「しかしな、主殿。このままではあの者はいつか擦り切れてしまうよ」
 そう言って三日月は、もう一口茶を口に含んだ。
「それとも、主殿が出来ないのならば、私が愛しても構わぬのかな、加州清光を」
 予想外な言葉に、私は驚いて我知らず俯いていた顔を上げた。
 目の前の男は、最前と変わらずどこか飄々とした態度で人好きそうな笑みを浮かべている。
「……私の、口出しできることではありません」
 そう言うのが精一杯だった。
 愛を求めるあの男に、私は望むものを与えてやれない。
 だが、もし、それを与えることができるものが居るとすれば。同じ刀剣同士ならば。
「いいえ」
 言葉は自然と口をついて出ていた。
「もし、貴方がいいというならば……加州清光をおねがいします。私には、出来ないことがあなたには出来ますから」
 そうか、と三日月は頷いた。それを見て俯いてしまった私には、もう彼の表情は見えない。
「茶が冷めるぞ、主殿よ」
 三日月の言葉で、私はやっと目の前の茶器を手にとった。
 温かいそれとは裏腹に、含んだ深蒸し茶は苦い味がした。

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2015/01/25
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