「敵を見た」
戦いの跡も顕わに裂けた鎧を纏った王は、飛電から降りるとそう言った。
一体何があったというのか、折れた剣を握りしめたまま飛電にすがって膝を付きそうになるのを、駆け寄った忍が支える。騒ぎを聞きつけてやってきたのだろう、年若い巫女は帰還した彼の姿を見るなり小さく悲鳴を上げ、慌てて彼女の使役する精霊に治癒を命じた。
精霊の放つ穏やかな淡い光に包まれながら、敗北の風情色濃い風体とは裏腹に、彼の緋色の双眸には強い感情が宿っている。
「獣牙への進軍を中止せよ」
はっきりとした声でサイガは言った。
「敵は中央王国に巣くっている。マステリオンと名乗る者が糸を引いている」
王の無事を確かめに集まった人々と、告げられた事実。辺りに満ち始める喧噪がわずらわしかったのか、王は一言、人払いしてくれ、と言い目を閉じる。
「――ライセン」
「は」
「陣形を組み直す準備を」
「――御意」
人払いもかねてその場から立ち去ろうとしたライセンを、だがサイガは呼び止めた。足を止めて振り返る前に、背中に向かって言葉が投げられる。
「爺さんを見た」
密かに息を呑んで振り返った先、サイガは思い出すように遠くを見ている。強い感情が一瞬消えて、痛ましげな色をした。
「――黄龍帝は、幻影となっておられた。……それで、俺に力を貸してくれた」
ああ。ライセンは思う。
あの紅い瞳に浮かんでいたのは、怒りではなく憤りであったか。
戦いの跡も顕わに裂けた鎧を纏った王は、飛電から降りるとそう言った。
一体何があったというのか、折れた剣を握りしめたまま飛電にすがって膝を付きそうになるのを、駆け寄った忍が支える。騒ぎを聞きつけてやってきたのだろう、年若い巫女は帰還した彼の姿を見るなり小さく悲鳴を上げ、慌てて彼女の使役する精霊に治癒を命じた。
精霊の放つ穏やかな淡い光に包まれながら、敗北の風情色濃い風体とは裏腹に、彼の緋色の双眸には強い感情が宿っている。
「獣牙への進軍を中止せよ」
はっきりとした声でサイガは言った。
「敵は中央王国に巣くっている。マステリオンと名乗る者が糸を引いている」
王の無事を確かめに集まった人々と、告げられた事実。辺りに満ち始める喧噪がわずらわしかったのか、王は一言、人払いしてくれ、と言い目を閉じる。
「――ライセン」
「は」
「陣形を組み直す準備を」
「――御意」
人払いもかねてその場から立ち去ろうとしたライセンを、だがサイガは呼び止めた。足を止めて振り返る前に、背中に向かって言葉が投げられる。
「爺さんを見た」
密かに息を呑んで振り返った先、サイガは思い出すように遠くを見ている。強い感情が一瞬消えて、痛ましげな色をした。
「――黄龍帝は、幻影となっておられた。……それで、俺に力を貸してくれた」
ああ。ライセンは思う。
あの紅い瞳に浮かんでいたのは、怒りではなく憤りであったか。
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( 2007/12/16)
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