「この世界を支える一柱となっていただきたいのです」
創造と破壊、二つの理を併せ持つ生まれたばかりの神の声は穏やかに、けれどはっきりと響く。
幾つもの声が重なり合うような、複雑な響きと音程を持った言葉を受けて、若い武神は目を伏せる。考え込むような数瞬の後、やがて決意を固めたのか、ゆっくりと視線を上げ、彼は答えた。
「やだ」
「やだ、ってお前」
唖然とする、というのはきっとこういう顔なんだろう。妙に抜けた表情がらしくないよ、オウキ。
軽く頭を振って表情を改めたオウキは、まさか、と眉を顰めて囁く。
「本当にそれで地上に戻ってきたのか」
「そうだよ」
さも当然、と言うようにさらりと返せば、オウキの表情に何とも言い難い色が浮かぶ。多分それで調和神様は怒らなかったのかとか、いや怒らなかったからこうして平穏無事にいられるのかとか、そんなことを考えているんだろう。うんうん、解るよ、神様って心が広いのか狭いのかわかんないよな。なんて、俺が言うのも何なんだけど。
「会いたい人が居るんだ、って言ったら許してくれた。俺が守った人達が無事なのか確かめたいって」
「……そうか。そうだな、お前は地上の人達を守るために戦ってくれたんだったな」
そこで一旦言葉を切って、オウキは小さく苦笑を浮かべる。
「悪かった。責任を蹴って帰ってきたお前の決断を、疑うところだった」
「え。俺そんなに自分勝手じゃないよ」
「昔は随分無鉄砲だったけどな」
「酷いなー。……オウキだって、どんどん前に飛び出していっちゃうくせに」
少し恨みがましく、……それでも出来るだけ冗談を交えた言い方で言ったのだけれど、オウキは何を言われているのか気付いたらしい。表情が硬くなった。こんな所だけはほんとに聡いのになあ、この人。ほんとに気付いて欲しいことには、なかなか気付いてくれない。
俺は、別に責めたいわけじゃないって伝えるために、笑ってみせる。
「俺が守りたかった地上の人には、ちゃんとオウキも入ってるんだよ」
無事を確かめたかった人はたくさん居る。……無事でいて欲しかった人だって。でも、一番生きてることを確かめたかった人は、触れてちゃんと体温を確認したかった人は、オウキなんだよ。
そう思ったらなんだかとても触れたくなってしまって、少し考えるフリをしてから尋ねてみた。
「触って良い?」
唐突な台詞にも、オウキは何一つ不審がる様子もなく、首肯の答えを返してくれる。
手を伸ばす。許可なんてとらなくったっていつも触れていた手だ。触れれば、あたたかい、とは言わないまでも、温い人肌の温度を伝えてくる。それだけでは物足りなくて、思い切って身を乗り出した。薄い寝間着の胸に耳を押し当てて、規則正しい心音を聞く。本当は、今すぐにでも腕を回して引き寄せて抱き締めたい衝動に駆られている。
「……生きてて良かった」
囁くと、息を呑む気配がして、胸が小さく上下する。やがて吐息のような、悪かった、と、ありがとう、が吐き出された。
うん、悪かったよ。オウキが死んだらどうしようかと思ったとか、今度一人で無茶なことしたら絶交だとか、子供っぽい文句の一つも言ってやろうかと思っていたけど、オウキが温かくて、穏やかな心音が聞こえて、なんだかどうでも良くなってしまった。
少しだけ視線を上げると、前あわせの寝間着の襟から、包帯の端が覗いているのが見えた。もし神様の力があったら、そんなのすぐに治しちゃうのにな。神の力を手に入れようとした魔導士の姿を思い浮かべながらそう呟いたら、冗談でも言うものじゃない、と小突かれた。割と本気だったんだけどな。
でもオウキ、例え誰かの怪我を一瞬で治せてしまっても、オウキと一緒にいられないなら、俺は神様の力なんていらないんだよ。
創造と破壊、二つの理を併せ持つ生まれたばかりの神の声は穏やかに、けれどはっきりと響く。
幾つもの声が重なり合うような、複雑な響きと音程を持った言葉を受けて、若い武神は目を伏せる。考え込むような数瞬の後、やがて決意を固めたのか、ゆっくりと視線を上げ、彼は答えた。
「やだ」
「やだ、ってお前」
唖然とする、というのはきっとこういう顔なんだろう。妙に抜けた表情がらしくないよ、オウキ。
軽く頭を振って表情を改めたオウキは、まさか、と眉を顰めて囁く。
「本当にそれで地上に戻ってきたのか」
「そうだよ」
さも当然、と言うようにさらりと返せば、オウキの表情に何とも言い難い色が浮かぶ。多分それで調和神様は怒らなかったのかとか、いや怒らなかったからこうして平穏無事にいられるのかとか、そんなことを考えているんだろう。うんうん、解るよ、神様って心が広いのか狭いのかわかんないよな。なんて、俺が言うのも何なんだけど。
「会いたい人が居るんだ、って言ったら許してくれた。俺が守った人達が無事なのか確かめたいって」
「……そうか。そうだな、お前は地上の人達を守るために戦ってくれたんだったな」
そこで一旦言葉を切って、オウキは小さく苦笑を浮かべる。
「悪かった。責任を蹴って帰ってきたお前の決断を、疑うところだった」
「え。俺そんなに自分勝手じゃないよ」
「昔は随分無鉄砲だったけどな」
「酷いなー。……オウキだって、どんどん前に飛び出していっちゃうくせに」
少し恨みがましく、……それでも出来るだけ冗談を交えた言い方で言ったのだけれど、オウキは何を言われているのか気付いたらしい。表情が硬くなった。こんな所だけはほんとに聡いのになあ、この人。ほんとに気付いて欲しいことには、なかなか気付いてくれない。
俺は、別に責めたいわけじゃないって伝えるために、笑ってみせる。
「俺が守りたかった地上の人には、ちゃんとオウキも入ってるんだよ」
無事を確かめたかった人はたくさん居る。……無事でいて欲しかった人だって。でも、一番生きてることを確かめたかった人は、触れてちゃんと体温を確認したかった人は、オウキなんだよ。
そう思ったらなんだかとても触れたくなってしまって、少し考えるフリをしてから尋ねてみた。
「触って良い?」
唐突な台詞にも、オウキは何一つ不審がる様子もなく、首肯の答えを返してくれる。
手を伸ばす。許可なんてとらなくったっていつも触れていた手だ。触れれば、あたたかい、とは言わないまでも、温い人肌の温度を伝えてくる。それだけでは物足りなくて、思い切って身を乗り出した。薄い寝間着の胸に耳を押し当てて、規則正しい心音を聞く。本当は、今すぐにでも腕を回して引き寄せて抱き締めたい衝動に駆られている。
「……生きてて良かった」
囁くと、息を呑む気配がして、胸が小さく上下する。やがて吐息のような、悪かった、と、ありがとう、が吐き出された。
うん、悪かったよ。オウキが死んだらどうしようかと思ったとか、今度一人で無茶なことしたら絶交だとか、子供っぽい文句の一つも言ってやろうかと思っていたけど、オウキが温かくて、穏やかな心音が聞こえて、なんだかどうでも良くなってしまった。
少しだけ視線を上げると、前あわせの寝間着の襟から、包帯の端が覗いているのが見えた。もし神様の力があったら、そんなのすぐに治しちゃうのにな。神の力を手に入れようとした魔導士の姿を思い浮かべながらそう呟いたら、冗談でも言うものじゃない、と小突かれた。割と本気だったんだけどな。
でもオウキ、例え誰かの怪我を一瞬で治せてしまっても、オウキと一緒にいられないなら、俺は神様の力なんていらないんだよ。
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( 2009/09/30)
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