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2024/09/23

 SQ3、花屋さんの保護者二人、捕り物騒動の後日談。

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「ヴィンテージかい?」
「いいや、これは今年出回ってるヤツ」
 ふうん、と予想が外れたことを気にした風でもなく、カップに口を付ける親友を見遣ってから、ゼスランは己のマグカップの表面を吹いた。茶色の液体の――これはカップが深い所為であって、本来のティー用のカップを用いたならば、白磁のカップに映える紅色が出るはずだ――表面で踊っていた湯気が吹き散らされて、代わりに淡い香気がテーブルの上に広がる。元々の茶葉の質と、発酵の技術が伴わなければ得られない、貴重な香りだ。市場での人気はさほど無いから値はあまり張らないものの、出回る量は少なく、確実に手に入れたいなら取り寄せになる。
 本来茶葉はハイグロウン――つまり標高の高い、寒暖の差の激しい場所で育てた方が、より香気が増すと言われている。それは一つの事実ではあったが、重要なのは標高ではない、寒暖の差だ。例えば盆地などでは季節を選べば高地と変わらない温度差を記録する場所もあるし、日照時間も全体の質に影響する。茶畑の樹の年齢も馬鹿には出来ない。
 今日使った茶葉の農園からは、例年より日照時間が少なかったと聞いていたが、決して悪くない出来だ。毎年一缶くらいなら、この農園から買っても良いかもしれない。もっともそうして買い求めても、今のように誰かの来訪でもなければ、飲み残してしまうのだが。
 そんな風につらつらとたわいもない思考を遊ばせながら、ゼスランはのんびりと相手の言葉を待つ。
 この親友が理由もなく尋ねてくることというのは、まず無かった。近くまで来たからとか、珍しく暇だったからなどと口では脈絡無い風を装うくせに、その実日付はゼスランの誕生日であったり、運がなければ手に入らない手土産を携えていたり、彼のような地位にいなければ入ってこないような情報を持ってきたりする。
 理由が無くったって追い払ったりしない、そうはっきり言えれば良かったが、本人が「特に理由はない」と言い張るのだからそうもいかず、結局今もいちいち理由を作っては、ナサニールはゼスランを尋ねてくる。
 前はこんな風ではなかったのだ。前と言っても、もう15年以上も昔の話ではあったが。まだお互い、今より自由の利く体と身分だったあの頃の気安さが失われたとすれば、それは間違いなく、ゼスランが片足を失った事件が切っ掛けだ。すまない、という謝罪の言葉を、薬と失血で朦朧とする頭と、血の気の引いた唇で否定したところで、ナサニールの心には届かなかっただろう。
 もしあの時、何か彼の心を動かすようなことを言えていたら、後々ナサニールに危ない橋を渡らせることもなかったかもしれないし、今のような薄皮一枚の遠慮を隔てた関係にはならなかったかもしれない。
 仮にあの時をやり直せたところで、今のゼスランにも一体何と言えば、どうすれば良かったのかなど解りはしないのだが――
「そういえば」
 まるで世間話でもするような調子の声に、ゼスランはいつの間にか思考に沈みきっていた意識を浮上させた。視線を上げれば、ナサニールはこちらから視線を逸らしたまま、何を考えているのか解らない表情で窓の外を見ている。
 無言で促す視線を送る。ナサニールはしばし黙り込んだ後、唇を湿すように少しだけカップに口を付けてから、ぽつりと言った。

「捕まったよ。15年前の犯人」

 息を呑んだ。
 捕まった、その一言だけで去来した様々な感情が渦巻いて苦しい。驚きと、由来の解らない安堵と、それからとっくに忘れたと思っていた感情が呼び起こされて、言葉が出ない。
 ひととき呼吸すら忘れた胸を無理矢理動かして、喘ぐように一つ息を吐く。
「…………そう、か」
 結局口をついたのはそれだけだった。もう一度、大きく息を吐き出して、ゼスランは背もたれへと体重を預けると天井を仰いだ。
 酷く些細な言葉で今までわだかまっていたものの終焉を告げられて、けれどやはり失ったものは二度と戻ってくることはなく、ゼスランがこれからもその喪失を抱えたまま生きていくことにも何の変化もない。それはなんだか妙に現実的で、少し滑稽な気がした。
「極刑だ。私が望んだとおりに」
 許せないのだと、冷徹な声音と面に反し、瞋恚を灯した瞳で言い切ったあの時よりもずっと静かな声音でナサニールは言うと、空になったマグカップをテーブルに置いた。
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2010/11/19
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