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2024/09/23

 覗き込んだ本の挿絵の一枚には、珍しく色が付いていた。円形のガラス容器の中に、緑や赤、黄色や白など、色とりどりの円が幾つも描かれている。
 何も知らなければカラフルな――抽象芸術のような絵、と言えなくもない。
 だが、描かれているのが本当は何か知っているアスターは表情を強張らせた。
 おいおいおい。
 思わず本の所有者であるはずのアルケミストを見るが、ユニスは相変わらず読んでいるのか何かを探しているのか解らないスピードで、別の本のページをめくっている。
 あまりに平然としているので、何かの見間違いだろうかともう一度本へと目を遣るが、載っているのはさっきと同じ、どこからどう見ても微生物コロニーのスケッチだ。
 いや、スケッチが載っているのはいい。問題はそこじゃない。
「ねえ、先生」
 ぽつ、とユニスの向かい側――テーブルの上に乗り出すようにして、本をめくっていた少女が声を上げた。彼女の名前はヴィスイー。先日ギルドに加わった老翁の言によれば、天秤、という意味らしい。因みに、二月前に8歳になったばかり。
 その彼女の前に置かれているのは、「細菌学図説」――言うまでもなくメディック、一部のアルケミスト御用達の一冊だ。年端もいかない女の子が読むような本ではない。というか、多分読んでも理解できない。そんな本を教材として使うなんて何のつもりだ。いや、図は沢山あるから絵本のつもりなのか。菌糸の拡大図しか書かれてない絵本なんて、ぞっとしないけど。
「こっちの丸いのの中に、これが住んでるの?」
 声に反応して視線を上げたユニスが、本を覗き込む。ん、と彼は頷いた。小さな指が、拡大された菌糸のスケッチにちょこんと載っている。
「住んでいる、というよりはそれらそのものだ。小さすぎて人の眼にはとても見えないが。下にあるのは顕微鏡で見た図だ」
 ふぅん、と少女は頷く。一体どこまで解ってるのか。
「じゃあ、この、丸いのがいっぱい付いてるのも?」
「そうだ。これは青カビの仲間だな」
 言われて、少女は大きな青い瞳で紙面を睨む。
「あ……あすぴ……」
「アスペルギルス、と読む。……少し難しいな」
 お、珍しい。フォローが入った。
「うん……」
「……アスペルギルス属は」
 語尾が窄まってしまった少女の返事を気にしたのか、少し考えた風情でユニスが口を開く。
「人に例えるなら、偉大な偉人の系譜だ。病を癒すペニシリンも、一部の酒類も、彼等から生まれた」
 …………そりゃそうだけど。
 その例え話は何なんだろう。なんだかあまり関わりたくない会話、しかもこんな雰囲気の発言をどこかで聴いたことがある。
 なんだっけ、と数秒考え込んで結論が出た。学院時代の教授が、こういう話し方をしていた。学者ってみんなこんなもんなのか?
「特に肺の病を癒す薬を生み出したという点は重要だ。――といっても、私もその生産物の作用機序については詳しくは知らないのだが」
 と言って赤い視線がこちらを見た。ついでにユニスを見上げた青い瞳までこっちを見た。
 おい。待て、俺かよ。
 ペニシリンの構造式なんて覚えてねーよ。
 アスターは引きつった笑みを浮かべる。
「……菌の外壁が薄くなるんだよ、確か。溶菌――菌が溶けて、増え方も悪くなる。それ以上は、ちょっと。俺、生化あんまやってないし」
 覚えている範囲で、間違っていないと断言できるところまで。随分曖昧な言い方になったが、幸いアルケミストはそれで納得してくれたらしい。
 そうか、という相づちと共に赤い視線が自分から逸れていくのを見て、アスターは小さく息を吐いた。今の説明で解ったのか解っていないのか、まだこちらを見上げている少女に問いかける。
「なぁ、いつもそういう本で勉強してるのか?」
 だとしたら問題だ。この年頃の子供には、何かもっと一般的なことを教えるべきだ。
 だが、アスターの懸念を他所に、ヴィスイーはつたない仕草で首を振った。
「ううん。いつもは鳥とか、動物とか、花の図鑑とか。……たまにお話の本と、積み木も使うよ」
「……語学はあまり得意ではないんだ」
 言い訳するようにユニスが呟く。
 積み木、は計算でもさせているんだろうか。
「なんだ、満遍なくやってるんだ」
 偏りはありそうなものの、いかにも普通で結構結構。でもそれにしては気になることが一つ。
「……でも、何で今日はそんな本使ってるんだよ?」
 顎で「細菌学図説」を示してやると、ヴィスイーは青い瞳に、何で?という色を浮かべてユニスを見上げる。それを受けたユニスは、いかにも当然のように一つ頷いた。
「今日は君が居るからな。少し踏み込んだ内容でも良かろうと」

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 どこまで見えるのかなぁ……
 拍手に突っ込んであったネタです。黒ケミと紫カスメと玉ネギ。
 何気に黒ケミと紫カスメ初登場。
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2010/05/27
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