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2024/09/23

 白い石をくりぬき、或いは積み上げて作られた王城は、床ばかりでなく柱まで白い。すっと伸びた円筒に飾り彫りの施された柱の支える、その天井までもが淡い濃淡のある白で作られていて、薄く影の落ちる夕刻より後は眼を凝らさないと遠近感を見失う。
 今もこの先の部屋の主を気遣ってか、いくらか燭台の間引きされた回廊は仄暗く、薄い影と影とが溶け合わさって最奥の扉は遠くも近くも見える。
 しかし、端から覗き込んだ際には永遠に続くかと見えた回廊も、いつの間にか赤い絨毯の端は数歩先にまで迫っており、立ち止まった主人の二歩後ろで、メリッサもまた立ち止まった。
 薄い金色の産毛の生えた白い項のすぐ上辺りで、赤い耳飾りが揺れる。けれどそれはルビーでもスピネルでも、ましてやガーネットでもない。どこかの街で、ガーネットの色を真似て作られた新作のガラス――そういう触れ込みではあるけれど、所詮はただのガラス玉だ。彼女が身に纏う宝飾のうちで、本物の石が使われているのはティアラだけ。けれどそれですら本来ファルファーラの物ではない――否、ファルファーラの物ではなかった、と言うべきか。若くして亡くなった彼女の姉の形見であるそれは、もう何年もずっと彼女の頭部を飾っている。
 それを誰も咎め立てようとしない程度には、ファルファーラは城の中では顧みられない存在だった。憐れみや、ファルファーラの言動の気味の悪さが多分にそれを助長していたにしても、誰もがただ儀礼的に、形式的に接してゆくだけ。
 誰も――そこまで考えて、メリッサは無意識に、自分の水色のエプロンドレスを握りしめる。メリッサを除いて、他の誰も、その内実に触れようとはしない。
 だからこんな窮屈なお城なんて捨ててしまって、遠いところへ行こうと二人で誓ったのに。
「メリッサ」
 少しだけ硬い声で呼ばれて、はい、とメリッサは小さな声で返事をする。深く息を吸い込む仕草か、ファルファーラの肩がほんの少しだけ上がって、それから彼女は振り向いた。
 この先の部屋で待つ人のはからいであろう、本来扉の脇を固めるはずの警備兵の姿は今はない。
 だから今、ファルファーラは素のままの言葉でメリッサと話す。
「メリッサは、ここで待っていて。すぐ戻るわ」
「……でも、姫様」
 言いかけて、メリッサは言い淀む。確かに、これより先にメリッサが踏み込むのは非礼となる。
「ここはお父様のお部屋だもの、お兄様も何もできないわ、大丈夫よ。だから何かあっても、決して怖いことをしては駄目。ねえ、約束して、メリッサ」
 私、貴女が大切なの。そう目を合わせて言われては、メリッサは何も言わずに頷くしかない。
 ファルファーラの言葉は決して嘘ではないけれど、全てが真実でもない。その証拠に、覗き込んだ瞳には不安が宿っているし、ありがとう、という囁きは怯えたように掠れていた。大丈夫と言い聞かせながらも、ファルファーラはそれを信じ切れていない。
 そっと絡められた指がほどけて、細い背中が扉の隙間に滑り込んでゆくのを、メリッサは何故頷いてしまったのだろうと、酷く後悔しながら見送った。

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2011/05/17
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