くすくす、という小さな笑い声が、仄暗い室内に響く。
絹の掛布は蝋燭の明かりを反射して、皺目に沿って橙色に染まり、二人分の影をくっきりと映し出している。
くすくす、とまた笑い声が鼓膜を揺らした。本当に嬉しげなその音と共に、するりと肩に手が回される。梳いて流しただけの髪が鼻先で揺れた。シャボンと香油の香りが鼻腔を擽って、メリッサはそっと深く息を吸う。胸の内を彼女の纏う香りで満たして、同じように頭の中も幸福で満たされる。
「姫様……」
半ば恍惚と呼べば、睫の数さえ数えられそうな近くで、淡い空色の瞳が微笑んだ。
「なあに、メリッサ」
彼女の声が自分の名前を呼ぶ。それだけで角砂糖が溶けるような甘い気持ちになって、本当はずっとこうしていたいと思いながらも、メリッサの侍女という役目はそれを許さない。
「そろそろお休みにならないと……明日はいよいよ出航でございますから」
「そうね。でも眠れないの」
うれしくて。そう言って彼女はもう一度微笑む。
嬉しいのはメリッサも同じだ。この白い城を捨てて旅立つという彼女の願いが、明日ようやく叶うのだ。今夜の晩餐が、最後まで何事もなく――何を盛られた形跡もなく終わったときには、本当に安堵したものだった。メリッサはこの城の脅威から彼女を守りきることが出来た。そうして彼女とこの城を発つことが出来る――これを今幸福と呼ばずになんと呼ぼう?
「なら――子守歌を歌いましょうか。いいえ、姫様がお好きなお歌でも」
今ならとびきり優しくて幸せで、甘い歌が歌えそうだった。けれど彼女はゆるゆると首を振る。
「いいえ。――代わりにもう少しこうしていて。こうしていたいの。良いでしょう?」
銀の鈴を転がすような声に、メリッサは息を詰めて頷く。そうしてどちらからともなく、お互いを抱き締め合った。
絹の掛布は蝋燭の明かりを反射して、皺目に沿って橙色に染まり、二人分の影をくっきりと映し出している。
くすくす、とまた笑い声が鼓膜を揺らした。本当に嬉しげなその音と共に、するりと肩に手が回される。梳いて流しただけの髪が鼻先で揺れた。シャボンと香油の香りが鼻腔を擽って、メリッサはそっと深く息を吸う。胸の内を彼女の纏う香りで満たして、同じように頭の中も幸福で満たされる。
「姫様……」
半ば恍惚と呼べば、睫の数さえ数えられそうな近くで、淡い空色の瞳が微笑んだ。
「なあに、メリッサ」
彼女の声が自分の名前を呼ぶ。それだけで角砂糖が溶けるような甘い気持ちになって、本当はずっとこうしていたいと思いながらも、メリッサの侍女という役目はそれを許さない。
「そろそろお休みにならないと……明日はいよいよ出航でございますから」
「そうね。でも眠れないの」
うれしくて。そう言って彼女はもう一度微笑む。
嬉しいのはメリッサも同じだ。この白い城を捨てて旅立つという彼女の願いが、明日ようやく叶うのだ。今夜の晩餐が、最後まで何事もなく――何を盛られた形跡もなく終わったときには、本当に安堵したものだった。メリッサはこの城の脅威から彼女を守りきることが出来た。そうして彼女とこの城を発つことが出来る――これを今幸福と呼ばずになんと呼ぼう?
「なら――子守歌を歌いましょうか。いいえ、姫様がお好きなお歌でも」
今ならとびきり優しくて幸せで、甘い歌が歌えそうだった。けれど彼女はゆるゆると首を振る。
「いいえ。――代わりにもう少しこうしていて。こうしていたいの。良いでしょう?」
銀の鈴を転がすような声に、メリッサは息を詰めて頷く。そうしてどちらからともなく、お互いを抱き締め合った。
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( 2010/08/29)
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