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2024/09/23

「疲れたか?」
 ぷかりと金色の月を浮かべる空の下、甲板に寝そべった少女にカラブローネは近付く。
 船旅には慣れているはずだったが、流石に今日のような大物とやり合ったのは初めてだろう。

 船の横面に叩きつける波、船底を持ち上げる勢いで暴れる異形の体躯。立っているのさえ難しい船上に、少女の声に応じて呼び出された、黄金色の毛並みの巨躯。

 あの見事な毛並みの獅子の咆吼は、異形の動きでさえ制してみせた。少女が獣を呼び出すのは何度も見ていたが、あれを喚び出したのを見たのは初めてだ。つまりは、それだけ大技だったのだろう。
 もしかしたら寝ているかも知れない、途中でそう気付いて足音を立てないようにして近付いたのだが、予想に反してあと数歩、というところでぱちりと少女が眼を開く。闇夜の中でうっすら光を弾く瞳がこちらを向いて、喜びに輝いた。
「カラブローネ!」
「んなとこで寝てっと風邪ひくぞ」
「寝てないよ。力を還してる」
「……還すゥ?」
 そうだよ、とカラブローネの胡乱な視線にも気分を害した様子もなく、蛮族の血を持つ少女は寝転がったまま、月を見上げる。
「力は、自分の中にあるだけじゃなく、周りからも借りるの。でもそうすると、自分の中に色んなものが溜まりすぎて何も入らなくなっちゃう。だから、いっぱいになる前に地面に力を還してあげる」
「はーん。喰って出すみてぇなもんか」
「かもしれない」
「それと寝っ転がってるのとどういう関係があんだ」
「地面に触ってると、力還しやすくなる。寝転がって、思い浮かべるの。
 最初は種で、芽が出て、葉が出て、白いつやつやした肌がだんだん緑になって、茶色になって硬くなって、深く深く、世界樹みたいに深くまで根を下ろす。
 深く深く。地面の一番深いところ……」
 言いながら、少女はうっとりと目を閉じる。
 そうしている彼女は、確かに眠りや休息とは違った空気を纏っていたが、カラブローネには彼女の言う感覚はさっぱり解らない。ただ、少女の言うことはいつもこんな調子だし、寝言や幻覚の見せる世迷い言にしては妙に説得力があるから、星詠み達が星空を観て得体の知れない何かを読み解くように、少女にだけ見える何かがあるのだろうと思っている。
「でも、ここにゃ土はないぜ」
「うん。だから、海の上にいるときは鯨になる」
 鯨ねぇ、とカラブローネは呟く。樹といい鯨といい、何か大きなものになるのを想像すればいいということだろうか。
 首を傾げるカラブローネを他所に、少女はおだやかに語る。
「大きな大きな魚。船の周りをゆっくり回って、ゆっくりゆっくり、海の底に下りていく。
 水色の水が青くなって、黒になって、……光るクラゲの横を通って、ゆっくりゆっくり、海の底まで……
 砂地の底の、もっと奥まで……大きな力の源まで……私はその周りをゆっくり回る。そうすると、だんだんそれに引き寄せられて、ゆっくりゆっくり、深くまで取り込まれてく……そうして世界と一つになるの」
 ふわり、と開いた少女の焦げ茶色の眼に、ぼやりと金色の光が映り込む。――深海に住むという、発光する魚たちの光の色。
 思わずぎょっと眼を見開いたカラブローネを、不思議そうに瞬いて少女が見上げた。――何のことはない、少女の瞳に映り込んでいるのは、今は天頂近くにある月の光だ。
 そう、何のことはない。彼女はただの蛮族の少女で、人買い商船に攫われて異国の地に連れてこられたあわれな娘だ。それだけだ。彼女はこの世のものではない獣を喚ぶが、彼女自身は人以外の何者でもない。
「……わかったから、終わったらさっさと部屋戻れ。いいな」
「うん。……カラブローネも一緒にやる?」
「やらねぇよ」

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2010/06/16
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