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2024/09/23

覚悟していた、といえば、多分嘘になる。
 最初は腕だった。細身の剣の剣先が目に見えて上がらなくなり、明らかに命中率も落ちたから、探索はやめた。
 代わりに俺は開業医を再開し、また昔のように二人っきりの家での生活が始まった。
 次に気づいた異変は指だった。元から食べ方のきれいな方ではなかったが、明らかに食べこぼしが増えた。本人が申し訳無さそうなのがいたたまれなかった。
 やがて足が来た。毎日町中を駆けまわっていたくせに、ある日ひどい怪我をして帰ってきた。理由はと問えば、屋根ざかいの飛び移りに失敗したのだという。それからは塀の上を歩くのも、屋根の上を駆けるのも禁じた。
 それはやがて歩行にもやってきた。何もないところで転ぶ、重心が支えきれなくなる。
 酒場で踊るようなダンスの代わりに、かじった程度の二人一組で踊るためのステップを教えた。
「力が入らないんだよ」
 困ったように言う彼に本当のことを告げることは出来なかった。
「俺の見立てじゃ、タチの悪い病だ。しばらく安静にしてろ」
 そう言ったのは、彼が動いていられる時間を少しでも長く延ばすためだった。激しい動きや戦闘は、動力源を多く消費すると聞いていたから。
 そして新たな動力源は、俺では決して作れない。
 ベッドにいては足がなえるという彼を無理やり寝台に押し込んで、俺は何も考えないように医者業を続けた。それでも仕事が終われば考えるのは、あの魔女の残していった言葉ばかりだった。
『あまり思い入れないほうがいい。この子の寿命は、保って十数年。動力がなくなれば、彼は死体に戻るのよ』
 俺にはどうすることも出来なかった。
「ねえ」
 ある日、彼は俺に言った。
「ダンス、しよう」
「安静にって言ってるだろ」
「でも、もうしばらく踊ってないから」
 ステップ忘れちゃうかもしれないよ? そう言って笑う彼に、他になんと返せただろう。
 以前と比べて随分と重くなった--それは彼が自身の体重を支えきれていないからだ--を支えて、二人向き合う。
 くすりと嬉しそうに彼が笑った。その前髪から覗く義眼の色は既に大分褪せている。
「--いくぞ、一、二」
 小さく声をかけて、三拍子のリズムを刻む。互いに揺れる、触れ合う。入れ替わる。目があって、個々に互いだけの世界があると知る。
 小さな声で歌われるワルツは、ひどく静かで穏やかなものだった。
 思えば彼は解っていたのかもしれない。
 その日以来、シュトラはベッドから自力で立ち上がることができなくなった。

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2015/01/11

 今にして思えば。あれは最初で最後で最高の殺し文句ではなかっただろうかと、彼は細く練り上げられた香を軽く振って、先に灯った炎を消した。途端に立ち上がる細い煙に僅かに眼を細めて、名の一つも刻まれなかった石碑を真正面から見据えた。決して後ろ暗いところがあったわけではない。ただ、何処で客死しても解らぬ彼等は個の墓を残さず、こうして一族ひとところにて慰霊を行うというだけのこと。納得できぬでもないが、一族の慰霊なのか墓参りなのか判然としない行為には、些か戸惑うものがある。
 ただそれでも、彼がこうして香をあげに来るのは、今の所たった一人のためだけだ。
『九泉の畔でお待ちしております。いつまででも』
 ただ待つと言えば、自ら命を絶つのも腹をくくるのにも、簡単に言い訳一つを用意できたというのに。
 いつまで、と、その裏に添えられた意味に気付けぬほど彼も愚鈍ではない。だからこそこの齢まで生きて、木槿の花の咲く頃にこうして香を添えに来る。 

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「教えてまいりましたよ」 
「ああ」
「良かったので?」
 見上げた主の横顔は相変わらず険しく見えるが、なんのことはない、これが常態だ。
「同じ者を追っているわけでもあるまい、構わぬ。聞けば相応の事情もあるようだ、こうして縁のあった者として、知りうることがあれば伝えてやるのが義というものだろう」
「そう仰るならば構いませんけど」
「不満か?」
「いいえ?」
 不満、ではない。
 実際のところ、彼女が断片的に語ったことがどこまで本当なのか、確かめる術は今のところないのだし、例え情報そのものでなくとも、安易に手札を晒すのは得策ではない。
 だが、損得抜きに、それが義であるとアキツは言った。ならばヤンマはそれに従う。
「目的が違うのならば、構いませんでしょう。こちらの協力で向こうからの協力も得られるかもしれません」
 その程度にはこちらを気にする余裕も、良心もあるように見えた。いずれにしろ、利用されるほど深入りするつもりは互いに無いだろう。浅い部分のやりとりで十分だ。それ以上の仕事はヤンマが自身で行なえばいい。

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 国境の手前で衣服を変えたのは、もちろん身分を隠すためだったが、着ていた外套から靴までを売り払ってそろえた古着を並べた厩の中で、彼女はひそかに失笑を漏らした。黒い服は高い。詳しい方法を知るわけではないが、濃く染めあげるには手間がかかるのだそうだ。 
 何度も染料に浸けるから、時間も染料も桁違いになる。黒は最も高価な赤と紫に次いで高い色だった。その漆黒のまがい物、ごく濃い鼠色のような、白けた黒の上着に、似た様な色の外套。派手な服は好まず、また選べるはずも無かったが、これではまるで喪服のようではないか。
 そう笑ってはみたものの、今の彼女に喪服というのはこれ以上なく相応しかった。国は既に無く、また身内も既に亡いのだろう。しかしそれを悼む暇は無かった。やがてこの辺りにも敵国の手が及ぶ、捕まればただではすまない。
 もし誇りを堕すならば死を選びなさい。そう書かれた書簡と共に彼女の手に渡った短剣と、赤瑪瑙の細工のカメオを服の内側へ入れて、外套を羽織る。書き送ってきた母は、おそらくそれを実行したのだろう。潔い最期だったはずだ。そのような人だった。
 だが、彼女は母の後を追わない。追うわけにはいかない。まだこの誇りを、捨てるわけにはいかない。
 己の持ち物のうち、唯一鞘を汚しただけで手放さなかった剣は上手く足へ吊るした。これで見咎められなければいいと思いながら、彼女はそっと柄の位置を確かめる。
 裏切り者の血を吸わせるまで、この剣も命も、手放すわけにはいかない。

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 某さんに唆されて書いたうちの子ホモ。

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