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2024/09/23

 国境の手前で衣服を変えたのは、もちろん身分を隠すためだったが、着ていた外套から靴までを売り払ってそろえた古着を並べた厩の中で、彼女はひそかに失笑を漏らした。黒い服は高い。詳しい方法を知るわけではないが、濃く染めあげるには手間がかかるのだそうだ。 
 何度も染料に浸けるから、時間も染料も桁違いになる。黒は最も高価な赤と紫に次いで高い色だった。その漆黒のまがい物、ごく濃い鼠色のような、白けた黒の上着に、似た様な色の外套。派手な服は好まず、また選べるはずも無かったが、これではまるで喪服のようではないか。
 そう笑ってはみたものの、今の彼女に喪服というのはこれ以上なく相応しかった。国は既に無く、また身内も既に亡いのだろう。しかしそれを悼む暇は無かった。やがてこの辺りにも敵国の手が及ぶ、捕まればただではすまない。
 もし誇りを堕すならば死を選びなさい。そう書かれた書簡と共に彼女の手に渡った短剣と、赤瑪瑙の細工のカメオを服の内側へ入れて、外套を羽織る。書き送ってきた母は、おそらくそれを実行したのだろう。潔い最期だったはずだ。そのような人だった。
 だが、彼女は母の後を追わない。追うわけにはいかない。まだこの誇りを、捨てるわけにはいかない。
 己の持ち物のうち、唯一鞘を汚しただけで手放さなかった剣は上手く足へ吊るした。これで見咎められなければいいと思いながら、彼女はそっと柄の位置を確かめる。
 裏切り者の血を吸わせるまで、この剣も命も、手放すわけにはいかない。

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 当宅緑シーカー♀さんが国を出た経緯
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2012/08/30
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