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2024/09/23

ぎゅっときつく閉じられたまぶたを撫でる。珍しくきつく手袋の嵌められた手をとって引き寄せ、そっとまぶたを撫でてやった。
 いくども繰り返す内、震えが収まり、そっとまぶたが開く。
 その色を見て、三日月は目を見開いた。
「なあ、三日月、」
 すがるように絞られた声も何処か嗄れている。
 どうしよう、俺、
 今にも泣き出しそうな加州を見つめて三日月は努めて穏やかに語りかけた。
「一体どうしたのだ、これは」
 加州の瞬いた瞳からつと一筋雫が零れ落ちる。その半ば緑に染まった瞳から。ゆらりと怪しい光を放つ瞳がもう一度閉じられて、代わりに喉から引き絞るような嗚咽が漏れた。歪んだ、あの敵の断末魔によく似た嗚咽が。





 違う。
 違う、違う。

『お前はあの人のこと忘れちゃったの』

 俺はあの人を忘れたりなんかしない。最期まで愛してくれたあの人を忘れたりなんかしない。
 そこまで思ってぐらりと目眩がした。
 吐き気がする。いろいろな感情がない混ぜになって、それを頭と体が処理しきれない。顔から血の気が引くのが自分でもわかる。
 慌てて近くの、誰も見に来ないような茂みへと押し入って、そこで、両手をついて吐いた。こんな夜更けだ、位から履くものなんてそうそう残っては居ない。きつい胃酸が喉を焼くのを感じて、それが苦しくて視界が滲む。
 忘れたりなんかしない。
 忘れたりなんかしない。
 あの人を残して、幸せになんてなったり出来ない。
 なのにどうしても、どうやってもあの人の声を思い出すことが出来なくて、そんな自分に愕然とする。
 安定の言葉がもう一度脳裏にこだました。

『愛してくれるなら誰でもいいの? 自分の主人じゃなくても?』

 違う。そんなんじゃない。
 ただ与えてもらえるぬくもりが恋しかっただけ。
 それ以上でいいはずがない。
「っ……ぅく」
 漏れそうになる嗚咽を何とかこらえて、吐瀉物で汚れた口元を洗いに井戸へ戻る。冷たい水で口元を洗い流せば、こぼれた水がぽたぽたと部屋着の前を濡らした。
 忘れられない。忘れたくない。
 もう一度愛して欲しい。
 どうしたらいい。どうすればいい。
「あ……」
 思いついた可能性に背筋がぞっと粟立った。
 それは禁忌だ。
 どうあっても行ってはいけない。
 そのはずだ。
 そのはずだ、けれど。

(もしあの人が池田屋に行かなかったら)

(もしあの人が怪我をせずに鳥羽にいけていたら)

(もしあの人が近藤先生に見出されなかったら)

 いくらでも出てくるもしも、は際限がなくて。
「なあ、どうしたらあんたを生き延びさせられた?」

 ぽつりとこぼされた言葉は、夜の闇に溶けて、消えた。




「なあ、清光、眠れた?」
 幾分気遣わしげな同室の男に、加州は笑ってみせる。幾分憔悴した顔で。
「別に、平気平気、それよりさ、お前に心配かけたよな、悪い」
「いや、昨日のことは……俺もちょっと我儘言ったかなって思ってて、」
「気にすんなって、さー今日も一日、頑張るとしますかー」
 言って部屋着から洋装へと着替える加州の背中を、安定は不安げに見つめ、俯いた。どうしてそんなふうに見てしまったのかわからない。いくらあんな言葉を投げつけてしまったとはいえ、安定は加州自身の精神の平衡を望んでいることも確かなのだ。
「ねえ安定」
 唐突に話しかけられ、不意を突かれた安定はただ背を向けた加州を見つめる。
「俺は、忘れないよ、あの人のこと」
「……そう」
 この吹っ切れたような態度には素直に喜ぶべきなのだろうが、何なのだろうか。胸によぎったこの一抹の不安は。

 思えばあの時にもっと話しておくべきだったのだ。
 そうすればあんなことになるのは防げたはずだった。




 わかんない、嗄れた声で加州はそう言った。
「俺は、ただ、あの人に生きていて欲しくて、でも何にもしなかったんだよ。そんなことしたら今の主にも嫌われる、だから」
「分かった、もう言うな」
 薄緑色の光が揺れる視界の中、加州はほとんど三日月に縋るようにして彼を見上げる。
 本当に、何もしはしなかったのだ。ただ敵を切り伏せるその度に、ここで斬られたのが己の方だったら、歴史が変わっていたらと思っていたことは否めない。
 もう一度声が聞きたかった。その手で握って、共に戦場に立ちたかった。最期まで愛されて、あの人が逝く時まで一緒に居たかった。
 押し込めていた想いが安定の言葉を引き金にしてずるずると引きずり出されてくる。
 そして最後の敵を切り伏せた時、後悔したのだ、本当は。
「だからきっとその罰なんだ」
 ほとんど嗚咽混じりの声がそう言って、その度に加州の姿が、揺れる。まるで質の悪い銀板に写したように、姿がぶれる。
 と、ピシャリと鋭い音を立てて、襖が開いた。
 そこに立つすらりとした大柄な立ち姿は、よく見知ったものだ。その纏う殺気にわずか戸惑ったのもつかの間、すらりと抜き放たれた大太刀に、三日月は目を見開いた。
「……石切丸が淀んだ気がするというので来てみれば……このようなことでしたか」
 三日月の胸にすがった加州の姿を見て、太郎太刀は大きくため息を吐いた。
「まあ待たれよ、太郎太刀よ。まだ加州は姿を歪めたわけではあるまい、大袈裟であろう」
「既にそこまで異形化の進んだ身を以って何を言われますか。そもそも我らは歴史改変を阻止する身、その我らの中から落伍者が出たとあっては主である審神者も処罰を受けかねません。そうすれば我らは人の姿を保てなくなる。それに今折っておかねば、その男は貴方を否、他の仲間をも殺すかも知れぬのですよ」
「そなたが人の身であることを気にするとは、珍しいの」
「ふふ、そうですね」
 笑った太郎太刀は、だが戦場と殆ど変わらぬ鋭さで、白刃を翻す。
 太郎太刀の向上を呆然と聞き、冷たい色の切っ先が迫ってくるのを見ていた加州は、動くことも出来ずにそれを見つめ、だが後ろに強く惹かれて、目の前で、がきん、という音とともに白刃が止まるのを見る。
 驚いたのもつかの間、加州を半ばだくようにしてかばった三日月が、いつの間に抜刀したのか、刀を握りしめていた。
 ぎりぎり、と鍔競り合う音がしん張り詰めた室内に響く。
 狭い室内では大太刀は不利だが、だからといって大柄な太郎太刀の力を片手で受け止める三日月は分が悪い。
 戦場で慣れているはずの殺気を仲間から向けられて身が竦む。だが震えそうになる体を強い力で抱かれて、守られていると、胸がじわりと温まる。安堵と、偉業へと変わっていく恐怖とで頭のなかがかき回されるようだ。何を考えればいいのかも解らない。
「……なあ加州よ」
 三日月は普段の飄々とした顔のまま、抱かれた加州を見下ろしてくる。
「そなたが前の主を忘れられないことは仕方がない。けれどな、俺はこうして今のお前を愛しているよ」
 ぎり、と刀身が鳴った。三日月の刀がすこしばかり押される。
「清光、頼む、過去に生きるな、今を生きろ」
 視界が緑色に染まる。ああ。ああ。
 ごめん、と言いたかった。言えなかった。
 体の感覚がおかしくなる。三日月がわずかに険しい顔をした。
 加州は残った最後の思考で言葉を紡ぐ。
「やくそく」
「清光、」
「最後があんたの腕の中なら、俺はあんたのもんだ」
 ここまで愛してもらえたのなら、それでいい。そう思いながら、加州清光の意識は暗転した。




 ぼんやりと目を開く。
 木目の目立つ天井。遠く軽い足音の走り回る音に対して、無音の室内。
「目覚めたか?」
 鷹揚な声が降ってきて、加州の視界に三日月が入り込む。こちらは部屋着で、よく見れば己は自室の布団の上で、服も感触からどうやら和装に着替えさせられている。
 ゆるゆると記憶を手繰って、加州は呟いた。
「俺、なんでここにいるの……」
 異形と化したのではなかったのか。あの時三日月の腕の中、緑に染まった視界を思い出す。
「それがな、加州。お前が倒れた途端、あっという間に元のお前に戻ったのだよ」
「なんで……」
「さてなぁ。のどが渇いたろう。水でも飲むか」
 頷いて、きしむ体をようよう起こす。湯のみに汲まれた白湯を少しだけ喉の奥に流し込んで、ふと気づいた。
「安定は?」
「おお、大和守ならば、お前がそんなことになったのは自分のせいだと騒いでおってな、今皆でなだめている最中だ」
「……」
「何かあったか」
 ゆるりと聞かれ、加州はポツリと口を開く。
「あの人の…沖田のこと忘れたのかって聞かれて」
 だから。その思考でいっぱいになった加州は、半ば異形と化すこととなった。安定はそう思っているのだろう。だがやすさだが何かを言わなくても、いずれは誰かがこうなるだろうとか週は思っていた。それが自分であっても何らおかしくないとも。
「なるほどなぁ。そなたらは、情が深いのだな」
 言う三日月の腕の内着の裾から、わずかに包帯が見え隠れしているのを見て、そういえば、と思い返す。
「あの後、どうなったんだ、俺が倒れて」
「応。太郎太刀はあっさり引いてくれたぞ。ただの仲間同士で同士討ちをする趣味はありません、と言ってな。それよりも清光よ」
 滅多になく名前で呼ばれて、加州は顔を上げる。思ったよりも近くに三日月の顔があって、思わず少しだけ身を引いた。
 それを三日月は許さず、加州の腰を抱いて半ば己の膝の上に載せるような形になる。童のように扱われているようで、なんだか居心地が悪い。
「そなたが言うた言葉、覚えておるか?」
 なにか言っただろうか、と一瞬考えて、思い至った言葉に思わず頬を染める。あの時は必死で、半ば何を喋っているかも曖昧だったのだが、がむしゃらに放った一言は覚えている。

「最後にはならなかったが、言質はとったと思って良いかな」

『最後があんたの腕の中なら、俺はあんたのもんだ』

 なんてことを口走ったのだろう、自分は。
 ただ、三日月の行動が、胸に迫ったのは確かで。守られているという感覚に心が揺れて。ただ、どうしても、どうしても、過去に向かう意識を、それらの言動で今に繋ぎ止めてくれたのはたしかに彼で。
「……俺なんかで、いいの?」
 ひっそりとした呟きには、朗らかな答えが返って来た。
「お前だから良いのだよ、清光」

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2015/01/31
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