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2024/09/23

月が出ていた。
 赤い盃の中、それは時折吹く夜風にゆらゆらと揺れて、形を留めることがない。
 まるでこの男の胸中のように、動きが読めない、と半ば酔った頭で加州は考える。





「もし、そなたが折れたなら、」
 ぽつ、と落とされた言葉に、加州は思わず顔を上げた。
 普段だったならば、縁起でもないことをいう爺さんだ、と軽口で返したのだろうが、そう出来なかったのは、その言葉がいつもの鷹揚さの中に、一筋の鋭さを隠していたからだ。その名の通り、爪の先で引っ掻いた三日月のように一筋の。
 だが、いつまでたっても言葉の続きは聞こえず、加州はゆっくりと振り向いた。刻限は既に夜、蝋燭の灯だけちろちろと燃えて相手の横顔を照らした。視線を感じたのだろうか、いつもと気配は変わらずに振り返った声の主の目の中に三日月が見える。
「いや、」
 忘れてくれ、そう言って彼は微笑んだ。台詞に潜んだあの鋭さを綺麗にかき消して。

 戰場では誰が消えてもおかしくない。
 けれど戦場でなくても散る命があることを加州はよく知っている。
 今でもまだ夢に見るのだ。
 それは、けほ、という乾いた咳から始まって、それが四つ、五つと続くうちに、ゴホゴホという濡れた重い音になる。そしてぽたりと、主の掌を濡らした赤い血が畳の上に滴るのだ。
 労咳、当時そう呼ばれていたその病は、加州の主の命を確実に蝕んでいった。日に日に衰えていく、最後の頃は猫も斬れなくなったと嘆いていた主のことを、加州は未だに忘れることが出来ない。それは大和守も同じのようで、加州と大和守の間ではこの件はほぼ禁忌に等しい。
 話題の周りをなぞるように話すだけで、決して核心には触れない。
 だからだろうか。
 加州にとっては死に纏わる話は禁忌だった。別離は恐ろしい。見てもらえなくなる、愛してもらえなくなる、可能性すら奪い去る別離がひどく恐ろしかった。

 だから聞けなかった。
 俺が折れたら何なの、たったそれだけの言葉が、あの時は喉から出なかった。




「前にさぁ」
 ゆるゆると手櫛で櫛っていた髪を梳く手を止めて、三日月は己の傍らに突っ伏すようにして倒れこんだ青年を見やる。酒精にはあまり強くないのか、はたまた飲み方の加減を誤ったか、加州清光という名の青年は今はくたりと己の傍らでおとなしくなっている。まるで猫のようだと思うと、結わえられた髪も何やら猫の尻尾のように思えてきて、懐かぬ猫が擦り寄ってきたような心地で撫でていたのだが、ようやく何やら考える事ができるようになったらしい。
 いつもはつっけんどんな言い草の何処か眠たげな甘さを伴った声で聞いてくる。
「俺が、折れたらって」
 そしたらあんたどうするつもりなの。
 腕に顔を載せている所為で表情は見えないし、声もくぐもっていたが、三日月の耳にははっきりと声は届いていた。いくらじじいを名乗ってはいても所詮器物に宿る付喪神、本体であるこの刀が健在であるかぎりはそこまで耄碌しはしない。
「そうだなぁ」
 長く伸ばされた髪をくるくると指に巻きつけながら、三日月はもう片手で酒盃を傾けた。
「俺の意見を聞く前に、加州はどうしてほしい」
「俺は……別に」
 一度廃刀されたんだし。愛されないならどうしようもないし。こんな俺綺麗にデモしておかないと愛してもらえないだろうし。
「でも、そういうのも全部、折れたら終わりなのかなぁ、俺たち。想いも何もかも、全部、消えて……」
「再刃は望まぬか」
「だってそれ、もう元の俺じゃないだろうし」
 それもそうだな、と三日月は頷く。形を変えられた刀剣は、概ねその記憶の大部分を失う。そうなった加州清光は、すでに今の加州清光とはいえないだろう。
 そこからまた新しい関係を結ぶのもまた良きかな、と言えないほどには、三日月は今の加州に執着している自覚がある。
「しかし、そなたも酷なことを言うな」
「ひでーことなんて、言ってねー……」
「そなたを尊く、失いたくないと思うものには、酷なものだよ」
 言ってやれば、黒い前髪の下から、ちらりと赤い瞳が覗いた。
「尊い?」
「ああ、尊いとも。乾坤にたった一つの、愛おしいものだ」
 その言葉に何処か満足したように、珍しく素直に大きな猫は瞳を閉じる。
 このまま寝てしまうのだろうか、それは少し寂しい物があると思いながら、三日月は言葉を続けた。
「だからな、加州。お前が折れたら、俺は審神者を斬るよ」
 ぱちり、とまどろみに落ちかけていた瞳が開いた。
 おや、と思うまもなく両手をついて立ち上がろうとした彼は、思ったよりも酔いが回っていたのかまたくたりと畳に突っ伏してしまう。それでも言葉はまだ正気のようだった。
「何、言ってるのさ」
 あの人が居なきゃ俺達は存在してられないだろ、言う言葉にも三日月は首を傾げる。
「さてな。政府とやらがまた新しい審神者を送ってくるかもしれん。まあ審神者を斬ったら俺は当然人の姿は取れないだろうが、お前がお前で亡くなってしまうほうが、よほど嫌なのだよ、俺は」
「我儘なじじいだ」
「まあ互いに歴史を守るべく尽力しようではないか。折れてはそれも叶わぬのだからな」
 うう、となにか言いたげに呻く頭に、そっと手を置いて、それきり沈黙が落ちた。
 しばしの後、わずかに良いの覚めた声で加州は言う。
「ホントに、そう思ってんの?」
「言っただろう。お前のことが愛おしいと。だから、その存在を壊すのならば、俺はその報復をする。お前を大事にしてくれるのなら、俺も仕える。まあ主殿は刀を使い捨てにするような方ではないからな。もしもの話だ」
 ははは、と朗らかに三日月は笑った。先ほどの台詞の物騒さなど微塵も感じさせない調子で。

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2015/01/27
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