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2024/09/23

「ふあぁ…」
 加州清光は日当たりの良い縁側の縁に腰掛けたまま、今日何度目か、数えるのも飽きた欠伸を吐いた。幸いにして季節は春になろうかという頃、本丸の池もすっかり凍ることがなくなり、庭も次第に緑を取り戻し始めている。
 目に眩しいほどの新緑の芽がわずかに芽吹いているのを見つけて、加州はのんびりと目を細めた。
 本丸を守るという役目を言い遣わされて入るものの、実のところここが攻め込まれるということはないに等しい。守ると言っても掃除をするとか、間違って入り込んできた虫を追い払うだとか、やることがあるとしてもそんなところだ。
 出陣している仲間と主には悪いが、暇をつぶすこと以外にやることがない。
 離れた橋から短刀達が鯉に餌をやっているのを眺め、さて本格的に寝てしまおうか、しかしそれでは主が帰ってきた時に出迎えられない、と思い直し我慢するものの、やはりぼやきは口をつく。
「…眠いよなぁ」
「ははは、こういい陽気だとな。誰でもそうなる」
 隣から聞こえたのんびりした声に、加州は汲んだ足に頬杖をついて応じる。
「そういうあんたは、こんなとこにいていいわけ?」
「まあそう邪険にするな。爺の繰り言に付き合ってくれるものもそう多くはないのでな」
 そういって笑う男は、三日月宗近という。天下五剣の中でもっとも美しいと謳われる通り、付喪神となったその容姿も、眉目秀麗な青年であった。纏う衣装も、紺の狩衣に金糸で三日月の紋様が織り込まれ、袴にも転々と金糸の刺繍が施されている。野良着よりはよほど様になっているーーと加州は思う。
「それともまだ茶の件で怒っているのか?」
「いーえ、あんたにそーいうの似合わないでしょ」
 茶の件というのは、加州がここで日向ぼっこを始めた頃にやってきた三日月が持ってきた茶のことだ。
「主の入れるのを見た通りにやったつもりだったのだがなぁ」
「どーせ茶葉が開くまで待ってたんでしょ」
 濃い緑色をした茶は見た目通りに苦味が強く、飲めたものではなかった。結局半ばまで飲んで、あとは縁側の脇で冷えてしまっている。
「ってゆーか、あんた自分の周りのこと全然出来てねえじゃん」
「うむ。まあ世話をされることに慣れきってしまっていてな。故に、茶を入れるのもなかなか楽しませてもらったのだが」
「だーかーらー、ちゃんと淹れられてないって」
「おお見たか加州、鯉が跳ねたぞ」
 ぽちゃん、という音を聞きはしたが、視線をそちらに向けた時には既に水面に飛沫が上がっているのを捉えられただけだった。
 はあ、と加州はため息をつく。
 どうもこの御仁といると、ペースを崩される。
「ところで加州、そなたの耳飾りは変わっておるな」
「あーこのピアス? 似合ってる?」
「ぴあす、というのか。それは痛くはないのか?」
「別に。そりゃ、開ける時と引っ張られたりしたら痛いけどね」
 耳に穴が空いているのだろう? という問いに加州はこともなげに答える。この程度のもの、戰場で受ける傷に比べればなんともない。
 そうか、と三日月は考えこむ風に言葉を切る。
「私はな、加州」
 す、と伸びてきた手が無遠慮に耳朶に触れて加州は思わず身を引いた。それでも追ってきた掌の温度に、温かいそれに思わず動きが鈍った。
「お前が着飾ることを好いているのは知っているが、傷ついてまで着飾ろうとするのは好かんよ」
 ゆっくりと耳朶を撫でていった手は、そのまま下に降りて、耳飾りに触れた。金属の擦れ合う、ごく微かなチャリ、という音がした。
「……あんたには解かんねーよ」
 加州は一度、廃刀にされた。もちろん刃物として使い物になったがゆえの事だったが、あの時の己の見窄らしさといったらなかった。
 それに、人は美しいものを好むのだ。薄汚れた刀より、磨き上げられた刀を好むのは当然のことだ。
 もう二度と捨てられたくはない。だから着飾り、また着飾ることを許してくれる主についていこうと思っている。
 現世で国宝としてそれは丁重な扱いを受け、最も美しいとの評判を勝ち取った三日月にはわからないだろう。
 ぽつり、と加州は繰り返した。
「解りっこねーよ」
「ああ、解らぬかもしれないな」
 そうだろう、独りごちた加州の耳に入ってきたのは、意外な言葉だった。
「着飾らずとも、お前はそのままでも十分美しいよ。それをこれ以上着飾るのは……うむ、そうだな」
 言葉を選ぶ風の三日月に、加州は思わず噛み付いた。
「着飾るなって言いたいわけ? そりゃあんたそのまんまでも綺麗だからいいよ。だけど俺は、」
「まあ、待て。そう言っているわけではない。ただな、そう、妬けるのだよ」
「は?」
 妬ける? 焼けるの聞き間違いか?
「そなたがそれ以上美しくなっては、狙うものも多くなろう? だから加州」

 着飾るのは私のものになってからにしてくれないかな。

 あまりに率直に言われた言葉に、一瞬頭が追いつかず、加州はぽかんと目の前の男を見つめた。
 誰のものになるだって?
「ば…馬鹿言うなよ、俺達は、主のもので……」
「ははは、よきかな、よきかな。それに主殿からは了承をもらっている」
「な……」
 それは。
 また主から、見放されたということだろうか。
「勘違いするでないぞ」
 三日月が加州の考えを透かし見たように言う。
「主殿は贔屓をなさらぬ方だからな。万全に全員に目を配ることが出来ぬゆえ、隊長と名高いそなたを支えてやって欲しいと、そう頼まれただけよ。主殿は決してそなたを忘れてはおらぬよ」
 実際、本丸を任されているだろう、そういっていつものように、三日月は、はははと笑った。
 加州はなんと言っていいのか解らず黙り込んだ。
 信じて、いいのだろうか。その言葉を。忘れられていないという言葉を。
「さて」
 言って三日月は縁側から立ち上がる。ゆっくりと離れていった手の感触を、どことなく寂しいと感じたのは己の気の迷いだろうか。
「それでは、また機会があったら年寄りの繰り言に付き合ってくれ。それと、」

「私のものになる覚悟を決めてくれ。まあ、急ぎはしないがな」

 最後に爆弾発言を残し、加州が反駁するより早く廊下を曲がっていってしまった背中に、それでもなんと答えていたらよかったのか解らなかったことに気づいて加州は悶々と頭を抱えるのだった。

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2015/01/26
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