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2024/09/23
 金魚

「またここにいたか」
 加州が視線を上げれば、本丸の庭、ほど近い敷石の上に三日月が立っていた。夜を迎えたこの時刻、蝋燭の灯で白い袴がぼんやりと光るようにみえる。
 本当は、姿を見なくったって来たことはわかっていた。石畳の上を、こんな衣擦れの音をさせて歩いてくる足音を、すっかり聞き慣れてしまった。
「まーね、俺近侍だし」
「主の側近く仕えるというのも、なかなか面倒だなぁ」
「別に。可愛がられてるって思えるじゃん」
 戰場に出る事こそ本分ではあるが、こうしてやってきて間もない二軍、三軍の刀剣達を率いて主が戦場を回る間、待っているのもそう嫌いではない。
 尤も、加州がそう思えるのはごく最近になってのことだった。
 以前は主の側近くを任されていても、戰場に出られなければ不安で仕方がなかった。また、主を失うのではないかと。必要とされていないのではないかと。愛されて、居ないのではないかと。
 だが主はいつも無事に戦場から帰ってきたし、加州も余程の重症でなければ一軍を外されることはなかった。そして刀の傷みが治れば、また一軍に戻してもらえるのだった。
「とは言っても暇だろう」
「…まーね」
 がらんとした本丸は多かれ少なかれ寂しいものだし、賑やかしな短刀や他の太刀達も庭に姿を見せない。そもそも主が居ない、というそれだけで寂しさがある。だからこうして三日月がここを訪れてくれるのは、嫌では、無い。
 思い起こせばあの日以来、こうして本丸や部屋で手持ち無沙汰にしている時に、頻繁に三日月が訪れるようになった気がする。
 いや、気がする、のではなく事実なのだろう。

『着飾るのは、俺のものになってからにしてくれないかな』

 どう返せばよかったのだろう。あの台詞に。
 そも、どのような真意で放たれたのかも、加州にはよくわからない。
 いや、解ってはいるのだ。ただ、聞かなかった、なかった事にしようとしているだけで。
 愛されたい、と願ってはいた。
 ただ、自分のものになれと、そんな傲慢な台詞に少しばかりの抵抗を感じたのと、まさかそんな形で愛されることになろうとは思わなかっただけで。
 だがあの火以来、三日月は同じような要求はせず、ただ加州を猫か何かでも愛でるように扱うだけだ。そうしながら時折、加州にはよくわからない執着を見せる。
 本当に、何を考えているのかわからない。
「そういうと思ってな、ほれ」
 すい、と眼の前に差し出されたのは、真っ赤な金魚だ。
「無聊を慰める程度にはなろうと思ってな」
 そなたに似ておろう?
 童でもあるまいに飴細工なんて、と言いかけた言葉を、加州は飲み込んだ。
 じり、と蝋燭の燃える音がする。
 例えられたのが多少嬉しかったのは嘘ではない。ただそれ以上に、気遣われたことに心が動いた。
「……んじゃ、貰う」
「うむ」
 満足気に頷いて差し出された竹串を、加州は受け取った。燭台の光にてらてらと光る飴細工の金魚は、尾っぽの先だけが薄く白く透けて美しい。
「今日、なんかあったの?」
「うむ、縁日があってな、他のものは皆そちらに出てしまっている」
 そう言って三日月はごく自然に加州の隣へと腰を下ろした。
 他の、と言っても残っているのは皆短刀ばかりだったから、さもありなんという話だ。練度にかかわらずあんな子供だけで、と思わないでもなかったが、確か薬研も居たはずだから心配はいらないのだろう。
「あんたも、もっと見てくりゃよかったのに」
「何、じじいは人混みにはあまり慣れぬのでな。こうして二人いるほうが性に合っているよ」
 はっはっは、と朗らかに笑われて、加州はなんと返したものか迷い、結局持った金魚を舌先でちろりと舐めた。
 歯が溶けそうな甘さがじわりと広がって、加州はぼんやりと人の身をとった今の己を思う。最初は食べるという行為さえ馴染みのないことだったのだが、今では内版の炊事も慣れたものとなりつつある。ただ、爪紅を落とさなければいけないことだけは悩みの種だ。
 その爪の色に、確かによく似た金魚を眺めていると横から声がかかった。
「綺麗だろう」
 こくり、と頷いたあとで、飴細工に例えられた己を肯定したような格好になったことに気づき、わずかに羞恥を感じる。
 こんな美しくて甘いものに例えられて、恥ずかしくもそれを心の何処かで心地良いと感じる自分が居て、馬鹿みたいだと思う。
 いつの間に、こんな心の奥にまで、入り込まれてしまったのだろう。
「いい趣味、してんじゃん」
 苦し紛れにしてみた同意は、相手にどう映っただろうか。
 じり、と蝋燭の燃える音がする。
 そんな音が聞こえるような沈黙を誤魔化すように、加州はもう一度金魚を舐めた。多少はしたない仕草だったが、童相手に見栄えを狙って大きく作られた金魚が口の中に入るはずもない。
 広がる甘ったるさを心地よく思っていると、ふと、金魚を持っているのとは逆の手を引かれた。わずかに姿勢が傾いで、まるで三日月にもたれかかるような格好になる。
「おい、」
「いいだろう、これくらいは」
 男二人手を握り合って何が楽しいのか、否、本来は人の身を取らなければ手すら無いのだから、こうして人の身であることを楽しもうとする三日月の姿勢は正しいのだろうか、そんなことを考えながらもk仕方なく手を引かれたまま、加州は逆の手で握ったままの金魚を掲げる。
「あんま突然だと、落とすだろ、これ」
「それは惜しいな、では今度からは声くらいはかけることにしよう」
 声くらいはってなんだ、と思いながら加州は相手の手がゆっくりと己の指に絡むのを感じる。
 背後からの明かりがゆるく明滅した。
 ああ蝋燭が消えかかっている、換えを用意しなければ、と思いながら、薄闇の中、己の指と指の間、やわらかな皮膚に他人の手が寄り添う感触を感じる。やがてそれは己の手全体を包み込むように重なる。
「加州、」
 すいと握ったのとは逆の手で顎を掬われて、ああ、と思った。
 瞳の中の打ち除けが見えるほど近く、睫毛さえ数えられるのではないかというほどの至近に三日月の瞳を見て、

 一瞬、唇にやわらかな感触が押し当てられた。

 感触を追う間もなく、まるで何事もなかったかのように離れていった三日月はふわりと微笑む。
「やはり、甘いな」
 そして、やんわりと手を握り返される。それでやっと、己があの一瞬の時に相手の手を握りしめていたことに気づいて、加州は羞恥とともに手を緩めた。
「馬鹿か…あんた」
 苦し紛れに逸らした顔が段々と熱くなっていくのを感じつつ、加州は言葉を続ける。蝋燭の灯は、消えていた。こんな顔を見られなくてよかった、と思う。
「甘いのなんて、当たり前だろ、飴なんだから」
「うむ、そうだな」
 きっとこの男は、いつもと変わらずのほほんとした微笑みでも浮かべているのだろう。
 そう思うとなにか猛烈に悔しいような、それでいて胸の奥に広がった決して嫌ではない感情をどう表していいのか解らずに、加州は縁側の縁にくっつきそうになっていた金魚の雨を持ち直した。
「暗いな」
「いいよもう…あの人が帰ってきたらもう一度つける」
「それでは、それまでここにいてもいいかな」
 駄目だ、という理由を、加州は何も見つけられなかった。

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2015/01/27
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