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2024/09/23

 静かな夜だった。星々の光が不気味に強く、けれど闇の濃い、生き物の気配をそこかしこに包容した濃密な夜。
 ふう、と雨期を過ぎて夏に向かう頃特有の、湿気を含んだ生温かい風が吹く。ごくゆるい風は梢を揺らすことすらなく、押し黙ったような生き物たちの間を抜けてゆく。虫の声すらない静寂は故無いことではない。彼等は知っているのだ。

 ――それは、見る者があったなら、空間が引き裂けたように見えただろう。何もなかったはずの中空が、陽炎のように歪んで、裂ける。星の光が歪む。破ける。裂け目に爪を立てるようにして、「ない」はずの場所から入り込んでくる影。
 そして、姿を顕したのはまさしく今宵に相応しい百鬼夜行であった。


 まったき月夜だ、と誰かが言った。
 その誰かの視線を追って、或いは土埃のない清浄な大気を吸い込んで、ああ、とまた別の誰かが感嘆の息を漏らす。もしかしたらそれは己だったのかも知れない。同じように誰かが歓びと安堵の入り交じった声を上げた。そうしてため息とも歓声ともつかないざわめきが、ゆっくりと拡がってゆく。
 怯えたように、小さな生き物たちが逃げてゆくのがわかる。この世界に生きる生き物だ。多分、もっと大きな生き物もいる。未だ敵意さえ見せていない相手から先を争って逃げていくような生き物が、この世界の覇者であるわけはない。生き物がいるなら、そこには必ずそれを喰う者を頂点とする階級が作られてゆく。階級の頂点は、もっと強く、賢く、大きな生き物のはずだ。そこまで考えて少しだけ不安になる。この世界に君臨する生き物と戦って、私達は生き延びられるのだろうか?
「――生き物が多いな」
 同じようなことを考えたのだろうか。誰かが言った。たった108の同胞も、声だけでは誰なのか解らない。
「追いやれ。屈服させろ。どうにかして我らの土地を手に入れなければならない」
 同調するように、そこかしこで声が上がる。牙を咬み鳴らす音が、大地を蹴りつける音がする。
「戦いだ」
「狩れ、喰らえ」
「弱き者の上に強き者を」
「戦いだ、戦いだ!」
 でも、と今度はもっと優しげな声をした誰かが言う。
「この世界の生き物を滅ぼすわけにはいかないわ」
「調和の崩れた世界がどんなのか、もう我等は知っているはずだ」
「どこまでは良くて、何をしては駄目なのか、それを見極めなくては」
 ふん、と白けたように誰かが鼻を鳴らす。
「そんなことはどうでもいい。だが腹が減った」
 わぁ、と歓声にも似た響きの応えと鳴き声とで賛同の声が上がる。
「狩りに出よう、同胞よ。生き延びるためには食餌が要る」
 声を合図に、いくつかの個体の気配が四方八方へと散ってゆく。やれやれと肩を竦め、顔を見合わせるものの、止める者は居ない。
 喰わなければいずれは死あるのみ。むしろ今まで同胞殺しや共食いが起こらなかったことこそが奇跡に近いくらいなのだ。
 ただ、肩を竦めた彼等は、逸って獲物を探しに行った者達よりは空腹を押さえつけておける理性があり、己と似たものを喰わず、獲物を生きたまま頭から囓るような文化を持たないだけだ。

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2009/03/02
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