「こんばんハ。レムリアデス。泊めてくだサイ」
深夜を過ぎて既に早朝に近い時刻、作業場の灯を落としに掛かった頃、彼女がやってきた。
何処へ流れるとも知れない流浪の生活を送る彼女が、こうして前触れもなく訪ねてくることは珍しくはないのだが、流石にこんな時刻の訪問は初めてだ。
見れば、蛍光灯の光を弾く金の三つ編みはゆるみ気味で、個人的によく似合うと思っている白い服も土埃で汚れている。とりあえず中に招き入れて、コーヒーはいるかい、と訊いたら、コンビーフがいいデス、と返ってきた。
異様に少ない口数と、髪を結い直す気力もないらしいことからよほど疲れているのだろうと判断し、朝食になるはずだったライ麦のパンと、ホットミルクにコーンクリームの缶詰を加えた即席のコーンスープで間をもたせ、コンビーフを焼きに行く。
添え物も何もないコンビーフを皿に移して戻ったときには、既にスープは空で、彼女はやたら噛みごたえのあるパンをかじっていた。その前にコンビーフとフォークだけを置いて、自分は温めなおしたコーヒーの入ったマグカップを持って向かいに座る。
無造作にフォークを手に取った彼女は、思い出したように、いただきマス、と一度フォークを掴んだままの手を組んで、それからコンビーフを突き刺した。一口囓って咀嚼して、のみこんで、そしてようやく人心地ついたように息を吐く。
「……今日ハ、いろいろ大変だったんデス」
「そうみたいだねぇ」
はい、とよく解らない相づちを打ってから、彼女は顔を上げた。
「レムリアの武勇談、聴いてくれマスカ?」
それから彼女が語ったのは、夢物語のような壮絶な話だ。
彼女達が追っていた鬼のこと、彼女曰く手の掛かる仲間達のこと、自分が作った銃が役に立ったときの話。
冒険活劇のような話は、次第に烈しさを増してくる。
仲間達と、鬼達を束ねる神を名乗る者のアジトを突き止めて、そこに踏み込んでからの激戦と仲間達の活躍。神に対峙する少年と少女、彼等を阻む鬼と、力を貸す鬼と。
神に従う鬼を退けて、彼女の仲間の一人が神へと挑んだのだが、彼は致命傷を負ってしまったらしい。けれど、代わりに立ち向かった少年が――その正体も神だったらしいのだが――が勝利を収めて、地上の平穏は保たれた、らしい。
彼女自身はその余韻に浸る間もなく、すぐに仲間の手当と、治療できる場所へ運ぶのとでその場を離れてしまったから、その後のことは知らない、と彼女は語った。
仲間を信頼できる人の所へ預けて、もう一人の仲間にその場を任せると、レムリアは服に付いた血だけ落としてそのまま列車に飛び乗ったのだという。
最終便で辿り着いたらこんな時間になってしまいマシタ、そんな風に言う彼女の服をよく見てみれば、確かに付いている汚れは土埃にしては少し赤茶けている。
「とっても、疲れマシタ」
まるで物語のような話を語り終わって、彼女はそう言って長く息を吐く。そうやっていると、荒唐無稽にすら聞こえる話が、まるで本当にあった出来事のようだ。そう、誰が信じるのだろう、こんな話! バレルは信じるのだけれど。
だから、バレルはうん、と相づちを打つ。お疲れ様、と付け足すと、彼女が少しだけ笑った。
「それから、ちょっとだけ怖かったデス」
「怖い者知らずの君にしては珍しいね」
「敵が、だけじゃありまセン。ジークが死んじゃうのも怖かったデス」
ああ、ともうん、とも付かない相づちで返して、バレルは内心で、妬けるなぁ、と呟く。そういう形で彼女の心を動かせるのは、共に旅をする者の特権だ。こうして北の大地に居を構えているバレルには手が届かない。
そんなことを考えていたから、次の台詞への反応が遅れた。
「だから、全部終わったら貴方の顔が見たくなったんですヨ」
「……え?」
「お顔を見せてくだサイ」
次の瞬間テーブル越しに彼女の手が伸びてきて、思わず少し仰け反ったバレルの頬を両側から挟む。そのまま立ち上がったレムリアが顔を近づけてきて、鼻先が触れあうより少し遠い距離で青い瞳が瞬く。
突然のことに窘める言葉が出ないバレルをよそに、レムリアは言う。吐息の掛かりそうな距離で。
「よーく、見えマシタ。それで、安心しマシタ」
そう言って、やっとレムリアが離れてゆく。ごちそうさまでしタ、と楽しそうにレムリアは笑った。
「このお皿、流しに入れておけばいいですカ?」
「……そうしてくれると助かるかな」
了解デス!敬礼の物まねをして、フォークとカップ、それから先ほどまでコンビーフの載っていた皿を重ねて隣のキッチンへと持っていく背中を見送って、バレルはなんだか急に疲れてしまって肩を落とした。
深夜を過ぎて既に早朝に近い時刻、作業場の灯を落としに掛かった頃、彼女がやってきた。
何処へ流れるとも知れない流浪の生活を送る彼女が、こうして前触れもなく訪ねてくることは珍しくはないのだが、流石にこんな時刻の訪問は初めてだ。
見れば、蛍光灯の光を弾く金の三つ編みはゆるみ気味で、個人的によく似合うと思っている白い服も土埃で汚れている。とりあえず中に招き入れて、コーヒーはいるかい、と訊いたら、コンビーフがいいデス、と返ってきた。
異様に少ない口数と、髪を結い直す気力もないらしいことからよほど疲れているのだろうと判断し、朝食になるはずだったライ麦のパンと、ホットミルクにコーンクリームの缶詰を加えた即席のコーンスープで間をもたせ、コンビーフを焼きに行く。
添え物も何もないコンビーフを皿に移して戻ったときには、既にスープは空で、彼女はやたら噛みごたえのあるパンをかじっていた。その前にコンビーフとフォークだけを置いて、自分は温めなおしたコーヒーの入ったマグカップを持って向かいに座る。
無造作にフォークを手に取った彼女は、思い出したように、いただきマス、と一度フォークを掴んだままの手を組んで、それからコンビーフを突き刺した。一口囓って咀嚼して、のみこんで、そしてようやく人心地ついたように息を吐く。
「……今日ハ、いろいろ大変だったんデス」
「そうみたいだねぇ」
はい、とよく解らない相づちを打ってから、彼女は顔を上げた。
「レムリアの武勇談、聴いてくれマスカ?」
それから彼女が語ったのは、夢物語のような壮絶な話だ。
彼女達が追っていた鬼のこと、彼女曰く手の掛かる仲間達のこと、自分が作った銃が役に立ったときの話。
冒険活劇のような話は、次第に烈しさを増してくる。
仲間達と、鬼達を束ねる神を名乗る者のアジトを突き止めて、そこに踏み込んでからの激戦と仲間達の活躍。神に対峙する少年と少女、彼等を阻む鬼と、力を貸す鬼と。
神に従う鬼を退けて、彼女の仲間の一人が神へと挑んだのだが、彼は致命傷を負ってしまったらしい。けれど、代わりに立ち向かった少年が――その正体も神だったらしいのだが――が勝利を収めて、地上の平穏は保たれた、らしい。
彼女自身はその余韻に浸る間もなく、すぐに仲間の手当と、治療できる場所へ運ぶのとでその場を離れてしまったから、その後のことは知らない、と彼女は語った。
仲間を信頼できる人の所へ預けて、もう一人の仲間にその場を任せると、レムリアは服に付いた血だけ落としてそのまま列車に飛び乗ったのだという。
最終便で辿り着いたらこんな時間になってしまいマシタ、そんな風に言う彼女の服をよく見てみれば、確かに付いている汚れは土埃にしては少し赤茶けている。
「とっても、疲れマシタ」
まるで物語のような話を語り終わって、彼女はそう言って長く息を吐く。そうやっていると、荒唐無稽にすら聞こえる話が、まるで本当にあった出来事のようだ。そう、誰が信じるのだろう、こんな話! バレルは信じるのだけれど。
だから、バレルはうん、と相づちを打つ。お疲れ様、と付け足すと、彼女が少しだけ笑った。
「それから、ちょっとだけ怖かったデス」
「怖い者知らずの君にしては珍しいね」
「敵が、だけじゃありまセン。ジークが死んじゃうのも怖かったデス」
ああ、ともうん、とも付かない相づちで返して、バレルは内心で、妬けるなぁ、と呟く。そういう形で彼女の心を動かせるのは、共に旅をする者の特権だ。こうして北の大地に居を構えているバレルには手が届かない。
そんなことを考えていたから、次の台詞への反応が遅れた。
「だから、全部終わったら貴方の顔が見たくなったんですヨ」
「……え?」
「お顔を見せてくだサイ」
次の瞬間テーブル越しに彼女の手が伸びてきて、思わず少し仰け反ったバレルの頬を両側から挟む。そのまま立ち上がったレムリアが顔を近づけてきて、鼻先が触れあうより少し遠い距離で青い瞳が瞬く。
突然のことに窘める言葉が出ないバレルをよそに、レムリアは言う。吐息の掛かりそうな距離で。
「よーく、見えマシタ。それで、安心しマシタ」
そう言って、やっとレムリアが離れてゆく。ごちそうさまでしタ、と楽しそうにレムリアは笑った。
「このお皿、流しに入れておけばいいですカ?」
「……そうしてくれると助かるかな」
了解デス!敬礼の物まねをして、フォークとカップ、それから先ほどまでコンビーフの載っていた皿を重ねて隣のキッチンへと持っていく背中を見送って、バレルはなんだか急に疲れてしまって肩を落とした。
就寝前にコーヒー飲んでも気にしないのがバレルさん。
戦闘後に列車に乗って深夜に到着して武勇伝を語るだけの体力があるのがレムリアさん。
コンビーフ美味しいですよね。わざわざ焼いたりしないことの方が多いけど(……)。
神獄は……銃があるんなら缶詰くらいはあって良いんじゃないかなと。レトルトパウチが微妙だなぁ。フリーズドライはない。
バレルさんは料理は出来ないんじゃなくてしないだけです。手順があれば押さえるトコ押さえた作業(しかし決してこった作業ではない)が出来る人なので、レシピさえあれば大抵のものは可もなく不可も無くの出来で作れる。
しかし男の一人暮らしなので、お客でも来ない限りは常時手抜きです。今回レムリアさんが来ても手抜きでしたが。そこは時間が時間なのでご愛敬。
野菜・穀物・たんぱく質があればいいか、くらいにしか考えていません。彩りとかめんどくさい。
仕事には細かいし精密な対応をする人だけど、自分に対しては大雑把です。一人暮らしの油断。
後この人、住居スペースと作業場は別けてあると思うんですけど、作業場の横には給湯室が付いているので、そこで料理してました。
カップリングを書くときは、「お互い憎からず」くらいで書くことが多いんですが、実際書いてみたらレムリアさんはなんか大胆なこと言い出すし、バレルさんは端々でレムリアさんのこと好きだしで、あれお前等付き合ってたっけ?みたいな気分になりました。
戦闘後に列車に乗って深夜に到着して武勇伝を語るだけの体力があるのがレムリアさん。
コンビーフ美味しいですよね。わざわざ焼いたりしないことの方が多いけど(……)。
神獄は……銃があるんなら缶詰くらいはあって良いんじゃないかなと。レトルトパウチが微妙だなぁ。フリーズドライはない。
バレルさんは料理は出来ないんじゃなくてしないだけです。手順があれば押さえるトコ押さえた作業(しかし決してこった作業ではない)が出来る人なので、レシピさえあれば大抵のものは可もなく不可も無くの出来で作れる。
しかし男の一人暮らしなので、お客でも来ない限りは常時手抜きです。今回レムリアさんが来ても手抜きでしたが。そこは時間が時間なのでご愛敬。
野菜・穀物・たんぱく質があればいいか、くらいにしか考えていません。彩りとかめんどくさい。
仕事には細かいし精密な対応をする人だけど、自分に対しては大雑把です。一人暮らしの油断。
後この人、住居スペースと作業場は別けてあると思うんですけど、作業場の横には給湯室が付いているので、そこで料理してました。
カップリングを書くときは、「お互い憎からず」くらいで書くことが多いんですが、実際書いてみたらレムリアさんはなんか大胆なこと言い出すし、バレルさんは端々でレムリアさんのこと好きだしで、あれお前等付き合ってたっけ?みたいな気分になりました。
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( 2009/08/27)
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