あんまり遊び歩かないでくださいよねぇ、呆れを含んだ声で、鮮やかな赤毛の騎士は言った。
「何を言うのかね、ここ一月は大人しくしていたじゃないか」
セラーの棚に眠る葡萄酒のラベルを吟味しつつ、メルキオールは言う。お世辞にも真面目とは言えない態度に、ラモンはやれやれと傍らの樽に腰掛けた。例え極めて私的な場とは言え、此処も王宮内である。本来なら王であるメルキオールの許し無しに、しかも樽に腰掛けるなど言語道断だ。それが解らないラモンではないが、今更こんな所で、しかもこの人相手に騎士の礼儀を取るのも馬鹿らしい。
城の食料庫の奥、ワインセラーでくすねるボトルを選ぶ王と、それに礼を取る将軍の図、なんて滑稽すぎる。
「ま、ここ最近だけはこうやってワインくすねたり隠れん坊したりしかしてないみたいですけど?後を引く遊びってのもあるって、解ってるでしょ」
「またそんな話か」
困ったものだ、と言うようにメルキオールは肩を竦めた。尤も、気になる銘柄でもあるのか棚を覗き込んだままの受け答えではあったが。
「金と女ってのはなかなか切れないんだから。……それ、開けるなら37年のにしてね」
何故、と問うような視線を向けられ、ラモンは片目を瞑ってみせる。
「そこの銘柄、ウチの領地の畑で作ってるの」
「なるほど、詳しいわけだ」
小さく笑って、メルキオールはボトルを取り出す。緑色のガラスに貼られた薄茶の紙に、箔押しで書かれた銘柄と数字。
「それで、今度は何が後を引いていると?」
「一昨日のことだけど。清楚な訳あり風のレディが城門の所に来てて、ね」
やれやれとメルキオールは額を抑える仕草をする。お腹の膨れたそのレディは、一体どんなシチュエーションを語ったのだろう。
「私は一体どんな人間だと思われているんだろうね」
「遊び人でしょー?」
戯けて答えて、ラモンは足を組み替えた。それで、と変わらぬ調子で問う。
「心当たりは?」
「私はそういう女遊びはしないよ」
「どうだか、ってのが大半の意見だと思いますよー?」
誤解だよ、呟いて、メルキオールはボトルの底を右手で支え持つ。左手は瓶の口を包み込むように沿えた。一拍の間をおいて、そのまま彼は螺子式蓋の瓶でも開けるように、ボトルの口を捻る。と、まるでガラスが粘土にでも変わったように、ボトルは手を添えた部分からあっさりとねじ切れた。
呪文すらなく炎の力を行使した彼は、静かに微笑んで、
「王子を生む女性は、たった一人で充分だと思わないかい?」
上等な翡翠の色をした瞳に得体の知れない色を浮かべる主君に、少しだけ薄ら寒いものを感じながら、ラモンは少し考える風を装ってから、それもそーですね、と軽く答えた。
「確かに、貴方がアレックス様やアルマ姫の立場を悪くするようなことをするわけがないわ」
「解ってくれて嬉しいよ」
言って彼は、溶けた断面を曝すボトルをラモンに差し出した。
「何を言うのかね、ここ一月は大人しくしていたじゃないか」
セラーの棚に眠る葡萄酒のラベルを吟味しつつ、メルキオールは言う。お世辞にも真面目とは言えない態度に、ラモンはやれやれと傍らの樽に腰掛けた。例え極めて私的な場とは言え、此処も王宮内である。本来なら王であるメルキオールの許し無しに、しかも樽に腰掛けるなど言語道断だ。それが解らないラモンではないが、今更こんな所で、しかもこの人相手に騎士の礼儀を取るのも馬鹿らしい。
城の食料庫の奥、ワインセラーでくすねるボトルを選ぶ王と、それに礼を取る将軍の図、なんて滑稽すぎる。
「ま、ここ最近だけはこうやってワインくすねたり隠れん坊したりしかしてないみたいですけど?後を引く遊びってのもあるって、解ってるでしょ」
「またそんな話か」
困ったものだ、と言うようにメルキオールは肩を竦めた。尤も、気になる銘柄でもあるのか棚を覗き込んだままの受け答えではあったが。
「金と女ってのはなかなか切れないんだから。……それ、開けるなら37年のにしてね」
何故、と問うような視線を向けられ、ラモンは片目を瞑ってみせる。
「そこの銘柄、ウチの領地の畑で作ってるの」
「なるほど、詳しいわけだ」
小さく笑って、メルキオールはボトルを取り出す。緑色のガラスに貼られた薄茶の紙に、箔押しで書かれた銘柄と数字。
「それで、今度は何が後を引いていると?」
「一昨日のことだけど。清楚な訳あり風のレディが城門の所に来てて、ね」
やれやれとメルキオールは額を抑える仕草をする。お腹の膨れたそのレディは、一体どんなシチュエーションを語ったのだろう。
「私は一体どんな人間だと思われているんだろうね」
「遊び人でしょー?」
戯けて答えて、ラモンは足を組み替えた。それで、と変わらぬ調子で問う。
「心当たりは?」
「私はそういう女遊びはしないよ」
「どうだか、ってのが大半の意見だと思いますよー?」
誤解だよ、呟いて、メルキオールはボトルの底を右手で支え持つ。左手は瓶の口を包み込むように沿えた。一拍の間をおいて、そのまま彼は螺子式蓋の瓶でも開けるように、ボトルの口を捻る。と、まるでガラスが粘土にでも変わったように、ボトルは手を添えた部分からあっさりとねじ切れた。
呪文すらなく炎の力を行使した彼は、静かに微笑んで、
「王子を生む女性は、たった一人で充分だと思わないかい?」
上等な翡翠の色をした瞳に得体の知れない色を浮かべる主君に、少しだけ薄ら寒いものを感じながら、ラモンは少し考える風を装ってから、それもそーですね、と軽く答えた。
「確かに、貴方がアレックス様やアルマ姫の立場を悪くするようなことをするわけがないわ」
「解ってくれて嬉しいよ」
言って彼は、溶けた断面を曝すボトルをラモンに差し出した。
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( 2008/07/30)
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