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2024/09/23
 神羅

 アレックスの声が出なくなった。

 伸ばした手で喉に触れる。普段ならば不躾と言っていい行動だが、アレックスは拒まない。指先が触れた瞬間、わずかに喉が上下して、じわりと高い体温が伝わってきた。
「……本当に声、出ないのか」 
 自分でも解りきっているサイガの問いに、けれどアレックスは少し困ったように眉を寄せただけで、律儀に口を開く。

 “はい”

 唇はそう語るのだけれど、音はない。ただ触れた喉が微かに振動を伝えてきて、気道を空気が通る、微かな音だけがした。
 それでもう本当に出ないことが解ってしまって、今度は問うたサイガの方が、まるで痛みを感じたような表情をすることになる。
「熱は?」

“ありません”

「喉だけなのか?」

“はい。他は、”

「ああ、喋らなくていいから」

 唇を動かすだけなら良いが、時折喉から振動が伝わってくるところを見ると、本当に喋ろうとしているらしい。慌てて手を振って止めたサイガに、アレックスは小さく首を傾げる。
 喋らなくて良い、と言われても伝えたいことがあるのだと思って、サイガは周囲を見回す。遠い卓上にあった羽根ペンに気付いて立ち上がるより先に、手を引かれてサイガはアレックスを振り返る。

“これでいいです”

 唇だけがそう言って、アレックスは常とは違い、手袋をしていない指で、サイガの掌に文字を書く。
『これでいいでしょう?』
 掌の上を指が滑っていく感触がくすぐったい。けれどそれ以上に、布越しではなく直接伝わる温度だとか、添えられた指の感触だとかが気になってしまって、サイガは照れ隠しのようにぼそりと言う。
「……ゆっくり書かないと解らんぞ」
『解ってます。』
 ご丁寧にピリオドを打ちながらの苦笑がいつも通りの様子なので、何となく安堵して、ベッドサイドに座り直す。
『本当は そんなに酷い 体調ではないので 仕事は出来る んですけど』
 いくら男の掌と言っても、指で文字を書くには狭い。少しづつ区切りながら一字一字紡がれる文字を、サイガは見つめる。
『僕らの魔法は 声や呪文に 頼るところが 大きいので 大騒ぎされて しまったんです』
「……魔法で治さんのか?」
 飛天も聖龍も魔法に長けた部族だが、飛天は特に治癒魔法に優れている。魔法に頼らず、自然の草木や自身の治癒力で傷を治すことを修行の一環とする聖龍ならまだしも、飛天にそんな習慣はなかったはずだが。
 視線を受けて、だがアレックスは首を振る。
『喉は繊細な 器官なので 変な風に治すと 声が変わって しまうのだそうです』
「それは困るな……」
 アレックスの、芯があるのに柔らかな、耳に心地よい声が変わってしまうのは嫌だ。そう言えば彼の喉はいつ頃治るのだろう。もう一度あの声が聞けるのはいつになるのだろう。

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2009/09/22
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