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2024/09/23

「俺は何一つお前に気持ちを返せないのにか?」
 瞬間、胸中にわき上がった感情があって、ミュルメクスは瞬いた。
 何故、と自問する。
 今この場面で、心が動く理由がまったく思い当たらない。戸惑いながら突然宿った感情をたぐり寄せようとするが、正体を探り当てる前に、それは溶けるように消えてしまった。
 後には痛みだけが残って、ミュルメクスは心中で首を傾げた。短く、だが重く鈍い痛みを残したそれが一体何だったのか解らないまま、問いの意味を考える。
 彼は何故そんなことを問うのだろう。
「お前がどう思うかと、私がどう思うかは別の話だろう?」
 ミュルメクスが彼を好きになるのはミュルメクスの自由で、それに対してランビリスが何を思うかも彼の自由。それを制限する気もさせる気もない。
 そのはずだ。
 少なくともミュルメクスの中で、その両者は完全に切り離されている。

(だから投げかけた声に想いに、何も返ってこないことは、悲しむことではない。)
(初めから期待などしなければ)
(求めたものが得られない、苦しさも痛みも)
(何も)


――その、はずだ。
 どこか白茶けたような沈黙が流れ、やがて、ふ、と背後で大きな溜息が聞こえた。
 次いで、長椅子の軋む音。視界の端の影が床まで伸びて、ランビリスが立ち上がったのだと解る。
 ああ、と微かに嘆息が漏れた。
 話は終わった、そういうことなのだろう。
 引き留めたかったが、そうすることが相応しくない事も解っていた。振り向くことも出来ず、ミュルメクスは目を閉じる。今彼を視界に入れたら、きっと待ってくれと手を伸ばしてしまう。行かないで欲しいと縋ってしまいたくなる。――けれどそうしたところで、伸ばした指は拒絶に遮られてしまうのだろう。
 例えば、とミュルメクスはあえて思考を散らす。手折った花は、そうでない花よりも早く凋れる。幾ら水を換えても、風から守っても、やがては枯れて朽ちてしまう。そういうものだ。無理をして手に入れても、害す結果にしかならないことのほうが多い。
 ミュルメクスは無理矢理距離を縮めようとして、そして二人の間にあったものは壊れた。だからあの夜も――今も、ランビリスが拒絶するのは仕方のないことなのだ。
 そう意識した瞬間、胸が軋む。――無論、実際に軋んだわけではない。だが軋むと形容するのが相応しいこの痛みは何だ。胸を侵してゆく毒のような、この苦しさは。
 ミュルメクスにはこの感情の正体も、どうすればこの痛みが癒されるのかも解らない。
 こつ、と背後で靴音が聞こえて、胸苦しさは一層強くなった。
 堪えるように俯く。こつ、と着実に移動してゆく足音と、僅かに軋む床。
 三歩目の足音を無意識に耳で追って、――何故かいつまでも訪れない音に、ミュルメクスが怪訝そうに瞬いたときだった。

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2010/06/10
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