忍者ブログ
小ネタ投下場所  if内容もあります。
 [PR]
 

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。




2024/09/23

 き、と背後のソファが控えめな軋みを上げる。――肩口に落ちた髪がかき分けられるような感触。不審に思ったミュルメクスが顔を上げるよりも、背後から伸ばされた腕が胸の前で緩く交差される方が早かった。そのままごく軽い力で後へ引かれる。それから後頭部にささやかに――衝撃と呼ぶにはあまりにささやかに何かがぶつかった。
――背後から抱きしめられている、と気付くには、少し時間が必要だった。
「……なぁ」
「――っ」
 頭のすぐ後で聞こえた声に動揺する。求めていた声がすぐ傍にある。そう意識しただけで、重く凝ったようになっていた胸に熱が宿った。それは瞬く間に痛みも息苦しさも駆逐して、今にも火を噴きそうに赤く光る熾火となり、胸の奥に潜む。
 どうして、という疑問よりも、回された腕の熱の方がよほど鮮烈だ。勝手にそちらへと引かれそうになる思考をかき集めて、ミュルメクスは何とか疑問を紡ぐ。
「どういう……」
 つもりだ、までは上手く言葉にならなかった。それで意図が通じたのか通じなかったのか、ランビリスは小さく声を上げて笑っただけだった。
「――こうしてると温かいだろ?」
 言われて、僅かに遠のいていた腕の熱をもう一度意識する。――温かい。多分、実際の温度以上に。
「お前は俺が気持ちを返せなくても構わないって言うが、そんなのは寂しいだろ」
 そんなことはない、と反駁しようとして言葉に詰まる。先ほどまで胸を蝕んでいた胸苦しさの名は一体何というのか、ミュルメクスは知らない。
「……そんな、ことは」
 乱れた心では、例え一時の誤魔化しだとしても、ない、と言いきることができない。不安定に消えた語尾では、まるでランビリスの指摘を肯定しているかのようだ。違う。そうではないのだ。
「お前が居るのに、寂しさなどあるわけが、ない」
 いくらか滑らかに動くようになった舌でそう言うと、ランビリスが息を呑むのが解った。けれど驚きはすぐに戸惑うような気配にかわり、彼は溜息のような言葉を紡ぐ。
「……お前はもっと誰かを欲しがって良いんだ」
 その声音には、何故だか哀しげな色が混じっている。ミュルメクスには、彼の悲哀の理由は解らない。解らないが、自分に向けられた言葉に宿る感情の色を認めた瞬間、ぽつりとまた胸中に名状しがたい感情が生まれる。
「……私はお前が欲しいが?」
「そうじゃない。その、……体だけの話じゃなくて、」
 そこまで初心なわけでもあるまいに、自分のことになると気まずいのか、僅かに躊躇う様子を見せながらランビリスは語る。僅かにうつむき加減にそれを聞きながら、――唐突に、愛しい、と思った。
 彼が愛しい。幾ら寄り添っても、幾ら求めても、きっと足りないと感じてしまう。そんな予感を覚えるほどに。

拍手

PR



2010/06/11
prev  home  next
ブログ内検索

忍者ブログ [PR]
  (design by 夜井)