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2024/09/23

赤い爪の先がつ、と己の柄を撫でていくのを、私は眺めていた。
 伊達者と表現するには些か瀟洒な出で立ちの男は、元は加州清光作の二尺四寸の一刀である。古くは金沢の刀鍛冶であったが、ある時非人小屋に入り刀を打つようになったという変わり者の作だ。由来よりこの刀鍛冶の作を非人清光とも呼ぶらしい。
 だからだろうか、自らを河原の子だ、と名乗った割に、洋装を纏うこの男は私にとって奇異な存在だった。長い結い髪に臙脂の襟巻き、黒い外套の裏は同じく臙脂の菱模様、靴に至ってはピンヒールブーツときた。そんなもの現世育ちの私だって履いたことがない。
 もっともそんな衣装も、この男が纏うと奇異ではあるが無粋ではないのだった。臙脂の赤は己の瞳のと合わせたのだろうし、基調とする黒とも相性がいい。真鍮色の釦と外套の折り返しも、そこはかとない重厚さを引き立てている。わざわざつけている耳飾りや手甲もおそらく合わせているのだろう。
 面倒な男だと思う。
『こんなにボロボロじゃあ…愛されっこないよなぁ……』
 女のように着飾れば愛されると思っているのか。お前が欲しい愛はそんなものではないだろうに。
 幾度かそう告げてやろうかと思って、そのたび思い留まってきた。
 言えばこの男の何処かが欠けそうな気がしていたからだ。審神者は刀剣とは別の世界の存在である。某かの影響を与えて、良いことなどないだろうと、そう言い聞かせて黙っていた。
 決してあんな呟きを聞いたからではない。
「…お前の」
 何気なく口に出した言葉の行き先を見失って、振り向いた男の視線を頬に感じた。
「爪は、赤いのだね」
「まーいろんなお手入れに気を使ってますからねー」
 ふう、とネイルを乾かすように指先を吹いて、男は嘯く。
「ま、こうやって可愛くしてるから、大事にしてね」
 していないとでも思っているのか、という呟きは、喉の奥に押し込めた。
 どう伝えてやればいいのだろう。
 お前の力がなければ歴史を守れないのだということを。外見がどうなろうと、お前はお前なのだということを。
 お前は既に愛されているということを。

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2015/01/21

なしゃおう、そうよばれていたあのかたへ、ぼくはまもりがたなとしてかしされました。
 くらまじですごしたときも、ひらいずみにくだったあとも、よしつねとなをかえたあとも、ずっとずっとともにいました。せいごくでのかっせんのときも、よろいのしたで、ずっとずっとやくをはらうものとしてすごしてきました。
 だから、よしつねこうがせいごくへくだることへなったのはぼくのせいかもしれないと、いまでもおもうんです。
 ぼくがやくをはらいきれなかったから。
 だからあのかたにわざわいがふりかかってしまったのではないかと。

 おぼえているんです、はじめてあのかたににぎられたてのあたたかさを。
 かっせんのさなか、よろいのしたでのあのかたのたいおんを。
 さいごにぼくにかぶったちしおのあつさを。

 じだいのながれはままならないものです。ぼくがいくらやくをはらったところで、さけられないうんめいだったのかもしれません。
 けれどいまめのまえに、すぎたときを、やりなおせるかもしれないきぼうがあります。
 それにとびついたら、よしつねこうもたすかるのかもしれません。
 けれどぼくは、れきしをかえない。さいごまでぼくとともにあってくれたあのひとのいしを、ぼくをえらんでくれたことを、かえたくはないから。

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2015/01/21

36人を手打ちにしてきたという主人を持つこの男は、一体そのうちの何人の人間を斬ってきたのだろうか。
 審神者として政府の意向を実現するためだけに居る私は、刀剣たちのことを深く知らない。知らないでいいと思っていた。刀剣として生まれた以上、戰場に出るのは必至であり、戦っていればいつかは壊れる。そしてどれだけ知ったところで、現世に生まれ刀を振るったこともない私は本の主以上に慕われることなどないのだから。そう思っていた。
 だからというわけではないのだが、私は目の前で、男の肉付きの良い割に繊細な造りの手が牛蒡を笹がきに削いでゆくのをただぼうと眺めていた。戰場では采配するしか能のない私だが、雑事ならばと台所へ来てみたものの、火を熾すこと一つでも勝手が違い、結局私の手に負えることなど殆ど無く、あえなくここで置物になっているという次第だ。
 牛蒡は男の手がしゅっと動く度に一筋一筋水を張った盥の中へ落ちてゆく。灰汁を抜くのはこの時代でも同じなのだな、と何となく思った。
 男が片手で重たげな盥を持ち上げ、縁を抑えながら水を流す。薄茶に濁った水が流れてゆく。
 そして男はもう一度、傍らの水瓶の中から水をすくって、盥に流し込んだ。いったい何度やるのだろうとぼんやり思っていると、男がふと口を開いた。
「刀が料理をするのは、奇妙かな?」
 そうでもない、とは思った。元は刀といえ文化人然としたこの男が料理をするのは興味深くあったが、人の姿を取る以上人と同じ仕事をすることに違和感は感じなかった。
 ただ己の刀身で人を斬る代わりに、包丁を握り食物を斬るというその行為を、少しだけ奇妙だと思った。

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2015/01/20

覚悟していた、といえば、多分嘘になる。
 最初は腕だった。細身の剣の剣先が目に見えて上がらなくなり、明らかに命中率も落ちたから、探索はやめた。
 代わりに俺は開業医を再開し、また昔のように二人っきりの家での生活が始まった。
 次に気づいた異変は指だった。元から食べ方のきれいな方ではなかったが、明らかに食べこぼしが増えた。本人が申し訳無さそうなのがいたたまれなかった。
 やがて足が来た。毎日町中を駆けまわっていたくせに、ある日ひどい怪我をして帰ってきた。理由はと問えば、屋根ざかいの飛び移りに失敗したのだという。それからは塀の上を歩くのも、屋根の上を駆けるのも禁じた。
 それはやがて歩行にもやってきた。何もないところで転ぶ、重心が支えきれなくなる。
 酒場で踊るようなダンスの代わりに、かじった程度の二人一組で踊るためのステップを教えた。
「力が入らないんだよ」
 困ったように言う彼に本当のことを告げることは出来なかった。
「俺の見立てじゃ、タチの悪い病だ。しばらく安静にしてろ」
 そう言ったのは、彼が動いていられる時間を少しでも長く延ばすためだった。激しい動きや戦闘は、動力源を多く消費すると聞いていたから。
 そして新たな動力源は、俺では決して作れない。
 ベッドにいては足がなえるという彼を無理やり寝台に押し込んで、俺は何も考えないように医者業を続けた。それでも仕事が終われば考えるのは、あの魔女の残していった言葉ばかりだった。
『あまり思い入れないほうがいい。この子の寿命は、保って十数年。動力がなくなれば、彼は死体に戻るのよ』
 俺にはどうすることも出来なかった。
「ねえ」
 ある日、彼は俺に言った。
「ダンス、しよう」
「安静にって言ってるだろ」
「でも、もうしばらく踊ってないから」
 ステップ忘れちゃうかもしれないよ? そう言って笑う彼に、他になんと返せただろう。
 以前と比べて随分と重くなった--それは彼が自身の体重を支えきれていないからだ--を支えて、二人向き合う。
 くすりと嬉しそうに彼が笑った。その前髪から覗く義眼の色は既に大分褪せている。
「--いくぞ、一、二」
 小さく声をかけて、三拍子のリズムを刻む。互いに揺れる、触れ合う。入れ替わる。目があって、個々に互いだけの世界があると知る。
 小さな声で歌われるワルツは、ひどく静かで穏やかなものだった。
 思えば彼は解っていたのかもしれない。
 その日以来、シュトラはベッドから自力で立ち上がることができなくなった。

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2015/01/11

「私は殺してやりたいって思ったことがあるもの。ドラゴンじゃない、人をよ」
傲岸に宣言すれば、男はやはり眉を顰めた。
「誇ることか?」
「ええ」
強い視線が交わる。
「人を殺したいと思ったことがない、そう思えるまで人に関わろうとしない貴方よりは、ずっと誇らしいと、私は思うわ」

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2014/07/15

声は殺すものです。
ただの一言も、唇から漏らしてはなりません。
吐息すら呑み込んで、息を殺して潜むのが役目です。
断末魔も嘆きの悲鳴も、圧し殺して耐えるのが我々です。
ですから忍に声など要らないのです。

あなたを想うための声など。

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2014/06/04

陸に上がった鯨たちには、星の重力は重すぎた。
彼等には柔らかな水の抱擁が必要だった。

「…随分詩的だね」
「俺ロマンチックなの好きだもん。競争に負けて海に帰った、よりよっぽど綺麗じゃね?」
「綺麗な方がいいなんて言ってたらいつか間違う」
「いいよ。俺正しい事なんて見えないし」

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2014/06/04

もしも。あんたをこの世界に連れ出したのが俺だったなら。
あんたに名前をあげたのが俺だったなら。
あんたに先に出会ったのが俺だったなら。

今とは、違う世界が見えていたか。

違う音で呼ばれていたか。俺を見てくれたか。

それだったら俺は、あんたに好きだって言えてたんだろうか。

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2014/06/03

 今にして思えば。あれは最初で最後で最高の殺し文句ではなかっただろうかと、彼は細く練り上げられた香を軽く振って、先に灯った炎を消した。途端に立ち上がる細い煙に僅かに眼を細めて、名の一つも刻まれなかった石碑を真正面から見据えた。決して後ろ暗いところがあったわけではない。ただ、何処で客死しても解らぬ彼等は個の墓を残さず、こうして一族ひとところにて慰霊を行うというだけのこと。納得できぬでもないが、一族の慰霊なのか墓参りなのか判然としない行為には、些か戸惑うものがある。
 ただそれでも、彼がこうして香をあげに来るのは、今の所たった一人のためだけだ。
『九泉の畔でお待ちしております。いつまででも』
 ただ待つと言えば、自ら命を絶つのも腹をくくるのにも、簡単に言い訳一つを用意できたというのに。
 いつまで、と、その裏に添えられた意味に気付けぬほど彼も愚鈍ではない。だからこそこの齢まで生きて、木槿の花の咲く頃にこうして香を添えに来る。 

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 パン、と遠くで高らかな破裂音がして、まだ紺色の空に橙色の炎の花が咲く。
 大きく開いた細い炎の花弁は、次いでバラバラという音と共に先端から白い光を散らした。
「きれいだね!」 
 屈託無く言う市房の声に、清澄はうん、と同じように、明かりのない首都高からビルに遮られた空を見上げた。
 東京からドラゴンが消えた今でも、未だ駆逐しきれないマモノのために、一般市民の都庁からの出入りは制限されている。しかし、戒厳令が解除された今、複数行動が義務づけられてはいるものの、己の身を守れるムラクモ実働班所属者は、任務時間外の外部での自由行動が認められていた。あの戦いの前線に加わった者達の、ごくささやかな特権である。
「双眼鏡とかあれば良かったなぁ。無い?」
 セダンのボンネットに身を乗り出すようにして、首都高から空を眺めていた市房が振り返るが、清澄は苦笑して首を振った。住民達のささやかな「家にある物を持ち出したい」という要望に応えて、半ばボランティアで行った回収活動は、結局こんな時間までかかってしまった。非常事態だったとはいえ、何の訓練も受けていない清澄と市房に操車の許可は下りなかった。いずれは訓練を受けることになるのかも知れないが、ともかく今は回収品を詰めたダンボール箱を満載した自転車を押しての道行きだ。
「私は詰めた覚えがないよ。千秋は?」
「あたしもない。じゃ、無いかぁ」
 埃だらけのセダンから離れて、身軽な足取りで高架の縁へと向かう市房の後を、ゆっくりと自転車を引いて清澄は歩く。
「と思う。でも、双眼鏡使うより、全体を見た方が綺麗だと思うな」
「……ミコちゃんは花火、下から見たことある?」
 問われて、清澄は少しだけ瞬く。
「……ない。いつも少し離れたところから、こうやって」
 パァン。破裂音と共に、また空に炎の花が咲いた。彼岸花か枝垂れ桜を思わせるようにゆるやかに空へと落ちる光の花には、きっと何某かの思いが込められているのだろう。
「じゃあ、次はもっと近くで見よう。キレイだよ、迫力があってさ。小さい光の粒まで全部見えるから。……急いだら間に合うかな?」
「ちょっと難しいかな」
 いくらムラクモ隊員の運動能力が高く、身体そのものも頑丈に出来ているとは言っても、回収品まではそうはいかない。何かのミスで転倒させたりしては、今日の仕事の意味がない。
「じゃあ来年! か、どこかで花火回収してこよう!打ち上げ花火!」
 くるりと踊るように体ごと振り向いた市房の後ろで、また光の花が咲く。
 薄い逆光の所為で、輪郭だけを捉えることが出来た表情は楽しげに笑っていて、清澄もつられたように微笑んだ。市房の眼なら、多分これは視認できただろう。
 うん、と頷いた清澄に、市房は嬉しげに声を上げて笑うと、スキップのような足取りで自転車の後ろに回り込む。振り返るより先に、くん、と引いていた重みが軽くなるのを感じて清澄もハンドルを握る手に力を込めた。
「帰ろう。間に合わなくても、もっと近くで見れるよ」

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