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2024/09/23
 

 ルシェは墓を作らない。散った命は土に還る。だから標をたてる必要など無い。それでも同じ人類たるニンゲンとともに暮らすからには彼らの文化を知らないままでいられるはずが無く、石室に小さな箱を納めるのを見る度に憐れみと羨望を等しく感じた。


 多くの人々が命を捧げた場所は、なるほど確かに墓標のようだった。墓穴のように窓の一つもなく、静謐で、穏やかな闇と、冷えた空気がある。
手を伸ばしてみれば、存外近くに乾いた石壁の感触があった。どこから切り出してきたものか、爪を立てても傷一つつかないだろう硬い岩。
「最期、どうだったんだろうな」
「さあ……」
 彼等は一人も還らなかった。だから彼らがどんな思いを抱いてこの入り口をくぐったのか、あの光が放たれた瞬間この中で何が起きたかは、知る由もない。
 せめて、彼らの魂が、一瞬で光に変わったことを祈る。

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 不快じゃなかった。
 見えているもの、触れているもの、五感の全てが水面を通したように遠くなる。
 それを不安と思うより先に、半ば微睡みにも似た感覚に抱きとめられた。緩く意識が包み込まれるまま、硝子の盃を水中に沈めるように、自分という盃を充たすように注ぎこまれる温い水の中に落ちる。硝子の器の輪郭が水の中に溶ける。境が判らなくなる。

 意識の殆どを「何か」に侵されながら、まとまらない思考でああ、と得心した。
 確かに、これには抗えない。

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「……『新たな兵器』って何だろーな」
「言ってましたっけ、そんなこと」
「言ってた」
 惚けて返した問いには、はっきりと肯定の返事が返ってきた。普段は誤魔化されてくれることも多いのだが、今日はそういう気分ではないらしい。多分、ラヴェンデル達が居ないことも理由の一つだろう。尤も、正確に言えば彼女に遠慮しているのはパドラではなくリンデンの方で、今は気兼ね無く喋ることが出来る自分に容赦はしない、ということなのかも知れない。
 観念した、あるいは付き合う、そういうつもりで4つ並んだベッドの一つに腰掛けた意図は正確に伝わっただろうか、壁に背中を預けた彼は口を開く。
「ルシェ王が言ってたろ、兵器を使わずに済んで良かった、ってことは、大規模でリスクの高い兵器、ってことじゃねえの」
「……ほんっと今日はよく覚えてますね、貴方」
 一国の王に対して尊称を用いなかったことは咎めずに、ただリンデンは苦笑するにとどめた。パドラは滅多に王に尊称を用いない、リンデンがそのことに気付いたのはつい最近だ。最初はネバンプレスの民ではない所為かと思ったが、理由はもっと根本的なところにある。彼は秩序の内側には居ないのだ。少なくとも、リンデン達と同じ秩序の内側には。
「そりゃどうも。お前さ、何を気にしてた?聴いてるフリして、ずっと周り気にしてただろ」
「フリって、それは酷いな。聞いてましたよ。周りを気にしてたのは本当ですけど」
 そんな素振りをしたつもりは無かったのだけれど、一体どうして気付いたのだろう。だがそちらの疑問を口にするよりも先に、答えることがある。
「そうですね……口ぶりからするに、未だ使ったことがない。最近開発しているか、し終わっている技術がある……いえ、所詮外部のものでしかない我々に存在を気付かせるようなことを言ったのですから、おそらく完成している、実戦投入する自信があるのでしょう。巻き込まれたくはないですね。……何か?」
 視線を感じた気がして顔を巡らせると、どことなく胡乱な色を宿した紫の視線と目があった。
「ソレしか知らねーの?」
「それって、何も知りませんよ」
「本当の本当に?」
 リンデンは驚いて眼を見開いた。
「まさか、俺が何か知ってると思ったんですか?」
 未だ胡乱な色を浮かべたままの紫色の瞳を見上げて数秒。気まず気に唇をへの字に曲げて視線を逸らしたのは、相手の方だった。
「…………まあ、少しは」
「俺達がネバンプレスに住んでいたから?」
 実際のところ、リンデンがラデューに望まれるまま手を引いて、ネバンプレスを出奔したのは3年以上前のことになる。
 だが、リンデンを含めたエインセルのメンバーの中では「3年前」は感覚的には「昨日」と変わらない。だからいつも勘違いしそうになるのだが、自分達以外の時間はこの3年間確実に動いていて、自分達が知っているものは大なり小なり形を変えてしまった。それとも彼のように国に根付かない生き方には、3年という歳月を経ても尚絶ちがたい、土地との繋がりが見えるのだろうか。
「それと、あとあんたの今日の反応。誰か探してるように見えたぜ」
「そんな風に見えましたか……」それは、半分正しい。「白状しますよ。人を捜していたんじゃなく、人に捜されていないか気にしていたんです」
 器用に片眉を上げた仕草に促されたような気になって、リンデンはそろりと話し出す。
「ラヴェンデル様のご実家、本家の方が代々戦士としてルシェ王にお仕えしていたんです。技官の家柄ではありませんでしたが、学究肌の方も居ましたから。だから、もしあの場にどなたかがご出席していたら、少しまずいことになると思って」
「家出してきた、って言ってたっけ。仲直りとかは――」
「出来てたら心配しませんよね」
「だよなぁ」
 面倒なことを知ってしまった、というように、パドラはマフラーの中で重たく溜息を吐く。
「……まあ、今更見つかったところで鞭で打たれるようなわけでも無し、精々連れ戻されて説教されて、勘当されるくらいでしょう」
「いいのか?勘当されちゃっても」
「俺は、構いませんよ」
 ほんの少しの意地の悪さを含んでいたような問いはさらりと肯定してしまう。からかいが目的ならばそれでこちらが一枚上手――という事になって会話も終わるはずだったのだが、相手からは予想外の問いが返ってきた。
「じゃ、逆は?」
「逆?」
 面食らって目を瞬くリンデンに、そ、と軽くパドラは頷く。
「優遇するから戻っておいで、って言われたら?お前等このギルド、どうすんの?」
「それは……少し困りますけど」
 困る、というよりは想像できなかった。特別仲が悪かったわけではない。居てはいけない理由があったわけでもない。けれど、あの家の中で、ラヴェンデルは確かに異分子だった。日々の中にあった名状しがたい違和感を再び味わうことに、リンデンは何一つ前向きな意義を見出せない。
「お断りするしか、ないでしょうね。向こうがごねても、その時は逃げればいいですよ」
 多分、ラヴェンデルもそう言うだろう。彼女がこのギルドを放り出すとは思わない。
「簡単そうに言うよなぁ」
 呆れた声で言うパドラに、リンデンは少しだけ肩を竦めて見せた。
「3年見つからなかったんですよ?それこそ、地の果てまで逃げ果せてみせますよ」

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2011/09/25

「よう英雄」
 ヒュ、という微かな風切り音に、咄嗟に上体をずらしたのは完全に反射だった。目の前を掠めていった拳から距離を取る間もなく襲った右腕からの第二撃は腕を払っていなし、そのまま前方へ重心をずらされた相手の足下を狙う――はずだった。
 だが、パドラが動くよりも早く、襟元から爪先までを黒で覆った影のような体が床を蹴る。床を凪いだ足払いの範囲を超え、宙返りの要領で床を転がり距離を取るかに思えたが、すっと背筋と走った悪寒に、パドラは咄嗟に腕を上げる。
 激しい激突音と共に、ルシェ族特有の尖った耳の横で、金属鋲の付いた靴が受け止められる。命中していれば脳震盪で気絶くらいはしていただろう。
 腕のみで着地し、そのまま間をおかずにリーチの長い蹴りを繰り出してきた相手は、わずかに覗いた瞳の色をちらとも変えず、即座に左足を戻すと同時に跳ね上がるように立ち上がり、再度向かって、
「ちょっ、待て!待てってば」
 制止の声を上げると、影のような装束の相手も動きを止める。が、こちらを睨んだ瞳には刺々しい色が浮かんだままである。
「何が待てだ。こちとら用はねーけど三年も待ってんだよ、これ以上待てるかワカメ野郎」
「用はねーってことは仕事しに来たわけじゃねーんだろ? いいから落ち着けよ話し合おう」
「誰が仕事でアンタのとこなんざ来るかよ、胸くそ悪ィ」
 吐き捨てるように言って、やっと青年は構えを解いた。あわせてパドラもやっと肩から力を抜く。はあ、と無意識のうちに溜息が漏れた。
「止めろよ、こういうの」
「アンタならもっと完璧に避けられただろ。弛んでんじゃねぇよ」
 弛んだつもりはないのだが、言われてみれば確かに動きが鈍ったように思うし、この一瞬の立ち回りはやたらと堪えた。今になってゆるやかに襲ってきた疲労に、何故だろうと内心で首を傾げるまでもなく答えに行き着いて、彼は苦笑した。3年も眠っていたのだから無理もない。何をされたかは知らないが、それだけ長い間動かなければ鈍るのも道理だ。そう、それだけの、長い長い間。
「そっちじゃなく」
「ああ?」
「英雄、っての」
 冗談でもそれ止めろ。
 言うと、青年は何故だか少し、ばつの悪そうな顔をした。

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キスしてくれない理由を知っている。
服の下に触れてくれない理由を知っている。
逃がさないよう抱き締めて、耳元で甘ったるい言葉を囁いてくれない理由を知っている。
あなたが、これ以上近付いてくれない理由を知っている。

けれど欲しいモノを告げもせずに、欲しいものはこれじゃないと駄々を捏ねるには、私はあまりにも臆病で。

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