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2024/09/23

「ねぇ、これからどこ行く?」
 かたことかたこと、踏みならされた道を行く馬車の荷台で、月を見上げてエフィメラが言う。
 さあ、とミュルメクスは羽織った毛布をたぐり寄せる。この時期の夜は冷える。冷えた空気のぶんはっきり見える月が眩しいくらいだった。
「出来るだけこことは国交がない国だな」
 本当は逃げるルートも決めてはあったのだが、予想以上に慌ただしい出立になってしまった。これでは予定は変更せざるを得ないだろう。予定のルートが使えないなら、後はどこでも同じようなものだ。
「国交って言われてもねぇ。これだけデカけりゃ、何処の国だって同じようなもんでしょ」
「……なら、人の出入りの激しい国」
「ふんふん。それも出来るだけ素性が明らかじゃない奴らが集まるとこがいいね。そうだなぁ、冒険者の聖地、迷宮なんてどうよ」
「世界樹の、か? 悪くないな」
 そう、悪くはない。迷宮なんて御伽噺の中でしか聞いたことがなかったが、だからこそ尚更、悪くない、と思った。現実味のある話よりは、よほど夢想めいていて良い。
「でしょ?退屈し無さそうだしさ」
「それで、何処に行く気だ。ラガードは遠すぎるだろう」
「そうだね。ラガードはなしとして、……あたしはアーモロードがいいな。母さんの生まれたところの海が見たい」
「……では、アーモロードへ」

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 正座したツツガは一つ息を吸い込むと、さて、と芝居がかった口調で口火を切る。
「国の守護神、勇猛果敢で知られた筆頭将軍トウロウ閣下のご子息、アキツ将軍と言いますれば」
「ば?」
「その活躍たるや文武両道に及び、面立ちたるや眉目秀麗。明朗快活なお人柄であられ、率いる兵へのはからいもまた厚く、戦場でのその立ち姿の凛々しさたるや摩利支天もかくや」
「マリシテン?って?」
 タンジェリンの呟きには、
「武道の神のようなもんです。……女神ですが」
 隣に座ったシノビが注釈を付けて答える。
「しかしながら先の戦役により、危うく命を落とされる程の深い傷を負われたとか。一年と四月を数える今も、未だ療養は解けずご出仕もままならぬご様子」
「出仕してないのはアーモロードへ来ている所為なんですけどね……」
「しかしただの療養にしては少々長すぎる。よもや刀を握ることの叶わぬお体になられたのでは、或いは樹のごとくお目覚めにならぬ眠りの淵に居られるのでは――さてそれが真ならなんとする。ああ若い身空でおいたわしい」
「滅茶苦茶元気ですよ、あの人。この前だって二杯飯喰ってましたし」
「この前の探索の時も大活躍だったよねー!」
「しかし、アキツ様が御不調であれば、将軍様の跡取りに相応しいのははてさてどなたか――っていうのが、わたしが道中聞いた噂なんだけど」
 なんか欠片も合ってなさそうだね。肩を竦めるツツガの前で、赤毛の剣士とシノビは顔を見合わせた。
「…………尾鰭ってつくもんですね」
「本人が聞いたらむしろ怒りそうだよね」
「……国外逃亡した王子の噂も聞いたけど、聞く?」
「「聞く」」

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2010/05/14

「ありがとう、メリッサ」
 薄い銀で作った鈴を転がすような澄んだ声で言われて、メリッサは頭の芯に霞がかかるのを感じる。
 鹿の嘶きを聞いてしまった時に少し似ているが、あんなものとは全然違う。
 正体のない不安を煽るあの声とは違い、ファーラの声は優しい。ビリビリと空気を震わせるのではなく、澄んだ声で真っ直ぐに響く。
 その喉から紡がれる言葉は、メリッサをふわふわとしたひどく幸せな気分にする。この声に呼びかけてもらうためなら何でもしよう、そんな気分になるのだ。
 まるで御伽噺の魔物の歌声に操られた人々のような言だと思う。けれど、きっと姫様の声は魔法の声なのだ。姫様の声には、聴いた者の力を奮い立たせ、恐れや悪しきものを打ち破る力がある。そんな声に人を惹きつける力があったって、何の不思議もない。
 だから、とメリッサは思う。たとえこの気持ちが、その魔法の喉に惑わされているのだとしても構わない。
 だって、こんなに暖かに満たされる気持ちを生む声が、悪いもののはずはないのだから。

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2010/05/09

「つかぬ事を伺いますけれど」
「なぁにー?」
「どうしてこんなものを拾ってきたんですか? これ……ヒトデ、ですよね?」
「ん……まあさ、喰えもしないし見て綺麗でもないよ。でもさ」
「でも?」
「これ持って迫ると、殿下がすごーく嫌がるんだよね」
「…………」
「だから楽しくってうっかり持って来ちゃった」
「まあ……持ってきてしまったものは仕方ありませんわね。交易品として役立つかどうかは解りませんけれど……一応見かけないもののようですから、生息地を報告するのも重要ですし」
「……生息地」
「どうかした?タンジェリン」
「え、ううん!ちょっと良いこと思いついただけ!」
「良いこと?」
「あ、これには関係ないけど」
「……ふぅーん?」
「メリッサ、登録用紙を」



「お。珍しいな、お前が術具背負ってるなんて。今日オフだろ?」
「はい。探索はないので、タンジェリンさんに頼まれて、今から彼女と三層に行くところです」
「三層? そりゃまた、何しに……ああ、お前に声かけたって事は、ヨウガンジュウ辺りか」
「いいえ。卵だそうです」
「……卵って、ドラゴンの?」
「はい。傷のない、綺麗な卵殻が欲しいのだそうです」
「材料屋みたいな注文だな……」
「イースターだそうですよ」
「……この時期に?」
「さぁ……そこまでは私も」


「たっだいまー……あれー、洒落たリボンなんか出しちゃって、誰に贈り物さ、お嬢さん」
「ん、ハイ・ラガードのみんなにね、お土産というか、冒険のお裾分けというか」
「ふーん……でもそんなでかい箱に何入れ……これ、『球状の卵殻』?」
「うん。今日リヴェさんと採ってきたんだー。うちのギルマス……って、『カレンデュラ』の方の。すっごく樹海に詳しいから、こういうタイプの珍しい物なら気になるかなーって」
「ふーん……で、何で卵?」
「私がここまで来たのと、今から送るのとを逆算したら、向こうに着くのはイースターの頃かな、って」
「……うん、まあそういう考えでもいいけどさ。わたし達、新しい航路をいくつか開いたよね?」
「あ」
「ついでに、季節によって潮の向きも変わるって知ってるよね?」
「……あー!」

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2010/05/08

「――殿下」
「…………」
「殿下ぁ」
「…………」
「……泣いてるの?」
 問えば、寝台の上の人影が身じろいで、長い黒髪の間から僅かに俯いた顔が覗いた。元々隠す様なつもりもなかったのだろう、紅茶に似た色をした指が、ゆるゆるとした仕草で同色の頬に触れる。
「泣いて……は、ないな」
 力ない声がそう言って、乾いた目元を撫でた指がぱたりと落ちた。
「泣いてはいない。……そうだな、ぼんやりしている」
「……」
「昔のことばかり考えていて、何も手につかない。……エフィメラ」
「うん?」
 呼ばれて、エフィメラは扉を背に立ったまま首を傾げる。二人きりの時に名を呼ばれるのは久し振りだった。それだけの長い間、エフィメラは影のように空気のように、彼の傍らに在ったので。
「私のしようとしたことは間違っていたか」
「そんなのはさ、殿下。今あたし達が決める事じゃなくて、何十年か先に決まることだよ」
 それに、とエフィメラは胸の内だけで呟く。正しかろうが間違っていようが、裏切られたって気持ちも事実も消えないよ。
 宵闇の色をした瞳はしばらく黙ってこちらを見ていたが、やがてふと彼は目を閉じた。
 溜息のように、そうだな、という相づちが吐き出される。
「勝つか負けるか、って意味なら、勝つに決まってるけどね。……ねぇ、殿下」
「何だ」
「そっち行って良い?」
「好きにしたらいい」
 そろり、とエフィメラは扉から背中を離す。もはや磨いても鈍い艶しかでない床を一歩、二歩、三歩、丁度四歩目で膝が寝台に触れる位置に来る。
「ねえ、殿下」
「……何だ」
「ぎゅってしてあげようか」
「……好きにしろ」
「ん」
 綿のシーツに膝を付く。俯いた黒髪に手を回す。伸ばした腕で肩を包んで、身を寄せた。
「……エフィメラ」
「うん」
「どういうつもりだ?」
「母親ってさ、こうやるでしょ」
「……私は子供じゃないし、お前が母親になる必要もない」
「解ってないなぁ。胸がある女共通の慰め方だよ」

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2010/04/23

 樹が見えますよ、ファーラ様!
 甲板からの声に、少しだけ遅れて船室の戸が開く。あまり立て付けが良いとは言えない扉を、それでも出来るだけ静かに開いた少女の後ろから、日の差す甲板へと歩み出たのは、白いドレスのお姫様。
 そのドレスよりも尚白く灼ける日差しに眼を細めて、彼女は薄い手袋をはめたいかにも淑女然とした手を額に翳し、ああ、と小さく感嘆の声を上げる。
「なんて巨きい」
 未知のものへの驚きと、尊いものへの畏敬、美しい物を見たときの恍惚、そんなものが入り交じった声で呟いて、彼女はゆったりと船の端へと歩み寄った。
「あの樹の根元に、沈んだ海都があるのね」
「あの樹が擁する迷宮も。――本当に潜るんですか。くどいとお思いでしょうが、俺は出来れば止めて欲しいと思ってます。あんな、毎日生きるか死ぬかをするような所」
「心配してくれるのね。ありがとう」
 彼の言に、白いドレスの少女は微笑んでそう答える。いつも、いつも。
 それが拒絶だということは、もうずっと前から解っているので、彼は溜息をついて、柵から離れた。
「――お城の中だって、生きるか死ぬかなのは同じだわ」
「、ファーラ様」
 控えめに名前を呼ばれて、彼女は振り返る。何処か悲しげな顔をした水色のエプロンドレスの少女が差し出す日傘をありがとう、と受け取って、彼女は謝罪のために微笑んだ。
「ごめんなさいね。聞かせるつもりじゃ、なかったの」

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2010/04/03
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