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2024/09/23

 ひりりとした痛みが皮膚を走った。まずい、思考よりも先に脳が警鐘を鳴らして、咄嗟にその場から後退しようとする。――が、もう足が動かなかった。傷口に走った痛みはいつの間にか強い痺れに変わり、傷口から血液に乗って瞬時に全身を駆けめぐる。抵抗すら間に合わない速さで回った毒は神経を侵して、脳の、手への、足への、正常な伝達を遮断する。誰かの声が途中で途切れた。呼吸が出来ない。目の前が真っ暗になる。視神経がやられたのだと理解する前に、ぶつりと意識が途切れた。

 
 眼が痛い。たまりかねて数度瞬いてから、視界が酷く不鮮明なことに気付く。目を眇めて焦点を合わせる。桑染色、唐紅、肌色、その背景に鈍い灰色。
 視界と共にじわりと戻ってきた思考が、ようやく見ているものを認識しはじめる。ああ。人の顔だ。
「私が解るか?」
 解ります。解りますとも。答えようとした舌が縺れそうになるのを何とか動かして、ヤンマは主の名を呼んだ。
「……アキツ、様」
 まだ譫言のような声しかでなかったが、意識が在ることに満足したのだろうか、アキツはヤンマを覗き込んでいた姿勢から身を起こし、傍らへ座る。
 口の中には、覚えのある酸味が残っていた。自分は一体どうしたのだったか、と記憶をたぐって、今の状況が腑に落ちた。
 そう、あの刃に塗ってあったのは石化の毒だった。自分はそれを受けて倒れて、――それからどうしたのだろう。
「……追い剥ぎ共は」
「散らした」
 素っ気ない返答を聞きながら、それはそうだろうとヤンマは思う。見たところ拘束されている様子もないのだから、少なくとも撃退したに違いない。
「お怪我は、ありませんか」
「大したことはない」
 ない、と言わないことは多少はあったのだろう。一体どの程度のものだろうか。これからの道中に支障はないか。確認するために身を起こそうと、肘を立てる。――が、つい先ほどまで活動停止していた体は未だ本調子ではないらしく、思ったように力が入らない。
 四苦八苦しながらようやっと上体を起こすと、榛色の瞳が無言でこちらを注視しているのに気付いた。ああ、だかうう、だか解らない呻きを漏らして、ヤンマは気まずげに視線を逸らす。こんな状態で怪我を見せろだなど、まったく順番を間違えている。
 居心地悪く膝を抱えていると、ぽつりとアキツが口を開いた。
「お前こそ、解毒薬は効いているのか」
「へ?……効いてますよ。ちゃんと動きます」
 あげた右手を閉じたり開いたりしてみせる。本当は未だ指先の感覚が鈍いが、回復が遅いとは思われたくなかった。それをしばらく見つめて、ふとアキツは息を吐く。微かに眉根が緩んだように見えたのは気のせいだろうか。
「……以前、毒を、効くと思うなら試せばいい、と言っただろう」
「言った……かも知れませんけど。……いや、残念ですけど効きますよ。人間ですから」
「そこまでは求めておらぬ。……もし解毒薬まで効かねばどうすればいいかと案じていた」
「……効きますよ。今回の毒だって、効いたでしょう」
「そうだな。……効くのならいい」

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 ゆらりと顔を俯かせたまま、はは、と娘が笑った。
 薄汚れた梔子色の裾と袖を縫い止められたままだというのに、場違いにも笑って見せた娘の反応に、男は僅かにたじろいだようだが、突きつけた刃も圧し殺された殺気も揺らぎはしない。
「残念ですが、こちらは信用商売でございます。一度受けた仕事は幾らお金を積まれようとも動かしませんし、爪が剥がれようが指が落とされようが、依頼主様との決め事は絶対に破りません」
 ようやく間諜としての本性を現した娘の声は、落ち着いて低い。
「聞き出す方法なぞ幾らでもある。――下の里には薬師が居るでな。体に溜まる毒も、意思を無くす薬もたんとあるぞ」
「我等草屈に効くと思うのならば、試してみるのもよろしいでしょう。ですが、――俺から何かを聞き出せるなんて思わない方がいいですよ」
 唐突に口調が変わった。否、口調どころか声さえ変わる。
「俺は、俺を裏切ることが出来ます。でも里を――主命を裏切ることは出来ません。それくらいなら、」
 ふと娘――否、少年が顔を上げた。垂れた黒の前髪の間から覗く睨むような視線、背筋を走った悪寒。刹那、視界の端にちらりと落ちた影に反応して、反射的に振り向きざまに斬り払う。
 仲間すら切り捨てても構わないとでもいうのか、上段に刀を振りかざしていた人影は、眼にも止まらぬ一太刀を受けて声もなく崩れ落ちた。その見開かれたままの紺の瞳にふと違和感を感じる。――苦痛を映さない瞳、見たことのある――そう、この娘の姿をしたシノビと同じ色。
「陽炎……!」
 嵌められた。返す刀で斬りつけるも、間一髪縫い止められたままの梔子色の袖を引きちぎって少年は跳び退る。
 嵌められたことで逆上した男は、だから気付かなかった。
 すっぱりと抵抗無く二つに断ち切れた少年の輪郭が歪んで、幻のように溶け消えた、その影に潜んでいた者が居たことに。その人物がおもむろに低めていた身を起こし、一瞬で抜刀したことに。
 更に追い縋ろうとした瞬間、――頭部に強い衝撃を受けて、男の意識は落ちた。

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「やっと踏ん切りが付いたのかと思えば」
「……俺も流石にこの期に及んで、とは思う」
「まさか、未だ何かあるのか」
「いや、決心は付いた。……ただいざその時ってのが来ると、」
「まどろっこしいのは好かん。ここを押して起動するのだったな?」
「わっ、おま、」
「さあ押したぞ、文句があるなら起動しきる前に電源を落とすのだな」
「起動中には電源落とせねーんだよ!」
「ああ、確かにそう言っていたな」
「…お前って奴は………」
「お前がしないから私がやったまでだ。それとも自分の手で起こしたかったか?」
「いや、そこに拘りはない……でもお前、もう少し感慨って物が……」
「そんな物はお前が持っているから充分だろう。……起きたか?」
「!」
「よし、よく聴けアンドロ、お前のやるべき事を教えてやる」
「おい!」
「お前は人に作られた。よってその人間の命には従わなければならないし、危害を加えるなどもってのほかだ。人間によって与えられたその体を粗末にすることも禁じる」
「…………」
「身を守る場合を除いて人間を害するな。敵味方の区別無く、人間の安全を第一に考えろ。……もちろん最優先すべきはお前の作り主だがな」
「…………」
「……これでいいか?」
「……ああ」

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「……ファーラ様……紅茶をお持ちしました」
「……ありがとう」
「…………」
「…………」
「……あの、ファーラ様、ファーラ様は正しい判断をなされました。もしあそこで戦わなければ、……私達は今ここにおりません」
「いいえ。……ゲートキーパーに敵と認識された時点で、正しい判断とは言えません。私達はあの部屋に踏み込むべきではなかったのです」
「ですが、それはあの将軍の罠の、」
「将軍は海都の方です。私達は海都の意とは逆のことをしようとしているのですから、あの方には多少悪辣な手段を使われても仕方がありません」
「でも……いいえ、だからこそ深王様はファーラ様を責めませんでした。あの状況では……ゲートキーパーと戦わざるを得なかったと解ってくださったのです」
「……そのことです、メリッサ」
「え?」
「深王様は私達を責めませんでした」
「……はい」
「私、叱責されると思っていました。私達の失態を咎められると」
「ええと……深王様はお優しいと言うことでしょうか……?」
「そうかも知れません。そうでないのかも知れません。いずれにしろ、私達はあの方に対する認識を改めなければなりません」
「…………?」
「私達は責められるだろうと思っていました。けれど深王様は私達の予想とは違うことをなさった」
「はい……それがどうかなさいましたか?」
「考えても見てください。あの方は私達から深都の王としての敬意を受けていることを知っていました。敬意を持っている相手から寛大な処置を受ける――受けた方はどう思うでしょうね」
「あ……」
「心動くでしょう?この方のために働こうと」
「では、今回のことは私達を変わらず深都に協力させるために……?」
「さあ。それだけとは思いたくはありませんが。…………いずれにしろ、負けましたわ、私。度量と――格の違いを示されてしまいましたね」
「……そんなことを仰らないでください。私のお仕えする姫様は……ファーラ様だけです……」
「ええ。……ですからこれからは気を引き締めて行かなくてはね。
 ゲートキーパーが戻るまでの2週間……私達で門番の代わりに、フカビトを封じ込めなくてはなりません。
 ――王家の誇りにかけて、失態は二度は繰り返さない。私が失敗せぬように……ついてきてくれますね?メリッサ」
「――はい!」

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「ここに、将軍のお手を煩わせるような方はおりませんわ」
「市街での私闘、及び傷害は禁じられているのは知っているな」
「勿論、存じております」
「お前達のギルドの拳銃使いによく似た女が、襲われているのを見たという通報が入っている。襲ったのは東方系の男、仲間がいた可能性もあるが、双方足取りは不明――今の所は」
「まあ、よく似た方が。それは物騒ですね。私達も気をつけますわ」
「……解らんな。シラを切ったところで、お前達に利など無いぞ」
「元老院の法に逆らうつもりはありません。ですが将軍、私闘、と仰いましたが、戦っている両者を目撃された方は? それに、その私闘で傷ついた方というのは何処に?」
「……訴える気はないというのだな?」
「お話が早くて助かります、クジュラ将軍」
「……いいだろう。言っておくが、これは見逃したわけでも、私刑を許可したわけでもないぞ。法が犯された証拠がない以上、俺は手を出さんというだけの話だ」
「ええ、それはよく――解っておりますわ」

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2010/05/29

 星が降る、星が降る。
 遠い漆黒の彼方から、2万8400㎞の、力の軛を振り切って。


 それは大気に満ちるもの。空に満ちるもの。
 星の子である私達の、母なる光を作るもの。
 そう教えてくれたのはあなたでした。

――短気を起こしてはいけませんよ。
――必ず戻りますから。
――星の導きが頭上に在らんことを。
 あなたはそう言いましたね。あなたの優しい嘘を、私は信じたかった。
 いいえ、今でも信じています。だから私はあなたを喚ぶ。


 天に満ちるもの。ひとを形作るもの。

「流れ星よ、ここへ。――メテオ」

 あなたであったはずのもの。

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「あんたさ、ミュルメクスの姉さんなんだって?」
「ん、そうだよ。母親は違うけどね」
「じゃあ訊きたいんだけどな……その弟が、寄りにもよって三十路の男にうつつを抜かしてる現状について、何にも思わないのか?」
「逆に訊くけど」
「ああ」
「ここであたしが、勿論超気に食わないし、あんたみたいな年増に大事な殿下やれるか!とか言ったら気まずくない?」
「…………すまん」
「あ、嘘嘘今のは冗談だから。そうだなー、お国にもそういう嗜みはあったし、女じゃないから出来ちゃったの心配もないし」
「待ってくれ!誤解があるようだけどそこまでの関係は」
「解ってるって、一夜があったか無いかくらい殿下見れば解るわ。別に良いんじゃないのー?もし逆だったとして、あたしだったら変なふうに口出しされたくないし」
「そうか。……そうだよなぁ。普通は横槍入れんのは野暮だよなぁ」
「めんどくさいから口出しして欲しかったんでしょ」
「…………」
「図星ー。残念でした。それにあたし的にはあんたタイプだし、歓迎するよ?カモン逃亡生活」
「しなくていい、しなくて。むしろ好みなら邪魔してくれ」
「やだよ殿下と喧嘩したくないもん。それにタイプってなら海軍の兄さんとか可愛い盾の子とかもタイプだし。将軍ジュニアはまだそういう目で見れないけど」
「………………」
「えっ、何で黙んの?趣味悪いとか思ってる?」
「いや、共通項を探してた」
「ああ。親父に似てないトコ」
「……親父さんと仲悪いのか」
「まあね。……殿下が何か言ったの?」
「は?」
「あそう。いいや、気にしないで。殿下さー、親父にちょっと似てるの。だから殿下は好きだけど、タイプじゃないんだ」
「……さっきから気になってたんだが、その『親父』ってのは……」
「いけ好かないことに、まぁだ玉座に座ってるわ」
「国王を親父って呼ぶか、普通」
「だってオヤジはオヤジでしょ。これでも殿下に遠慮してやわらかーい呼び方してんのよ?」
「?遠慮ってことは、あいつはそんなに仲悪くないのか」
「仲は悪いよ。…………でも嫌いかどうかっていったら、……あたしほどは、嫌いじゃないんだろうね」

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「――念を入れて申し上げておきますが」
 ファーラは集められた三人の顔を見回す。見回して、羽根のような軽さと花のような優雅さと、それからいかにも王侯らしい気品でもって、お姫様は微笑んだ。
 微笑んだまま、言った。
「もし私のギルド員に無体を働かれるようなことがありましたら、勇魚の代わりにあなた方の頭に銛を打ち込みますので、そのおつもりで」



「……一つ訊くが」
「……なんだ」
「我等に対してはともかく、何故お前まで王女に警告を受けるのだ」
「…………」

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 今でも覚えている。
 庭木の蕾の具合でも聞くような、ありふれたさりげなさだった。

「眼を、どうした」
 何故気取られたのだろう。
 今思えばあれもこれも、彼の眼に止まるような不自然さはあったのかも知れない。けれどあの当時の自分は未だその程度の誤魔化しをすることで精一杯で、とっさの怯えを隠すことも出来ず、それでも何とか間を開けずに応えることが出来た。
「何の、ことでしょう」
「怪我か、病か?」
 ああ、つまり今日限りの不調でないことすら覚られている。
 それでも当時の自分は、飲み込みの悪い愚鈍な子供の振りをすることしかできなかった。
「何を指してるのか解りません」
 頑是無く主張する自分に、少年はほんの僅かにだけ眼を細め――それが目の前の少年を凝視しようとするための仕草だったのか、或いは眉を顰めかけて留めた動きだったのかは解らないが――そして、言い放った。
「自覚がないなら医者を呼ぶ」
「!!」
 そのまま片膝をついて跪いていたシノビの襟首を乱暴にひっつかんで、少年は歩き出す。
「わ、離しっ」
「おとなしく付いてくるというなら考えないでもない」
「必要ありません医者なんて」
「惚けているのか本気で解っていないのかは知らないが、原因も解らぬものを放置できない」
「原因も何も、問題なんてありませんっ」
 噛み合ってるのかいないのか不安になるような会話を交わして引きずられながらも、必死に手を振り解こうとするが、元よりこの時期の一歳の年の差と、たゆまぬ鍛錬の差は大きかった。
 一向に外れる気配のない手に引きずられて、木々の切れ目に屋敷の屋根が見え始める。
 あそこにはお抱えの薬師やら医者が居て、いつでも屋敷の一角に控えている。今日も往診の時間でなければ屋敷に控えて、訪れる人々や屋敷内の物を診たり、或いは薬を作ったりしているのだろう。些細な怪我しか診てもらったことはないが、評判の上では名医だ、と聞いている。どんな病をもたちまち見抜いてしまうのだと。
 ひく、と喉が引きつった。
「……お待ちください」
「…………」
「お待ちください、後生ですから」
 懇願すると、ぴたり、と少年の足が止まった。
「眼は……以前、星見の道具でやりました」
 誰にも言ったことがなかった。怖くて言えなかった。
 背後の彼の様子が最前と違うのを察したのだろう、襟を掴んだ手は緩まないながらも、語調に僅かな躊躇いが混じった。
「診せたのか?」
 いいえ、と彼は首を振る。
「でも、左は見え難くなりましたけど、ちゃんと両方見えます。……お役に、立て、ます。眼の所為で下手なんてうちません」
 だから、と彼は絞るように続けた。
「お願いです、黙っててください。誰にも……言わないでください」

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「できる……と言えば出来ますし、できないと言えば出来ないでしょうねぇ」
 ギルドに入ったばかりのシノビは、芋を剥きながら己の主人をそう評した。
「米くらいは炊けると思いますよ。戦場での炊き出しは見慣れてますからね。でも魚の煮付けなんかは出来ないと……いや、ううん」
 抉り出したジャガイモの芽をぽとりと手元に落とし、シノビは首を傾げる。鈍った手元を咎めてメリッサが軽く肘でつつくと、彼はあ、失礼、と言って綺麗に皮の剥かれたジャガイモをボウルに張られた水に沈めた。
「別に、お魚に限った話でなくても良いんですよ?」
「いえ、魚が一番例えやすいですから……煮付けって、こう、煮汁を調合するでしょう。醤油とか、味醂とか」
「はい。白ワインとか、ブイヨンや香草も」
「米酒を使うのも良いですよ。――ともかく、あの調合がなかなか微妙でしょう。慣れれば目分量で作れますけど」
「……私、姫様にお出しするものはちゃんと量ってます」
「あ、それは……ええと、でもこう、適当に作る人は目分量……でしょう?」
「……そうですね。基本の比さえ覚えておけば、そんなにおかしな事にはなりませんね」
「でしょう。でも、アキツ様はその基本の分量ってのを知らないんです。だから作れませんけど……どうしても作らなきゃならなくなったら、あの方は調味料差し引きして試行錯誤してどうにか煮汁作って、調理しますよ。冗談みたいに真面目だから」
「……あの方がどういう性格かは解りましたけど……どうしても煮魚を作らなければならない状況なんて無いでしょう」
「いやいや。仮に、ですよ。『煮魚が食いたい。煮魚をもて』という主命が下ったら、アキツ様は作りますね。そりゃもう間違いなく。で、苦心の末にどうにかこうにかそれっぽいものが出来上がったら、それを進ぜるんでしょう。まあ、それでも作れるものと作れないものとあるでしょうけどね。例えばこの、ポテトサラダなんか無理ですよ」
「何故?理由をお聞きしたいです」
「あの方はマヨネーズの作り方を知らないし、マヨネーズを入れるって事も多分思いつきません」
「……納得しました。じゃあもし、ポテトサラダを作れ、と言われたら、どうなさるんでしょう?」
「うーん……腹切るんじゃないですかね……」

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2010/05/18
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