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2024/09/23
 Dilemma

 よくやったよ、お前は。
 言えば、サイアスはまるで信じられないことを聴いた、とでも言うようにセツナを見上げた。
「……何だ、その豆鉄砲でも食らったような顔は」
 憮然として言ったセツナに、サイアスはだって、と戸惑ったように答える。
「まさかおじさんが褒めてくれるなんて、思わなかったんで」
「私が人を褒めるのがそんなに意外か」
 サイアスは慌てて手を振る。
「そうじゃなくて、……そうではなくて、ですね、」
 少し迷ったようにしてから、彼は、怒られると思ってたんです、と言った。
「戦争して、褒めてもらえるなんて思わなかったんです」
 まるで悪いことをした子供が告白するときのような、勢いのない表情と声音で言われて、セツナは息を吐いた。
 最前に勧められたが腰掛けなかったベッドサイドの椅子が、所在なさげにぽつんと置かれているのを見遣る。引き寄せて、座ってもいいか、と問えば砂色の頭がこくりと頷いた。
「……何故そう思う?」
「おじさん、そういうのに巻き込まれるのが嫌だから、隠居したんじゃないんですか」
「外れてはいないな」
 嘘ではない。セツナが姉と共に孤島に引きこもった理由は沢山あって、一番大きな理由は別にあったけれども、サイアスが言ったそれも理由の一つだった。
「やっぱり」
「それで、お前が地上軍の先頭に立って指揮したから私が怒っていると思ったわけか」
「違うんですか」
「馬鹿者」
 一蹴すると、う、とサイアスはそれこそ怒鳴られた子供のように首を竦める。もういい歳なのだからいちいちそんな過剰な反応をしなくてもいいと思うのだが、どうもこればかりは幼いときからの反射らしい。
「お前には公爵としての責務があった。義務を放り出すようなことは決してしないと言ったのは、お前自身だろう」

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「痛った!え、帰った途端にこれはちょっと酷くないですか!」
「うるさい黙れ、自分が何年ほっつき歩いていたのか解っているのか!」
 感情にまかせて、セツナは叫んだ。頭の中のカッカと熱している部分とは別の部分で、珍しいなと他人事のように思う。本当に珍しい。彼が以前にこんな風に誰かを怒鳴ったのは、50年も前だ。
「ええと……」
 サイアスは眉を寄せて指を折る。両手が握り拳になって、もう一度開かれたところで、彼は首を傾げた。
「22年、ですかね」
「25年だ」
 わーおじさん凄い!流石は名軍師!殊更明るい調子で言ったサイアスは、だがセツナの醸し出す静かな怒気に気付くと、咳払いをして黙り込んだ。
 機嫌を取ろうとしているのが丸わかりだ、馬鹿者。間違えるわけがないのだ。紙切れ一枚残して消えたあの日から、ずっと気に掛けていたのだから。

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 にっこりと微笑まれたので、それにつられてにっこり微笑み返してみたのだが、それくらいで誤魔化されてくれるような人ではなかった。
「絶対に、駄目です」
 きっぱりと言って、腰下まで伸ばした金髪を背中に流した彼女は、いっそ神々しいまでの慈愛に満ちた微笑を浮かべる。白い壁を背景に窓から差し込んでくる午前中の日差しを金髪が弾く様子は、それはもう聖母様といった風情なのだが、その口調には怪我人の無茶な我が儘なんて決して聞き入れませんよ、という姿勢がありありと表れていた。
「けど、深い傷はないですし」
「治癒魔法を過信してはいけません。万能ではないのはご存じでしょう。縫った傷をお忘れですか?」
 畳みかけるように言われて、サイアスは言葉に詰まる。
 縫った傷というのは、帰還するなり青い顔をしたカレンが呼んできた医者にざくざく縫われてしまったアレだ。傷跡(まだ糸が飛び出ている)を見ると、今でもちょっとだけ心が痛い。あの時は久しぶりに治癒魔法のありがたみを実感して、今度から種族特徴の矮小化がどうのこうの(そんなことを言ったって、今更血統維持なんてナンセンスだ)とかいう面倒な話にもちゃんと取り合おうと、少しだけ思った。
「でももう動けますから」
「だからです」
 ふんわりと、慈母の笑みをティータは浮かべた。こんなに素敵な笑顔なのに、どことなく怖い気がするのは何故だろう。
「動ける方に限って自分の体を過信する傾向が強いのです。こればかりは本人の言を信じるわけにはいきません」
 絶対に覆らない調子で言われてしまっては、どうにも返す言葉が思いつかない。彼女の口から出る言葉がどんな内容だろうと、こんな全て解っています、大丈夫、なんて顔で言われたら、子供ばかりでなく大人だって引き下がってしまうに違いない。
「とにかく、傷口が塞がるまでは安静です」
「えーと、しかしですね、仕事が」
 なんとか食い下がってみるものの、
「サイアス卿」
 困ったように少しだけ首を傾げて、ティータは傍らの人が殴り殺せそうな書籍群を指す。因みに一番上に積まれた本のタイトルは「解剖学」。以下、感染症、看護学、細菌云々、etc…
「ご自分のお体について説明が必要ですか?」
「…………結構です」
「では、安静の件はご理解いただけますね」
「……はい。大人しくしてます」
「大変良い心がけだと思います。一日も早い復帰をお祈りしております」
 言ってティータは積まれていた書籍を抱え上げた。手伝う間もない。細腕に見えるが、実は結構力仕事とかしているのかも知れない。そう言えば彼女が持ち歩いている聖杖はそれなりの重さがあったはずだ。
「それでは、お大事にしてくださいね」
 はい、と答えたサイアスに、今度は子供にでも微笑むように笑い返して、彼女は病室の扉へと向かう。その背を眺めながら、何となくサイアスは納得する。
 ああなるほど、つまりは、「聖母」なのだ。母親は優しいものだが厳しいこともあるし、神様だって愛を説く反面、試練を与えたりする。

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2008/07/03

「俺、公爵になろうと思うんですよ」


 唐突にやってきた、かつての部下の息子の発言に、たっぷりと3秒は間をおいてから、セツナは口を開いた。

「……熱でもあるのか」
「酷っ、おじさん酷い!」
「冗談なら余所でやりなさい」
「俺、おじさんに冗談言えるほど偉くなったつもり、無いですよ」
 言えば、白い狐は眼鏡の奥の眼を細めて、本気か、と問うた。
「本気、ですよ」
「やめておけ」
 間髪入れずに返った声に、サイアスは僅かに眉を寄せる。
「何でですか」
「お前に公爵が務まるとは思えない」
「やってみなきゃ解らないでしょう」
「四地域合同式典をすっぽかしたのは何処の誰だ」
「400年も前の事じゃないですか!それに俺、」
 言葉を切って、サイアスは一つ息を吸う。台詞が一瞬止まったのは胸にあるわだかまりの所為だ。
「……嫌いなんですよ、記念品みたいな扱い」
「……なら、尚更やめておけ」
「ねえおじさん、俺だって何時までも子供じゃないんですよ。嫌だからって投げ出したりなんてしません」
「別にお前が無責任だから言っているわけじゃない」
「なら、」
「お前は何故公爵になろうと思った?」
「……それは、」
「もし長く生きることに罪悪感を感じてなら」

 白い狐は、質の良い赤瑪瑙のような色をした目で、サイアスを見て言う。

「公爵などやめておけ。そんな覚悟で務まるようなものじゃない」

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「……驚いた」
 少女はその大きな瞳を瞬かせてから、台詞にも歳にも似合わぬ落ち着き払った調子で言った。
「隠しているから、てっきりラードみたいなお顔か、大きな傷があるかと思っていたのに」
「それは、ご期待に添えず」
 肩を竦めて言えば、少女はくすりと小さく笑った。歳に見合わない大人の苦笑の色が含まれていたが、気付かないふりをした。見られている、と思うとなんだかくすぐったくて、サイアスは少女の目より少し上の方へと視線を逸らした。赤茶色の前髪の間から、賢そうな額が覗いている。
「……これは?」
 少女が顔に手を伸ばしてくる。ひたりと冷えた指が頬に触れる。子供の体温って高いハズなんだけどなぁ、とサイアスは思った。
 こんな聡い良い子が一人で泣かなければならないなんて、まったく教官は見る眼がない。
「イレズミ?化粧ではないんですね」
「遺伝。……解る?」
「……騎士学校では四年目に習う内容です」
「そりゃあ、失礼しました」

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 将軍!声にカレンは振り返る。
「砲撃の許可を!」
 言われて、カレンは空を見上げる。雲間の灯りに照らされて灰色に見える双影は、めまぐるしく位置を入れ替えながら剣撃を交えている。

 ――あたってしまう。

 歯がゆい。ただ手が届かないというだけで、こんなに悔しい思いをしなければならないなんて。
「……砲撃隊、前へ。目標、ゴーレム!周辺の敵を一掃します」
「将軍!」
 部下の一人が険しい声をあげる。その意味にカレンは気付いている。
 騎士団に女は珍しい。ましてや将軍クラスともなれば尚更だ。――カレンに向けられる視線の中には、好奇に混じって疑いと蔑みが含まれている。

 (お前に将軍たる実力があるのか。女の身で、何を偉そうに)

 ――あの方にはそれがなかった。

「駄目です」
 きっぱりとカレンは言い切る。
「しかし」
「味方への攻撃は認められません」
 ざわ、と周囲がざわめく。
 では、と誰かが言った。
「味方とは、あれは一体誰なのです!?」
「あなた方も気付いているはず」
 カレンは振り返った。上空ではまだ激しい戦いが続いている。内心の焦りと悔しさを押し隠して、困惑、驚き、様々な表情を浮かべている仲間達を見渡した。
「敵将と戦っておられるのは、サイアス様です」

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2008/01/10

 葬列は静かだった。
 喪というのは大抵地味な物だと知ってはいたけれど、その葬祭はかつて王の参謀を務めたという人の物にしてはおそろしく質素で、けれど実直に技を極め、影のように生きた人には相応しい気もした。

 一歩先を行く父の背を、母に手を引かれて追いながら、葬列に加わる。
 鎮魂の歌を歌う、あの金の髪の女の人は領主の妹姫だろうか。綺麗だけれど悲しい声だ。
 ふと気付くと、母の手が小さく震えていた。盛りを過ぎても美しい母の肩を、慰めるように父が引き寄せた。黒のドレスにぽつりと雫が落ちた。
 葬列は静かに進んでゆく。彼はそっと母の手を離した。母だけではなく、父も悲しいだろうと思ったからだ。

 進む人の波をかき分けて、彼は列の最前へ出る。そこにあるのは飛天の神の祭壇と、その前に置かれた白い棺だ。固く閉ざされた蓋の上には、花の山が出来ている。

 君も花を、声に振り仰ぐと、明るい金髪に優しげな面立ちの男性が立っていた。飛天の領主だ。今はもう王位はないから領主様と呼ぶことになっているが、英雄である彼を慕って、未だに王の尊称を使う人も多い。
 彼が見上げていると、見事な赤い翼のその人は、ふと表情を緩めた。
「飛天の教会ではね、花を積んで最後の贈り物にするんだよ」
 だから君も、促されて、彼は棺の前に進み出た。
 その間にも花は雪のようにつもってゆく。

 これからこの棺はとても高い温度の炎で焼かれるのだ。
 土ではなく、空に還れるように。

 彼は母に渡された花束を見下ろす。
 ――最後の贈り物。
「……嘘つき」
 呟いた言葉は、糾弾だというのに泣き出しそうな声になった。
「また、練習付き合ってくれるって、爺さん言ったじゃないか」
 オレはまだ爺さんのこと負かしてもいなかったのに。
 何でいなくなっちゃうんだ、なあ、爺さん。

 投げた花束は、ゆっくりと回転しながら弧を描いて、花山の上にとさりと落ちた。
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2007/11/22
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