忍者ブログ
小ネタ投下場所  if内容もあります。
 [PR]
 

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。




2024/09/23

「あんたとは二人っきりで話がしたいと思ってた」
 口説き文句そのままだな、とサイアスは思う。奇しくも場所はベッドの上、時刻は夜も更け星明かり、手を伸ばせば触れる距離にあるのは絶世の美貌だ。ただし、相手はまったく乗り気でないようだが。
「貴様に話すことなど無い」
 おや、こちらもまたお決まりの台詞。
「そう言わずにさぁ。俺は聞きたいことが沢山あるんだ」
 軽い口調で返すと、こちらを覗き込む相手の目の剣呑な色が増した。仄暗い室内で、青玉のような見事な色の瞳がこちらを睨んでいる。あーあ、矢っ張り嫌われている。どうにもこの相手については納得のいかないことだらけだ。
「折角誰も聴いてないんだから、ゆっくり話そうぜ――おっと」
 台詞の途中で相手の肩がわずかに動いたような気がして、サイアスはわざとらしく余裕ぶって声を上げる。右手に握ったものを押しつけたまま、
「動くなよ。俺は死にたくないし、未だあんたも殺されちゃ困る」
 表情を変えない相手に、サイアスは薄く笑みを浮かべたまま言う。サイアスとて伊達に何百年と生きてきたわけではない。仕事だと割り切ってしまえば、心とかけ離れた仮面だって被ることが出来る。そう、少なくとも、表情くらいなら。
 青い瞳はちらり、とサイアスの右手の方へと――おそらくは、その手に握られた拳銃へと――視線をやった。体の陰になって見えないはずだったが、ナルキッソスは感情の伺えない息を吐く。
「剣聖が、まさか銃とは」
 内容からすると多少嘲りを含むだろうか。言葉に含まれる棘には既に慣れっこなので今更腹も立たない。それに多分、立てたら相手の思う壺なのだろう。
「枕の下に拳銃――なんて、ただの様式美だったんだけど。今更使うなんて思わなかったぜ。あんたこそ、」
 饒舌を意識して語るサイアスの視界の端に、月光を弾く銀色がちらつく。
 窓の外の、歪な形をした雲がゆっくりと風に流されてゆく。引っ掻いたような三日月の、微かな光。
 自分に半ばのし掛かる相手の顔が淡い月光の元に露わになる。その、おそらくは、奇跡と形容していい造形が。
 ――納得がいかない。
 何度も呟いた言葉を心中でもう一度呟いて、けれど口では別の言葉を紡ぐ。
「斧でも持ってくるかと思ったら」
 サイアスはちらりと、己の喉に向けられた切っ先へと視線をやる。微動だにしない白い手が握る短剣の柄には、見覚えがあった。柄に巻かれた赤い革と、柄頭付近に打たれた鋲に刻まれた紋章――飛天騎士団の支給品だ。今の時勢で武器を置き忘れる粗忽者など居ないだろうから、おそらくは牢番の物を奪ってきたのだろう。サイアスにとっては最初に出会ったときに身をもって体験済みなので今更だが、眼前の男は綺麗な顔に似合わず、荒事も充分以上にこなすらしい。
 半ば以上を冗談で言った言葉は流されるかとも思ったが、ややしてから薄い唇は短い言葉を落とした。もっとも、白い顔に浮かぶ表情は、その間も1ミリたりとも変化しなかったが。
「……口数が多いな、司令官」
「最初に尋問の続きだって言ったろ?必要な言葉は惜しむなって言われたんだよ、昔」
 俺にそう言った奴の名前を教えてやろうか、言いかけて、サイアスは思わずその言葉をのみこむ。

拍手

PR



「……殺したいほど憎い、ではなく」

「殺したいから、憎いのだ」


 言ったあんたの眼に、憐れみの色が混じっているのは何故だ。
 あんたは俺が嫌いだろう。なのにそんな勿体ぶった言い方をする理由は何だ。

「何故千年も生きていた?」

 なあ、気付いてるか?
 あんたの言い方、まるであんたと戦わなきゃいけない俺を憐れんでるみたいだ。

拍手




「貴方がサイアスに剣を教えていると聞きました」
「お聞きになりましたか。いやはや、年寄りの冷や水でございます」
「老いてもなお教えを請いにくる人がいるだなんて、素晴らしいじゃないですか。それに剣聖の手ほどきです、シェイドも喜んでいるのでは?」
「さて、頼むとは言われましたが、間諜時代のことは喋るなと厳重に釘を刺されてしまいました」
「素直じゃない人ですね。でも、そのことはサイアスも知っているでしょう。今更何故?」
「間諜として潜り込んだことではなく、その間にしでかしたあれやこれやのことかと」
「ああ……あれやこれや、ですか……それはともかく、どうです、弟子に見込みはありそうですか」
「好きこそ物の上手なれと申しますな」
「それは良かった。でも出来れば剣だけでなく、紅茶の淹れ方も教えてあげてください。僕、シープの淹れた紅茶好きなんです。彼も覚えたら、きっと役に立ちますから」

拍手




 さて、幾つもの尊い犠牲を出し、地上に数多の傷跡を残した大戦が終わった後、何が変わったのかと言ったら――結局何も、変わらなかった。
 いや、変わったことは変わったのだろう。
 今まで絶たれた世界であった天界と地上は平和を誓い、新しい神が生まれた。
 けれどそれがサイアスの生活に何かしらの影響を及ぼしたかといったら、そんなことはまるでなかった。
 戦争の傷跡は日々の営みの前にあっという間に消え去り、人々はまたかつてと同じ生活を送っている。サイアスも戦争で少しばかり名前に箔が付いたり、奇妙な因縁が出来たり、或いはこの少し特別な体質が世間に広まったりもした。だが、増えた肩書きは平和な世の中では使い道がないものだし、天界と地上の交流は相変わらずないし、サイアスの出生に関するあれこれも、興味本位で一年くらい騒がれた後はすっかり落ち着いてしまった。
 だから時々、あれは夢だったか、もう覚えている人も居ないくらい昔のことになってしまったのではないかと錯覚しそうになる。
 それでも、光の戦士達が天界から授かったという聖杯は確かに中央に保管されており、皇帝陛下の魔導の師の席はぽっかり空いたままだ。
 けれど逆に言えば、それくらいしかもう、戦争があった、と示すものはなくなってしまった。
 そんなもんでしょうか、とサイアスは以前人に問うたことがある。数少ない、彼より年上の一人は、笑ってそんなもんだ、と言った。
「はじまる前と終わった後は、案外なんも変わらんもんだ。変わるのは眼に見えないものだけで、見えるものは殆ど変わらん。変わったように見えても、驚くほどすぐ戻る。戦争で変わるものより、時間が経つにつれ変わる物の方がよっぽど多いぞ」
 そりゃ貴方が長生きだからでしょう、と突っ込もうかとも思ったけれど、人のことを言えた身分でもないので、その時は言わなかった。
 そう言った彼も、戦いに駆り出されて以来、復興の手伝いやら何やらでしばらくは忙しかったようだが、少し前からまた以前のように研究に専念する生活に戻ったようだ。時間は人を変えると言ったが、時間も戦争も彼等の生活スタイルを完全に変えてしまうことはないらしい。
 サイアスは彼等と違って一度しか大きな戦争を知らないので、彼が言うことが正しいのかどうなのか、変わらないことが普通なのか彼等がマイペースすぎるのかは判らない。判らないけれど、島は相変わらず空に浮かんだままで、サイアスは飛翔の間の鍵持ち――つまりは公爵を務め続けなければならないし、副官はカレンのままで、彼女につつかれながら仕事をしている。

拍手




 美しい物を見たいのなら一度だけ見よ、真なる物を見たいのなら二度確かめろ

 教えて貰ったばかりの句と力の使い方とを駆使して、背に負う四枚の翼のうち半分を消すことに成功した、その達成感が余韻に変わる前に、何かの詩句の一部なのだろうか、歌うような調子で呟かれた言葉にサイアスは振り返った。
「なんですか、それ」
 問い返したサイアスに、メルキオールは鷹揚そうな笑みを浮かべる。
「先人からの忠告だよ。君が手にしたそれがどういう物か、よく考えて使いなさい、ということだ」
 どういうものか考えろ。言われた言葉を反芻して、サイアスは心中で首を傾げる。
「……それって、これはあまり使わない方が良いってことですか?」
 飛天院と称される彼の、今は一対にしか見えない真紅の翼へ視線をやって言えば、その視線に気付いたのだろう、メルキオールはゆるやかに翼を揺らした。
「それを含めて考えなさいということさ。もっと言うなら、君の使い方次第ということだ。――ああ、これを私が教えたということは秘密だよ」
 にっこりと真意の見えない微笑みを浮かべた唇の前で、人差し指を立ててメルキオールは言う。だが、人好きのしそうな笑みなのに、この人の日頃の素行を知っているとどうにも不安な気分になってしまう。
「……そんなこと言われると、矢っ張りこれ、いけないことだったんじゃないかって気分になるんですけど……」
「そんなことはないさ。使っている私が保証するよ。……けれど私が教えたとばれるといろいろゴタゴタがありそうだからね」
 そのゴタゴタというのは自分に降りかかるものなんだろうか、それとも彼に降りかかるものなんだろうか。眉を寄せて難しい顔をしたサイアスに、飛天院は続ける。
「解るだろう?私はそういうのは嫌なんだ。これでも平和主義なのだよ」
「誰の平和ですか、それ」
「はは、確かに大人の世界では事なかれ主義とも言い換えられるがね。……君の賢いところは好ましいが、口は災いの元だよ」

拍手



 聖餐

「こんにちは、マルガリーテ」
「わあ!お久しぶりですね、サイアス様」
「え?そうかなぁ」
「そうですよー、マザーにカンヅメにされてから、サイアス様に会うのは初めてです」
「カンヅ……ああ、でもそんなになるか。あんまり見に来られなくてすまないな」
「いいえー、気にかけてくださってるのは知ってます。でも施療院では、サイアス様がマザーを怖がって足が遠のいているんだって、まことしやかに」
「ええ!?それは参ったなぁ、格好悪い話だ」
「大丈夫ですよう、シスター達は誰も信じてませんから!」
「……の、割にはティータさんに会いに行っても、調理場に入れてもらえなかったんだけど」
「ああ、それは違います。お達しが来たんです。調理中は絶対サイアス様を調理場に入れないようにって、カレン様から」
「…………」
「サイアス様、何かなさったんですか?」

拍手



 聖夜

 ところでおじさん、相談があるんです。
 いつになく真剣な表情で、向かいに座ったサイアスは切り出した。
「おじさんは、今年のクリスマスはどこでやるべきだと思いますか」

「……お前の屋敷でやれば良いんじゃないのか。去年も一昨年もそうだっただろう」
「あ、なんですかその独創性のない返事。それにずっと俺の所でやったのは、ショウの学校が忙しかったからで、別に俺の所でやる習慣のつもりはないんですよ」
 ですから、と既に期待に目を輝かせている、図体は大人のくせに妙に子供っぽいところのあるこの青年は椅子から身を乗り出して言った。
「今年のクリスマス、おじさんの所でやる気はありませんか?」

「無い」
「えー!そんなこと言わずちょっと考えてくださいよ!」
「考えるも何も、どうやって此処に人を呼ぶ気だ」
「それは大丈夫です。ちょっと荒れた海流の一つや二つにめげるような人達じゃないでしょう。カレンとショウは俺が責任もって連れてきますから!」

拍手




2008/12/04

「――で、修道院に視察に行ってきたんですけど、背丈も伸びてて、いつのまにか次期聖母候補なんて言われてるらしくて。本人は知らないみたいですけど」
 かーわいいんですよ!
 満面の笑みで我が事のように自慢されて、セツナは額を抑えたくなる手をぐっと堪えた。我慢強さは美徳であると、自分に言い聞かせる。
 こういう親馬鹿というか、身内贔屓なのは一体誰に似たのだろう。遙か昔にも似たような親馬鹿っぷりを発揮していた人物もいたが、目の前の男がその人物の血を引いていないのは100%保証済みだ。……いや、父親はともかく、母親側にまったく血縁関係がなかったかどうかまでは知らないが。
 まだ語ろうとするサイアスを遮って、セツナは口を開く。
「それで、また公費を無駄遣いしてきたのか」
「やだなぁ、ちょっと修道院に補助金出しただけじゃないですか」
「あしながおじさんを気取るのも大概にしなさい。そのうち公費の使い方を間違えるぞ」
 政治の世界では、そういうちょっとしたことが命取りになる。特に彼が居るのはあの飛天である。追い落とされないよう警戒するに越したことはない。……いや、最近は政界も平和になって、以前のような陰険さは殆ど無くなったのだが。
 ともかく、若い才能を育てるのは良いことだし、慈善事業をするのも良い。だが一歩間違ったらただのロリコン扱いされてもおかしくないのは自覚して欲しいところだ。
「…………」
「……どうした」
「いや、おじさん足長いなぁと思って」
「帰っていいか」
「わー!待ってくださいよ!」

拍手



 麝香

 教えてよ、艶のある肉厚の唇がゆるく弧を描く。思ったよりも背の高い彼女の、濃い琥珀色の瞳がすぐ近くに来て、サイアスはすっかり困ってしまった。
「あの石は一体何なの?」
 会議の帰り、柱の影から滑るように歩み寄ってきた彼女が、挨拶も駆け引きもそこそこに切り出してきた質問に、サイアスは心中で来た、と呻く。
 絶対来ると思ったんだ。石一つのためにわざわざ魔界への扉を開くことに、一番不満そうにしていたのは彼女だったから。あとついでに、何も知りませんよ、という演技が上手くできた自信もなかったし。
「皇帝陛下も大魔導も教えちゃくれない。でもあの石はただの宝石なんかじゃないでしょ?」
 さあ、適当な返事をサイアスは返す。彼はあれが何なのか、どういう物なのか知っている。彼が生まれたのは、まだ誰もがそれが――あの聖龍石がどういう石かを知っている時代だった。
 サイアスは、別にあの石がどういう物か、彼女に教えてしまっても良いのじゃないかと思っている。少なくとも彼女――シルヴィはあの聖龍石に魔王が封じられていた、いると知ったところで、何か愚かな行動に出るような人物ではない。
 それでも大魔導ライセンが口を噤んでいるからには、それなりの理由があるのだろうし、サイアスもその決定に逆らうほどの考えを持っているわけでもない。
「確かに何か重要な石ではあるようだが、一体どのような物なのかは、私にも」
 くつ、と面白そうにシルヴィは笑う。
「誤魔化すのなら最初から誤魔化さなくちゃ駄目ね」
 ウィスキーみたいに酔えそうな瞳が、きらりと光って問うてくる。教えてくれたらもっと酔わせてあげる、そういう風に言っている瞳だ。
「私は貴方が何も知らないであの子達の魔界行きに同意するような、ボンクラだとは思ってないの」
 あでやかに光る唇で、彼女はそう言った。
 こんな風に迫られたらたまらないよなぁ、とサイアスは思う。彼だって、例えばシルヴィが腰に当てた腕の辺りで揺れている袖がセツナを連想しさえしなければ、少し秘密を漏らしていたかも知れない。

拍手




「……ねえ、おじさん」
 見上げた夜空には雲一つ無くて、弓のように細い月の光は空を照らしきるにはか細すぎる。飛天領で見る空の何倍もの星が散らばった空を見上げながら、これくらい沢山見えれば星座を作るのも楽だろうな、とサイアスは頭の隅で考えた。
「昔、俺が公爵になりたい、って言った時のこと、覚えてますか」
 一拍して、肯定の返事が返ってくる。物覚えの良いセツナのことだ、あの時の台詞どころか、サイアスの声や表情だって覚えているに違いない。少なくとも、その程度のインパクトの台詞を言った自覚はあった。
 もし俺が、言いながら、横目で斜め後ろに立つセツナを伺い見ようとしたが、残念ながら視界には入らなかった。首を動かせば見えるけれど、何となく反応を気にしているのをさとられたくなくて、サイアスは仕方なくそのまま続ける。
「……もしも、俺がもう一回、公爵になりたい、って言ったら、おじさんは反対しますか?」
 言ってから、心臓が小さく跳ねた。ああ、たかが一言訊くだけで、こんなにどきどきするなんて。カレンに知られたら笑われてしまうかも知れないけれど、それでもこればっかりは仕方がない。幼い時から面倒を見てくれた人だ。その人と、事によっては決別しなければならないかも知れない。
 静かに静かに深呼吸して鼓動を落ち着けるなか、風が足下の伸びた草を揺らして通り過ぎていった。さあ、という草の音は一度きりで、後は星のまたたく音さえ聞こえそうな静寂が続く。
「私が反対したところで」
 唐突に落とされた言葉に、戻りかけた鼓動が跳ねた。
「お前はなるつもりなんだろう、今度こそ」
 草を踏む音が近づいてきて、白い衣装がサイアスの左側の視界に入る。その表情を確認したくて出来なくて、結局サイアスは星空から地平線へと視線を移した。

拍手



prev  home
ブログ内検索

忍者ブログ [PR]
  (design by 夜井)