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2024/09/23

「教えてまいりましたよ」 
「ああ」
「良かったので?」
 見上げた主の横顔は相変わらず険しく見えるが、なんのことはない、これが常態だ。
「同じ者を追っているわけでもあるまい、構わぬ。聞けば相応の事情もあるようだ、こうして縁のあった者として、知りうることがあれば伝えてやるのが義というものだろう」
「そう仰るならば構いませんけど」
「不満か?」
「いいえ?」
 不満、ではない。
 実際のところ、彼女が断片的に語ったことがどこまで本当なのか、確かめる術は今のところないのだし、例え情報そのものでなくとも、安易に手札を晒すのは得策ではない。
 だが、損得抜きに、それが義であるとアキツは言った。ならばヤンマはそれに従う。
「目的が違うのならば、構いませんでしょう。こちらの協力で向こうからの協力も得られるかもしれません」
 その程度にはこちらを気にする余裕も、良心もあるように見えた。いずれにしろ、利用されるほど深入りするつもりは互いに無いだろう。浅い部分のやりとりで十分だ。それ以上の仕事はヤンマが自身で行なえばいい。

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 邂逅

 捻りあげようと腕を掴んだ手を思いがけない力で振り払われては、形振り構っていられなかった。その手を厳重に覆った手袋ごと自身の鮮血に塗れて赤くぬめる手が、思い詰めた必死さでもって握りしめるナイフを、石墨は掴んだ。握りこんだ指に痛みが走る。 
 石墨の暴挙に驚いたのだろうか。細い細い月明かりの元、相手が眼を見開いた、ような気がした。夜目の利かない人間の視界ではそれは酷く曖昧にしか捉えられなかったが、それでも僅かな反応の真意に賭けない理由にはならない。
「放してください」
 互いの力が拮抗して動きが止まる。冷たく白く光を跳ね返す金属に押しつけた掌の、その僅かな隙間を温い感触が伝う。
「……放して、」
 ぽたりと一滴、赤黒い雫が足下に落ちるのと同時に、怯えたように強張る指から力が抜けた。何故か酷く頼りなげな気のする手から抜き取った白銀の刃を、石墨は出来るだけ遠くへと放る。その軌跡をぼんやりと視線だけで追った相手は、辺りに金属の澄んだ音が響くのを聞いてから、ぽつりと、すみません、と漏らした。
「怪我を、させてしまって」
 今の今まで己の命を絶とうとしていた者には随分と似つかわしくない、静かな言葉だった。

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 国境の手前で衣服を変えたのは、もちろん身分を隠すためだったが、着ていた外套から靴までを売り払ってそろえた古着を並べた厩の中で、彼女はひそかに失笑を漏らした。黒い服は高い。詳しい方法を知るわけではないが、濃く染めあげるには手間がかかるのだそうだ。 
 何度も染料に浸けるから、時間も染料も桁違いになる。黒は最も高価な赤と紫に次いで高い色だった。その漆黒のまがい物、ごく濃い鼠色のような、白けた黒の上着に、似た様な色の外套。派手な服は好まず、また選べるはずも無かったが、これではまるで喪服のようではないか。
 そう笑ってはみたものの、今の彼女に喪服というのはこれ以上なく相応しかった。国は既に無く、また身内も既に亡いのだろう。しかしそれを悼む暇は無かった。やがてこの辺りにも敵国の手が及ぶ、捕まればただではすまない。
 もし誇りを堕すならば死を選びなさい。そう書かれた書簡と共に彼女の手に渡った短剣と、赤瑪瑙の細工のカメオを服の内側へ入れて、外套を羽織る。書き送ってきた母は、おそらくそれを実行したのだろう。潔い最期だったはずだ。そのような人だった。
 だが、彼女は母の後を追わない。追うわけにはいかない。まだこの誇りを、捨てるわけにはいかない。
 己の持ち物のうち、唯一鞘を汚しただけで手放さなかった剣は上手く足へ吊るした。これで見咎められなければいいと思いながら、彼女はそっと柄の位置を確かめる。
 裏切り者の血を吸わせるまで、この剣も命も、手放すわけにはいかない。

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 某さんに唆されて書いたうちの子ホモ。

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なんだか堪らなくなって、頭を枕に押しつける。タオルケットを口元まで引き上げて、綿のシーツの上で丸くなった。
 耳の裏側を血が流れる音がする。迷宮の底を流れる海流にも似た音。血の循環。一つの輪として巡ってフェンの命を動かすもの。
夕餉のスープに浮いたベーコン、昼に囓ったパン、朝出たサラダ。そういうものでこの体は出来ている。
(……きっと、心もだ)
 乾いて縒れて掻き回されて、ぐしゃぐしゃだった心にほんの少しでも動く力を注ぎ込んだのは、一切れのサンドイッチだった。人に言えば笑われるだろう、それでも与えられた些細な切っ掛けで、確かに、あの時、自分は、
(……あ、)
 思い浮かべた顔に、ひとりでに頬が火照る。もしあれが切っ掛けだったのだと言えば彼は笑うだろうか。笑うかも知れない、でもそれはきっと嫌なそれではない確信があった。
(どうしよう、あたし、) 
 脈打った鼓動一つにときめくなんてどうかしている。それでもこの一拍ぶんの血脈に彼が関わっているのだと思うと湧いてくる気持ちをなんと言えばいいだろう。

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 大丈夫?調子は?気遣わしげな声の理由が、怪我や声のことだけではないことは知っている。平気と肩を竦めて笑って見せて、それでも消えない瞳に宿った心配そうな色は、本当は向ける相手が違うのだけれど。
それより、と視線で扉のほうを指す。粗い木目の扉は古びてはいるが、閉めてしまえばそこそこ音は漏れないようにできている。
きょとんとそちらへ一瞬視線を向けた少女に向けて、両手を合わせて耳の横へ、そのまま首を傾ける。眠るジェスチャー。
苦笑を浮かべてもう一度扉を指差せば、それで悟ったのだろう。解った、と彼女は呆れと労いと安心とが交じり合った笑いを浮かべる。
「もうこんな時間だもん、起こしてくるね」
 鎧のない分いつもよりも軽やかな身のこなしで身を翻した彼女が、心配してやるべきなのは本当は彼だ。
 悪い夢を見ているのは自分ではない。
 見る必要なんてないんだと、言ってやることはもう出来ないけれど。

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 忘れられるわけがない。
 明らかな有機を感じさせる滑らかさの鱗に縁取られた口がぱかりと開く。赤黒くぬめる口内に、真っ赤に熱した火掻き棒のような色をした舌が踊る。見通せはしないはずの喉の奥まで紫色の血管が走っているのが見えたのは、その更に奥、腹へと続く落ち窪んだ場所に橙色の光が灯ったからだ。
 嫌というほど見た光。聖騎士の盾を焦がし、放たれた矢を鏃になるまで燃やし尽くしたそれは、ぽ、と喉に宿るなり、更に奥から吹き上げてきた炎で急速に大きさを増した。一秒にも満たない間に、膨らんでいた火蜥蜴の腹が蠕動する。
 それを覗き込んでいた。
 覗き込める位置に、居た

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 瓦斯灯の光もすべての闇を駆逐するには至らない虫食いの夜。古ぼけた蝋燭の明かりの絶えた暗がりを見通すことはまだ出来ないけれど、それでも青い夜は昔に見た景色と比べると随分とクリアになった気がした。細かなブロックでも寄せ集めたような町に遠く屹立する尖塔には、あと一刻もすれば朝日が指すのだろう。自分たちにはもう、それを見る術はないが。

 荷は無事に届いただろうか。おそらく荷の中身も署名も確認することになっただろう彼は、どんな顔をしただろう。あの町で出会ったシスターにもいずれ噂は届くのだろうか。けれど自分には直接それを確かめる術はない。
 彼らとは真っ向から対立する身となったというのに、焦りの一つもないのは、人でないものを殺しすぎたせいだろうか、それとも夜種の性とは無縁にすら見える優しい人が隣にいるからか。
 薄情かなぁ、とは胸のうちだけで呟いて、緩く握っていた手に力をこめた。だって、自分の天秤は、彼ら何人分を片側の皿に積み上げても、この人一人には釣り合わなかったのだ。

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最初は、小動物から始まる。たとえば、雀。蛙。あるいは愛玩されていた鼠。
それから、鶏、兎。見ているだけなら、馬や山羊。この辺りで大抵の子供は察しがついて、大体反応は二つに別れる。嫌がるか、耐えるか。そうでなかった者は、ここで振り落とされる。
振り落とされたものがどうなるのかは知らない。なんの関係もない所へ奉公にでもやられるのかも知れなかったし、なにか別のことを習うのかもしれない。いずれにしろ確かなのは、ヤンマは振り落とされなかったという、それだけだ。
一番最後に殺すのは子供によって違う。子馬のこともあったし、猫のこともあった。ヤンマの時は犬だった。三年を共に暮らした、焦げ茶色の、耳の立った犬だった。
多分、自分は「うまく」出来たのだろうとヤンマは思う。奪うものの重さが解らぬ者に、奪う資格も、それで某かを購う資格もなし。あれはそういうことなのだと知ったのはそのすぐ後だ。
柔らかかった毛皮の感触はしばらく手に残ったが、もう思い出そうとしても出来はしない。ヤンマにとってはそれくらい、昔の話だ。 

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 ――四ッ谷のドラゴンは、音を操るの。
 ――私達には聞こえない音を使って、遺体の神経に働きかけるんだって。

 ねえミコちゃん。それでもあたし、見たよ。
 何もないところに立ってる人も、向こう側が透けてる人も、青い火が燃えてるのだって見た。あたしは詳しいことはわかんないけど、そういうのって、音じゃ説明できないよ。
 渋谷も、四ッ谷も、国分寺も、あんな風になっちゃったのって、誰かちゃんと説明できるの? ねえミコちゃん、ごめんね、あたし、見えない不思議なものって、あると思うよ。

 守屋さんがベッドに入ったのを確認して、あたしはそうっと起き上がる。ミコちゃんのベッドから寝息が聞こえてるのに安心して、部屋を抜け出した。真夜中の廊下は流石に誰も居ない。明かりも消えて、窓の外も暗くて、いつもだったら少し怖かったかも知れないけど、今日は平気。
 こんな時間だからきっと誰も起きてないけど、見つかっちゃいけないから、出来るだけ速く、静かに、まんがの忍者みたいに廊下を駆け抜けた。身体は軽い。足音だってほとんど立たない。ちゃぽちゃぽとベルトにぶら下げたペットボトルのポカリスエットが鳴った。

 フロワロの咲く場所は、いつの間にか人の場所じゃなくなってた。
 今でも逆サ都庁を見たときの気持ちを覚えてる。あんなの、人の業じゃない。この世界の業じゃない。
 どこもかしこもフロワロだらけで怖かった。そのうちあちこち全部、私達の住めない場所になるんじゃないかって怖かった。

 でもね、気付いたんだ。

 ドラゴンは異界を作る。
 四ッ谷のドラゴンは死体を操ったけど、あそこにあったのは、それだけじゃなかった。
 幽霊が居る、とは言わないよ。居ても多分、この世界には居ないと思う。あたしのお母さんはもうこの世界には居ない。お母さんは向こうの世界にいて、そこで笑ってくれてたらいいなと思う。会えたらいいなと思うけど、そのためにはこの世界から離れなきゃならなくて、あたしはもっとちゃんと生きてからじゃないと、お母さんに会っちゃいけないんだと思う。
 でも、もし。
 もし、この世界と向こうの世界が繋がったら。
 夢みたいな話だってわかってる。
 でも、その夢みたいな話、今起きてるんだよ。
 四ッ谷で何が起こってたのかはよく解らない。でもあそこには、向こうの世界の人が居た。

 ぱたぱたと階段を下りる。エレベーターは誰かが入ってきたときに隠れる場所がないからダメ。
 一段下りる度にウェストポーチが跳ねて、あたしの気分もぴょこぴょこ跳ねる。
 エントランスの明かりも落ちてて、フロントにも誰も居ない。もしかしたら散歩してる人が居るかも知れないから、耳を澄ましたけど、特に足音はしなかった。
 潜入スパイみたいに壁伝いにそろそろ進んで、もうドアは目の前。硝子張りのドアの向こうを見据えて、最後に誰にも見つかってないかどうか確かめようと辺りを見回して――あたしは飛び上がった。
 エントランス前のベンチにちょこんと腰掛けた薄緑色のコート。飛び上がったときに音でもしたのか、ゆるりと上げられた視線と目があう。あってしまった。見つかった。
 どうしよう。どうしよう。
 きっと、外に出るなんて許してもらえない。でも、でも……
 困って悩んで、立ち竦んでいる間も、ベンチに座った人は不思議そうに身体を傾がせたまま黙ってこっちを見ている。
 その様子には最初予想した不審そうな様子も、見張りでもしているような様子もなくて、何となく、咎められることはないような気がした。
 きょろきょろ辺りを見回したけど、周りには誰も居ない。
 ちょっとどきどきしたけれど、あたしは意を決してその人に近付く。
 白っぽい髪にちょっとだけ入った赤いメッシュの目立つ人だった。女の人かな、男の人かな。どっちだかよくわからない。
 こんな時間にこんな所にいるのに、全然怒られる気配が無くて、あたしは安心して、人差し指を唇の前に立てた。細かい言い訳をするよりも、シンプルな方がいい。
「内緒ね!」
 囁くように、それでもしっかり言うと、その人はゆっくり瞬いてから、同じように口の前に人差し指を立てる。黙っていてくれるみたい。話のわかる人で良かった。
 嬉しくなってちょっと笑って、ありがとう、と囁いた。あんまり大きな声は出せないから、小さい声で。
 弾みそうになる足を宥めて、静かにエントランスのドアに近付く。あたしのことを関知したセンサが、すうっとガラスのドアを開けてくれた。目の前には夜の闇が広がるけれど、こんな物は今のワクワクした気分にはぜんぜん叶わない。手に入れた地図を広げる。かさりと音を立てたそれにつけられた赤い印と線をよく確認して、あたしは振り返る。
「――行ってきます!」

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