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2024/09/23

「貴女がそう仰るのなら、貴女をギルドにお迎えすることは吝かではありませんが。……そうですね、一つ、守っていただきたいことがあります」
「いいよ、馬鹿みたいに無茶なことじゃなければね。言うことくらいは聞くさ」
「私、このギルドのどなたにも欠けて欲しくありませんの」
「だから、もう手は出さないよォ。出しても良いことなくなったし。……そんなに信用無いなら誓おうか?」
「そちらではありません」
「じゃあどちら?」
「貴女が、」

「貴女に殉教されてしまったら、私、とても困ります」
「……それは、なんでかな。国に咎めだてられるから?それともギルドの雰囲気?」
「いいえ。私の心の秩序のために」

「貴女に信仰があるように、私にも内なる律があるのです。このギルドは私のもの、ですから私には、ギルドの方々を庇護する義務があります。一人も取りこぼしたくはありません」
「――あんたら、めんどくさい生き物だね」
「とり方は人それぞれですわ。――お約束、守っていただけますか?」

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2011/04/18

 時々ね、お月様が怖いんだ。

 真円の月はぷかりと低い位置に浮かんで、一筋の雲の翳りもなくその姿をさらしている。
 いつになく明るい月光は、呟いた彼女の肌の滑らかさと整った輪郭を際だたせ、柔らかそうな金髪に薄い翳りを落とす。たおやかに体の線を隠す夜着から伸びた剥き出しの腕は、日焼けしているはずだったが、月の光の下では数段白かった。
 悔しいな、とメリッサは思う。曖昧で静かな月の光は、彼女の持つ雰囲気からはほど遠かったけれど、それでも彼女の美しさを充分に引き立てた。もしこの瞬間を絵画にしたら、きっと画家はその絵に彼女の名前は付けない。メリッサは神話には詳しくないけれど、セレーネだとか、ルナだとか、そんな女神の名前を題名をつけるはずだ。
 そんな風に月の恩恵を一身に受けながら、月が怖い、と彼女は言う。
 言ってから、彼女は少しだけ間をおいて、ううん、と少し首を傾げる。
「ちょっと違うかな。今怖いんじゃなく、怖かったことを思い出すんだ」
 怖い、とメリッサは口の中で呟く。それが聞こえたのか、エフィメラはごく簡単に頷いた。
「宮殿から逃げ出した日。月が出てたんだ。銀色のお月様がさ、ばかでかい城の屋根に掛かって、小さいくせに妙に明るいの。足下にうっすら影が出来るくらいでさ……」
 怖い、と言うくせに夢見るような滑らかさで、エフィメラは言葉を紡ぐ。緩やかな瞬きに応じて、青い瞳が一瞬だけ翳った。その一瞬にどんな感情が彼女の瞳に浮かんだのかは、メリッサには読み取れなかったけれど。
「取る物もとりあえずでさっさと逃げなきゃならないっていうのに、いざ建物から出ようとしたら、月が明るくてさ。足が竦んだの。見つかるんじゃないかって」
 そこで言葉を切ったエフィメラの視線を追って、メリッサは窓を見上げる。薄く黄色みがかった、大きな月。メリッサには、怖い、と言ったエフィメラの見た月を想像することは出来ない。出来はしないけれど。
「でも……それでも貴女は、ミュルメクス様を連れてお逃げになったのですね」
 その怖さだけは、少しだけ想像できるような気がした。
 そりゃあね、と屈託無くエフィメラは笑う。
「その場に残ったら、殿下捕まっちゃうもん。行くしかないじゃない。あと、どっちが連れてたかってのは、逆」
 引っ張ってったのは私だけどね。付け足された言に苦笑を返しながら、メリッサは思う。彼女の言った、今怖いわけではない、という言葉は本当なのだろう。そうでなければ怖い物を前に、こんな風に笑えはしないから。
(私は――……何かあったら、姫様の手を引いて、逃げられるかしら)
 それだけの勇気と才覚を、自分は持てるだろうか。
 小さく響いてきた歌声に、そっと目を閉じてメリッサは己の胸に問う。己はいざというとき、怖いものから目を逸らさないでいられるだろうか。立ち向かうことができるだろうか。
 やがて歌声に気付いたのか、綺麗な歌だね、と首を巡らせるエフィメラに小さく頷いて、メリッサは口を開く。
「エフィメラさん、……理由は違いますけど、私も月が怖いんです」
 無言のままこちらへ向けられた視線を感じながら、メリッサは落とした声で言葉を紡いだ。歌声は小さく、けれど未だはっきりと響いている。
「月が……満月が何かを変えてしまいそうで、それが少し、怖いんです」
 視線を上げてメリッサはエフィメラを見た。月の光を受けて、相変わらず彼女は美しい。けれど流れてくる歌声は、それを上回って美しかった。
 人の声とも思えぬ滑らかさで紡がれるメロディも声も、馴染んだもののはずなのに、とてもそうは思えない。今まで聞いてきた同じ歌が、まったく別の物に聞こえるほど澄んでいる。心を震わせるような感情の抑揚はなく、ただひたすら澄んで、抵抗無くどこまでも響くような――そういう歌。
 翌朝になれば、この声はまるで夢から覚めたように人らしい色を取り戻す。それは解っているのだけれど……
 喉まで出かかった不安を呑み込んで、メリッサは俯く。言って不安を撒き散らしてしまいたい。けれど、言葉にしたら本当にそうなってしまいそうで、言えなかった。
(姫様が、私の知っている姫様じゃなくなってしまったらって――……)

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2011/03/23

 鎧付きの肘鉄をまともに食らった海賊の一人が、甲板を吹っ飛ばされた先で動かなくなる。それを確認する間もなく、マーコットは最後の一人へと――キャプテンハットを被っているからにはこの船の長なのだろう、つまり海賊の首領だ――短槍の穂先を向けた。
 向けられた方はと言えば、日に焼けた顔の左目を眼帯で覆った男は、鼻筋に大儀そうに皺を寄せ吐き捨てる。
「……誰だァ、こんな巫山戯た野郎を船に入れた奴ァ」
「君らが来いって言ったんじゃない。ご挨拶だなぁ」
 笑って応じるマーコットの構えた槍の穂先は微動だにせず、男もだらりと右手に剣を提げたままだが、赤毛の下から覗く右目には隙がない。はん、と男は皮肉気に鼻を鳴らした。
「俺等がお呼びしたなァお姫さんだぜ? それが蓋を開けて見りゃあ、キレイなツラしてるが男とはよ」
「君らだって本人が来るなんて思ってなかったでしょ? 影武者が男だったからって、そんなにがっかりしなくたっていいんじゃない」
 首を傾げてみせるマーコットの纏う装甲は、日頃彼が身につけている物ではない。通常の物よりも幾分丸みを帯びたフォルム、表面に施された紋様、細身に作られたガントレット――平均よりは大柄に作られているが、一目見て女物と解る品だ。
 ご丁寧に鎧の下に纏った、上品な色合いのサルビアブルーのドレスが強い海風に揺れる。僅かに――船の揺れと勘違いするほど僅かに、マーコットの肩の位置が下がる。呼応するように、対峙した男の腕が上がる――否、上がりかけた。
「カラブローネ!」
 唐突に上がった少女の声に、男があからさまに舌打ちした。互いに相手から視線を逸らさないまま、マーコットの視界の端、船室の上にぴょこりと海鳥の羽と、続いて少女の頭が覗く。
 日に焼けた黒髪と浅黒い肌は、内陸の騎馬の民だという青年を思い起こさせたが、少女の顔立ちはどことなく彼とは違う印象を受ける。風に散らされて乱れた黒髪の下、焦げ茶色の眼が瞬間的に不安と驚きに揺れた。甲板を巡った視線は一拍おいて赤毛の男と、そしてマーコットを中心に捉える。
 ――瞬間、少女の眼の色が変わった。それまで宿っていたはずの感情の機微が消え失せて、表情にだけ最前の驚きの色を残したまま、少女の唇が何事かを紡ぐ。
(――あ、)
 刹那、ぞわりと背筋を駆け上がったそれは、本能から来る警告だ。
 まずい。これは。
 これは、自分では手に負えない、得体の知れないものだ。
 少女の腕が水平に横へ延びる。その指先に陽炎のような揺らめきが収束し、何某かの形を取ろうとする。だが、
「止せコキネリ」
 ぴしりと甲板を打った声に弾かれたように少女の肩が震え、唐突に陽炎が霧散する。
 なんで、とでも言いたげな様子の少女には左手を振って拒否し、男はゆっくりと剣先を上げた。何処か苦々しげな色を滲ませながらも、今度こそは真っ向からマーコットの視線を受け止めて不貞不貞しく口端を上げる。
「こういうのはお互い一人っきりになってからが楽しいんじゃねぇか。――邪魔すんな」

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「まだつけてんのか、それ」
「うん。この前ね、紐付け替えたんだよ」
「……いっとくがな」
「うん?」
「その石は別に俺が採ってきたわけでも、俺が作ってやったわけでもねぇ。ただの盗品だぞ」
「でも、カラブローネがコキネリにくれたのだよ」
「…………」
「この紐ね、この前樹海で盗ってきた革で作ったの。前のより丈夫だよ!」
「お前な……くっそ、船が戻ったら!」
「うん?」
「そしたら、もっと良いもん盗ってきてやる」
「首飾り?」
「首飾りでも指輪でも何でも構わねぇよ。……そんなもん大事につけてたら、曰く付きの品だって周りに言いふらしてるようなもんじゃねぇか」

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2011/02/14

 かの西北に栄えた国の興りは、馬術に長けた一つの民族であった。
 鮮やかな操馬のみならず、彼等の育てた馬は例外なく頑健であり、一日に数百里を駆けたと言われる。
 疾風の如く駆け、雷の如く矢を射た彼等はやがて周辺民族を率い、一つの国を興す。そうして初めてひとところに留まる生活をはじめた彼等を悩ませたのが、侵略者であった。
 そもそもが遊牧民であった彼等は、新たな土地を奪うことには長けたが、守ることに対してはいかにも脆弱である。彼等が土地を守りきり、生き延びることが出来たのは、当時乱立していた周辺諸国家の興亡に戦を求めて集まった傭兵を雇い入れることが出来たからであろう。
 砦に於ける戦を知る彼等の活躍はめざましく、かの国には珍しくも、そのようにして名を上げた異国人の逸話が散在する。
 何故かの国は、各国を放浪する彼等流浪の兵を繋ぎ止める事が出来たのか?
 かの国の軍資金を賄ったのは、興国後数年のうちに幸運にして手に入れた、東部の山岳地帯に眠る鉱床であった。
 今となっては伝説が残るばかりだが、鉱物、特に貴石の類を多く算出した鉱脈は、現在でも神の富の根の名で呼ばれる。
 今となっては見ることも少ない稀少な宝石の一部も、かの鉱脈から掘り出されたという噂であるが、真偽の程は解らない。何故なら、その鉱脈の主たる遊牧民の裔達は、決して鉱脈の場所を明らかにはしなかったからだ。知ろうと後をつけた商人が一人も戻らなかった、旅路の途中に迷った若者が穴蔵の奥に下りる男達を見てしまい命からがら逃げてきた、そんな御伽噺は、形を変えて各地に伝わっている。
 ともかく、その後も多くの国家の危機に際し、強力な財源となりその苦難を救った鉱脈に感謝と加護を願う意で、かの国では、祝い事には貴石を送る習慣が生まれた。
 特に誕生と同時に装身具に仕立てた貴石を「生まれ石」として贈る風習は当時でも一般的だったらしく、現在でも様々なグレードのものがアンティークとして出回っている。
 庶民層では貴石は親から子へと引き継がれることが大半だったが、当時の王朝は王子・王女毎に貴石を贈った。その大部分は彼等が生涯を終えると共に回収され、廟に祀られたという。故に彼等のみを飾ったとされる生まれ石を見ることは難しい。特に彼等のうち、大罪を犯した者、国を追われた者に関しては、その執行前に、王族の証したる石を砕かれた、或いはひびを入れられたとされる。かの国ではかように本人と生まれ石の関連性を重んじたらしく、罪あるとされた者の生まれ石を槌で叩き、罅が入れば有罪、入らなければ無罪としたという記述も残っている。
 それが故に無傷の石が国外に流出することは稀で、大抵の場合は傷が入るか、装飾部の欠損が認められる場合が多いのだが、ここに展示してある一対の耳飾りは、滅んだかの国の王家の紋章があしらわれた品の中でも、石にも装飾にも殆ど傷が見られず、特に保存状態がよいものである。

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2010/12/12
 擬態

「俺達の基準は、そういうのとは、少し違いますよ」
 ふと、寡黙な部類に入るシノビは装束を繕う手を止めた。
「例えば、腕なら細い方がいい。背はなるたけ低い方がいいし、肩幅は狭い方がいい。体は痩せていて、顔なら幼い方がいい。――その方が無力に見えますから」
 それに、と言って、同じ年頃の少年よりも随分小柄で、腕も足も細い、痩せ気味の少年は首を傾げる。
「貴女の価値は、戦うことではないように思いますが」

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2010/12/07

 神父様、私は、人格神など信じてはおりません。
 かの方が救いをくれるなどとは思っておりません。
 見守ってくださるというその眼を、畏れたこともありません。

 ですから罪を犯すことは怖くありません。
 主の裁きなど信じてはおりません。
 貴方を失った嘆きを誰かにぶつけることに、躊躇いなど無いのです。



 ……ただ、星が、

 貴方の消えた空で、それでもエーテルを纏って星々が瞬くので

(正しき行いを示してくださったのは貴方です。)
(己を律する心を教えてくださったのは貴方です。)
(人を慈しむ心を与えてくれたのは、貴方です。)

(私の父は主ではなく、貴方でした。)



 私はただ、貴方を悲しませたくなくて、

 ただ、それだけで。

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「――ただいま」
「お帰り。……どこ、行ってたの?」
「ちょっとね、聞き込み」
「聞き込み?」
「ちょっとさ、詳しそうな奴が、アマラントスについて何か知ってるんじゃないかなーって」
「? アマラントスって……あの神殿に生えてたヤツでしょ?」
「そ。――正直なところさ、わたし等はあの草についてなーんにも知らんでしょ。毒草だってのだって、深王陛下のお言葉以外の根拠はないでしょ? アマラントスが本当はどういう草なのか、他に知りようがないけど、もし本当は毒草じゃなかったら?」
「……って、例えば?」
「んー……毒草だと思われてたけど、実はここ100年の間にアマラントスの有効な活用法が見つかって、体の弱い人間のお姫様がそれを利用している――とかそんなことがあったら、なんてね」
「――!! ツツガ、その詳しそうな人に聞いてきたんだよね?なんて言ってたの!?」
「知らないって」
「知らな……ええぇー……」
「神殿に生えてたのはホントみたい。でも昔話で聞くくらいで、どういう草なのか詳しいことは知らないってさ」
「なんだ……そっか……」
「ん。……ねぇタンジェリン、良かったねぇ?」
「何が?」
「もしもさ、アマラントスは人にとっては毒にしかならない花です――なんて言われたらさ、わたし等、明日にでもお姫様を殺しにいかなきゃならないじゃない」

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2010/11/04

 裏庭に出て、用意しておいた桶の上に所々に焦げ目の付いたシーツを広げ、バケツの中身を開ける。冷え切った水と共に、ごろりと大きな氷塊が姿を現した。
「出しちゃうの?」
「このままでは大きいでしょう?」
 濡れたシーツで氷を包んで、リヴェルリは立ち上がる。槌で砕いても構わないのだが、リヴェルリや老体の神父様が槌を振るうよりはこちらの方が早い。
「そこを、動かないでくださいね」
 そう念を押して、リヴェルリは星術器を起動させる。――今度は先ほどよりも出力が要る。そう、例えば魔物を撃つときのそれのような。
 今度は数歩離れて氷塊に手を翳し、リヴェルリはエーテルの動き、その中へと意識を下ろしてゆく。揺らめくエーテルを含む粒子達の宿す、正と負の2つの力。
 今度はもっともっと細かい制御を行わなければならない。陽子の縛鎖から逃れようと激しく動き回る電子の動きを制御する。作るのは電離の道、ほんの僅かな正と負の差――そうして制御していた電子を一気に解き放つ。
 手袋に包まれた手から放たれたかに見える雷撃が、ぱっと真昼の庭に走る。ジグザグの軌道を描いて電撃が氷塊に達した瞬間、激しい音を立てて、シーツに包まれた氷塊が弾けた。
 大きな音に、びく、と背後にいた少女が肩を震わせたが、こればかりは仕方ない。
 エネルギーを持った雷撃が、高純度の水からなる氷に流れる。だが、高純度の氷は電気を通さない――結果、行き場を失ったエネルギーは、衝撃と音、それから熱に変換される。
 ――多分、リヴェルリのような方法でエーテルを扱う者は少ない。異端なのだ、と思う。けれどリヴェルリは、この方法以外に世界の法則を利用する術を知らない。
 水蒸気の湯気を立てるシーツを剥いでみれば、氷塊には白い亀裂が幾つも走っていた。布で包むようにしながらブリキのバケツに氷だけを移すと、氷塊はバケツの底に触れた瞬間、あっけなく砕けて細かな粉と子供の拳ほどの塊にわかれる。
「あの、ありがとうございます、シスター」
 バケツの中に白く光る氷塊を覗き込んで、少女が言う。
 いいえ、と笑って、リヴェルリは立ち上がった。勿論、バケツを持って。
「では、ヤラッカの所に急ぎましょうか。―― 一人では重いでしょうから」

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2010/10/21

 はやく、と急かすようにリヴェルリの周りをせわしなく歩き回っていた少女は、リヴェルリが星術具を持ち出してくるのを見ると、すぐに机に齧り付いた。
 ほほえましさに内心だけで小さく笑い、リヴェルリは手袋をはめた手で机上のバケツ――先ほど汲んできた水が7分ほど入っている――を土間へと下ろした。彼女にはこの方が覗きやすいだろう。
 そこを動かないでくださいね、そう念を押して、バケツの水の上へと手袋を嵌めた方の手を翳す。
 ――熱気と冷気というのは、「熱」という共通項で括れば、両者はさほど遠いところにあるものではない。ただ世界を構成する微細な粒子の振動が大きいか、小さいか。ごく穏やかな震えに満たされたこの世界では、そのどちらかに振動を少し傾かせるだけで、大きなエネルギーを生む。
 だからリヴェルリは、この温い空気の中に僅かに含まれた、冷気の属性を帯びたエーテルを集める必要はなく、ただエーテルと、微細な粒子の振動を制御してやるだけで良い。
 エーテルの流れを読む――体の周りを流れる緩やかなそれ。その一部だけを滞らせる。掴み取ったエーテルの、その注意してみなければ解らないほどの微細な震え。ここから先は少し集中が必要だ。必要なのはほんの少しだけ。水面の中心に、冷えたエーテルを集める。そのまま宥めるように、震えを、粒子の波動を落としてゆく。少しづつ――決して急いではならない。静止に限りなく近くなった粒子は、近接粒子からエネルギーを得ようとする。全てを均一にしようとする世界の法則が、凍える温度を水の中に伝えてゆく。
 ふ、と水面に僅かな歪みが現れた。それはすぐに白い曇りを帯びて、バケツ中に広がってゆく。リヴェルリが星術の発動を止めてもそれは僅かな間拡大を続けたが、やがてバケツの縁に僅かに水を残した状態で安定した。その周囲だけが水のままの状態のバケツを持って、リヴェルリは裏口へと向かう。着いていっていいものかどうか迷っているらしい少女に、来ますか?、と声を掛けて、リヴェルリは裏口の戸を開けた。

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2010/10/21
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