青い薔薇を求めたのだという。細工物ではない、生きた薔薇を。
けれどそうして生まれた薔薇は、青く美しかったがとてもとても弱くて、実験室から出すことは出来なかったという話だ。
彼女の背中には翼が三対生えている。純白のそれは神々しくすらあるのだけれど、どの翼も萎縮したように小さい。それもそのはずで、この翼は風を掴んだことがないのだ。
大きすぎる魔力故に脆弱な体は、魔力の解放に耐えられない。だから飛べない。
誰もが畏れ、敬い、讃えるこの翼は、けれど彼女に何の自由も与えてくれない。
薔薇色の絹地のドレス。綺麗に梳いた髪。細かい輝石と金属を吹き付けて光らせたリボンとレース。真綿にくるむようにして、悪い物は塵一つ存在させない世界。けれど、与えたかったのはそんなものじゃない。
空を与えたかった。澄み渡る蒼穹を。どこまででも空を駆けてゆける自由を。
けれど実際に与えられたのはこの地上で一番空に近い城だけだ。細い柱で支えられた回廊は、夕日の長い影が落ちるとまるで鳥籠の影のようで、見る度に痛々しい気分になった。 遠い場所の話をしながらいつか一緒に行こうと言えば、彼女はいつだって頷いたのだけれど、大きな瞳を覗き込むと酷い悲しみと無力感に襲われるのだ。
そこにあるのは、深い諦めと澄んだ絶望。
青薔薇は、ガラスケースの外では生きられないと知っている。
けれどそうして生まれた薔薇は、青く美しかったがとてもとても弱くて、実験室から出すことは出来なかったという話だ。
彼女の背中には翼が三対生えている。純白のそれは神々しくすらあるのだけれど、どの翼も萎縮したように小さい。それもそのはずで、この翼は風を掴んだことがないのだ。
大きすぎる魔力故に脆弱な体は、魔力の解放に耐えられない。だから飛べない。
誰もが畏れ、敬い、讃えるこの翼は、けれど彼女に何の自由も与えてくれない。
薔薇色の絹地のドレス。綺麗に梳いた髪。細かい輝石と金属を吹き付けて光らせたリボンとレース。真綿にくるむようにして、悪い物は塵一つ存在させない世界。けれど、与えたかったのはそんなものじゃない。
空を与えたかった。澄み渡る蒼穹を。どこまででも空を駆けてゆける自由を。
けれど実際に与えられたのはこの地上で一番空に近い城だけだ。細い柱で支えられた回廊は、夕日の長い影が落ちるとまるで鳥籠の影のようで、見る度に痛々しい気分になった。 遠い場所の話をしながらいつか一緒に行こうと言えば、彼女はいつだって頷いたのだけれど、大きな瞳を覗き込むと酷い悲しみと無力感に襲われるのだ。
そこにあるのは、深い諦めと澄んだ絶望。
青薔薇は、ガラスケースの外では生きられないと知っている。
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少女の声に胸が詰まった。
まろび出るように駆けてくる小さな体を受け止めるために慌てて両手を広げる。
ぶつかった衝撃は体の大きさに見合って軽くて、受け止めるのは簡単なはずなのに、どうしてか苦しいような気持ちがこみ上げてくる。
怪我はない?まもれなくてごめん。無事で良かった。おかえり。
(ああ、どうしよう)
言わなければいけないことも、伝えたいことも、沢山あったはずなのに。
細い肩を抱き締めたら、そんなこと全部吹き飛んで、苦しくて安心して切なくて、どうしようもなくて、何も言葉が出てこない。
(……離したくない。離れたくないんだ)
まろび出るように駆けてくる小さな体を受け止めるために慌てて両手を広げる。
ぶつかった衝撃は体の大きさに見合って軽くて、受け止めるのは簡単なはずなのに、どうしてか苦しいような気持ちがこみ上げてくる。
怪我はない?まもれなくてごめん。無事で良かった。おかえり。
(ああ、どうしよう)
言わなければいけないことも、伝えたいことも、沢山あったはずなのに。
細い肩を抱き締めたら、そんなこと全部吹き飛んで、苦しくて安心して切なくて、どうしようもなくて、何も言葉が出てこない。
(……離したくない。離れたくないんだ)
( 2009/02/25)
橙色の大きな太陽が、ゆっくりと落ちてくる。
赤く黄色く燃える夕日は、透明で強烈な橙色の光を放ちながら、溶けるように歪んで、地平の下へと沈んでゆく。
足音が止まったのに気付いたのだろう、前を行く長身が振り返る。普段は白で統一された彼の姿も、今は橙色の光の逆光の中で、黒い影になっている。白銀の髪の端だけが、赤い光を透かしてまるで燃え立つようだった。
突然立ち止まったマキシにも彼は不審そうな顔をするでもなく、少しだけ眼を細めて、彼は腕を上げた。
剣を掴むのとも、襟を直すのとも違う軌道で上がった腕は、半ば程で止まる。そう、マキシの視線の少し下くらいの高さで。
自分に向けられたてのひら、差し出された腕と、彼の表情の意味が解らなくて、マキシはそれを交互に見比べる。
けれどどうしようとマキシが困って、長く伸びた影へと視線を落としてしまう前に、まるで躓いた先で待ちかまえて支えてくれるようなタイミングで、彼はおいで、と言ったのだ。
相変わらず優しくもぶっきらぼうでもない声だったけれど、それでもなんだかそれがとても嬉しくて、マキシは土埃のついた手を拭って、その掌を握り返した。
(おいでって差し出された手を、あの頃は未だ、何の疑いもなく握り返せたんだ)
赤く黄色く燃える夕日は、透明で強烈な橙色の光を放ちながら、溶けるように歪んで、地平の下へと沈んでゆく。
足音が止まったのに気付いたのだろう、前を行く長身が振り返る。普段は白で統一された彼の姿も、今は橙色の光の逆光の中で、黒い影になっている。白銀の髪の端だけが、赤い光を透かしてまるで燃え立つようだった。
突然立ち止まったマキシにも彼は不審そうな顔をするでもなく、少しだけ眼を細めて、彼は腕を上げた。
剣を掴むのとも、襟を直すのとも違う軌道で上がった腕は、半ば程で止まる。そう、マキシの視線の少し下くらいの高さで。
自分に向けられたてのひら、差し出された腕と、彼の表情の意味が解らなくて、マキシはそれを交互に見比べる。
けれどどうしようとマキシが困って、長く伸びた影へと視線を落としてしまう前に、まるで躓いた先で待ちかまえて支えてくれるようなタイミングで、彼はおいで、と言ったのだ。
相変わらず優しくもぶっきらぼうでもない声だったけれど、それでもなんだかそれがとても嬉しくて、マキシは土埃のついた手を拭って、その掌を握り返した。
(おいでって差し出された手を、あの頃は未だ、何の疑いもなく握り返せたんだ)
( 2009/02/17)
肉は灰となり大地と空と共に
魂は煙となり天の神と共に
心は風となり愛しい人の翼と共に
「かくあれかし」
かくあれかし、司祭の言を、聖堂に集まった人々は唱和する。彼もそれに倣って聖句を復唱した。
もう何回となく繰り返してきた祈りだ。運ばれてゆく棺の数だけ、彼に縁のある人は減ってゆく。こうやって減っていって、最後に残るのは多分自分なのだ。
誰かの棺が燃やされる度、考えないようにしていたことを考えてしまう。
もしその時が来たら、自分のためにこの祈りを唱えてくれる人は、誰か居るのだろうか。
魂は煙となり天の神と共に
心は風となり愛しい人の翼と共に
「かくあれかし」
かくあれかし、司祭の言を、聖堂に集まった人々は唱和する。彼もそれに倣って聖句を復唱した。
もう何回となく繰り返してきた祈りだ。運ばれてゆく棺の数だけ、彼に縁のある人は減ってゆく。こうやって減っていって、最後に残るのは多分自分なのだ。
誰かの棺が燃やされる度、考えないようにしていたことを考えてしまう。
もしその時が来たら、自分のためにこの祈りを唱えてくれる人は、誰か居るのだろうか。
美しい物を見たいのなら一度だけ見よ、真なる物を見たいのなら二度確かめろ
教えて貰ったばかりの句と力の使い方とを駆使して、背に負う四枚の翼のうち半分を消すことに成功した、その達成感が余韻に変わる前に、何かの詩句の一部なのだろうか、歌うような調子で呟かれた言葉にサイアスは振り返った。
「なんですか、それ」
問い返したサイアスに、メルキオールは鷹揚そうな笑みを浮かべる。
「先人からの忠告だよ。君が手にしたそれがどういう物か、よく考えて使いなさい、ということだ」
どういうものか考えろ。言われた言葉を反芻して、サイアスは心中で首を傾げる。
「……それって、これはあまり使わない方が良いってことですか?」
飛天院と称される彼の、今は一対にしか見えない真紅の翼へ視線をやって言えば、その視線に気付いたのだろう、メルキオールはゆるやかに翼を揺らした。
「それを含めて考えなさいということさ。もっと言うなら、君の使い方次第ということだ。――ああ、これを私が教えたということは秘密だよ」
にっこりと真意の見えない微笑みを浮かべた唇の前で、人差し指を立ててメルキオールは言う。だが、人好きのしそうな笑みなのに、この人の日頃の素行を知っているとどうにも不安な気分になってしまう。
「……そんなこと言われると、矢っ張りこれ、いけないことだったんじゃないかって気分になるんですけど……」
「そんなことはないさ。使っている私が保証するよ。……けれど私が教えたとばれるといろいろゴタゴタがありそうだからね」
そのゴタゴタというのは自分に降りかかるものなんだろうか、それとも彼に降りかかるものなんだろうか。眉を寄せて難しい顔をしたサイアスに、飛天院は続ける。
「解るだろう?私はそういうのは嫌なんだ。これでも平和主義なのだよ」
「誰の平和ですか、それ」
「はは、確かに大人の世界では事なかれ主義とも言い換えられるがね。……君の賢いところは好ましいが、口は災いの元だよ」
教えて貰ったばかりの句と力の使い方とを駆使して、背に負う四枚の翼のうち半分を消すことに成功した、その達成感が余韻に変わる前に、何かの詩句の一部なのだろうか、歌うような調子で呟かれた言葉にサイアスは振り返った。
「なんですか、それ」
問い返したサイアスに、メルキオールは鷹揚そうな笑みを浮かべる。
「先人からの忠告だよ。君が手にしたそれがどういう物か、よく考えて使いなさい、ということだ」
どういうものか考えろ。言われた言葉を反芻して、サイアスは心中で首を傾げる。
「……それって、これはあまり使わない方が良いってことですか?」
飛天院と称される彼の、今は一対にしか見えない真紅の翼へ視線をやって言えば、その視線に気付いたのだろう、メルキオールはゆるやかに翼を揺らした。
「それを含めて考えなさいということさ。もっと言うなら、君の使い方次第ということだ。――ああ、これを私が教えたということは秘密だよ」
にっこりと真意の見えない微笑みを浮かべた唇の前で、人差し指を立ててメルキオールは言う。だが、人好きのしそうな笑みなのに、この人の日頃の素行を知っているとどうにも不安な気分になってしまう。
「……そんなこと言われると、矢っ張りこれ、いけないことだったんじゃないかって気分になるんですけど……」
「そんなことはないさ。使っている私が保証するよ。……けれど私が教えたとばれるといろいろゴタゴタがありそうだからね」
そのゴタゴタというのは自分に降りかかるものなんだろうか、それとも彼に降りかかるものなんだろうか。眉を寄せて難しい顔をしたサイアスに、飛天院は続ける。
「解るだろう?私はそういうのは嫌なんだ。これでも平和主義なのだよ」
「誰の平和ですか、それ」
「はは、確かに大人の世界では事なかれ主義とも言い換えられるがね。……君の賢いところは好ましいが、口は災いの元だよ」
「――けれど、」
俯いてたままの少女に、ミロクは語りかける。面倒な説得をする気はないから、ただ真実だと思うことだけ口にする。
「今彼が考えを決めるのに必要なのは、私達ではなく君だよ」
悔しいことにね、最後の言葉だけは呑み込む。
嫉妬と呼ぶにはあまりに諦観めいた、それは一抹の寂しさだった。
自分達は常に側にあることは出来ても、畢竟、彼の傍らにあるには相応しくはないのだ。戦場に赴く鬼の性を伴侶にするほど、彼は修羅ではない。
「行っておあげ。同じ魂を持つ君が、彼の側にいなくてどうするのかね」
後半はどうにも締まらない理屈だとは思ったが、あえて飄々としたまま口に乗せる。それが例え屁理屈だろうが、理由があった方が人は動きやすい。そう、ミロクもメリルにマキシを追って欲しいのだ。迷いも悩みも、すぐに答えを見つけることばかりがよいとは限らないことは知っている。けれどマキシの悩みを解きたいのは、結局ミロクも同じなのだ。
そら、言って空いた片手を小さく掲げる。掌に、指に、ぱちぱちと小さな雷が生まれる。小さな花火のように光ったそれは、やがて彼が射る矢のようにひとところへ――今回は、彼の掌の上へと収束して、小さな光球になった。足下を照らすのにはもう少し大きい方が良いが、あえて蛍のような大きさにしたのは彼の趣味だった。季節外れではあるが、これくらいは良いだろう。
それはふわ、とミロクの手を離れて、木々の合間の闇と、メリルとの間で旋回する。
少女はそれをやや戸惑ったように見つめていたが、やがて、火の番をお願いします、と言って、闇の中へと向かっていった。
木々の合間へと消える直前、あ、と少女が振り返る。
「明かり、ありがとうございます」
俯いてたままの少女に、ミロクは語りかける。面倒な説得をする気はないから、ただ真実だと思うことだけ口にする。
「今彼が考えを決めるのに必要なのは、私達ではなく君だよ」
悔しいことにね、最後の言葉だけは呑み込む。
嫉妬と呼ぶにはあまりに諦観めいた、それは一抹の寂しさだった。
自分達は常に側にあることは出来ても、畢竟、彼の傍らにあるには相応しくはないのだ。戦場に赴く鬼の性を伴侶にするほど、彼は修羅ではない。
「行っておあげ。同じ魂を持つ君が、彼の側にいなくてどうするのかね」
後半はどうにも締まらない理屈だとは思ったが、あえて飄々としたまま口に乗せる。それが例え屁理屈だろうが、理由があった方が人は動きやすい。そう、ミロクもメリルにマキシを追って欲しいのだ。迷いも悩みも、すぐに答えを見つけることばかりがよいとは限らないことは知っている。けれどマキシの悩みを解きたいのは、結局ミロクも同じなのだ。
そら、言って空いた片手を小さく掲げる。掌に、指に、ぱちぱちと小さな雷が生まれる。小さな花火のように光ったそれは、やがて彼が射る矢のようにひとところへ――今回は、彼の掌の上へと収束して、小さな光球になった。足下を照らすのにはもう少し大きい方が良いが、あえて蛍のような大きさにしたのは彼の趣味だった。季節外れではあるが、これくらいは良いだろう。
それはふわ、とミロクの手を離れて、木々の合間の闇と、メリルとの間で旋回する。
少女はそれをやや戸惑ったように見つめていたが、やがて、火の番をお願いします、と言って、闇の中へと向かっていった。
木々の合間へと消える直前、あ、と少女が振り返る。
「明かり、ありがとうございます」
マキシ様が戻ってこない。
小さく焚かれた火の側で、メリルは所在なげに手を組み合わせる。
ゼロニクスと二人きりでの話から戻ってきてすぐに、彼はキャンプから離れていってしまった。何を話したのかは知らない。気になったけれど、彼のとても難しそうな表情を見たら訊けなくなってしまった。巫女であり、今は精霊達の力も借りることが出来るメリルには、彼がそう遠くない場所にいることが解るのだけれど、あの表情を見た後では追うことも躊躇われた。
本心を言うのなら、追いたい。
だって、きっと神様は悩んでいる。自分では悩みを解く助けにはならないかも知れないけれど、寄り添うことは出来るのだ。今まで祈りを捧げてきたように。
(……でも、)
行く資格が、あるだろうか。
自分が攫われたことで、多分彼は酷く傷ついたはずだ。最初に間に合わなかったという負い目からか、彼はメリルをとても大事に扱ってくれる。けれど、二度目もメリルは自分を守れなかった。
そう思うと、彼の元へ行くのは果たして正解なのだろうか、そんなことを考えてしまう。
メリルは振り返る。ずっと炎を見つめていた眼には木々の影が見えるだけで、その向こうは塗りつぶしたような闇だ。この向こうにたった一人で彼が居る。
小さく焚かれた火の側で、メリルは所在なげに手を組み合わせる。
ゼロニクスと二人きりでの話から戻ってきてすぐに、彼はキャンプから離れていってしまった。何を話したのかは知らない。気になったけれど、彼のとても難しそうな表情を見たら訊けなくなってしまった。巫女であり、今は精霊達の力も借りることが出来るメリルには、彼がそう遠くない場所にいることが解るのだけれど、あの表情を見た後では追うことも躊躇われた。
本心を言うのなら、追いたい。
だって、きっと神様は悩んでいる。自分では悩みを解く助けにはならないかも知れないけれど、寄り添うことは出来るのだ。今まで祈りを捧げてきたように。
(……でも、)
行く資格が、あるだろうか。
自分が攫われたことで、多分彼は酷く傷ついたはずだ。最初に間に合わなかったという負い目からか、彼はメリルをとても大事に扱ってくれる。けれど、二度目もメリルは自分を守れなかった。
そう思うと、彼の元へ行くのは果たして正解なのだろうか、そんなことを考えてしまう。
メリルは振り返る。ずっと炎を見つめていた眼には木々の影が見えるだけで、その向こうは塗りつぶしたような闇だ。この向こうにたった一人で彼が居る。
( 2009/01/28)
野望があった。今となっては幼い、けれど切実な野心だった。
好奇の眼と異端の誹りから逃れられない己達には、認めてもらう術は力を示すしかなかった。
『強くなろう』
それは望みであり誓いでもあった。口に出したことはなく、けれど二人ともに願いは同じだった。
己のために。たった一人の血を分けた相手のために。
――強く、なりたい。
それが幼かった自分達の、たった一つの願いだった。
好奇の眼と異端の誹りから逃れられない己達には、認めてもらう術は力を示すしかなかった。
『強くなろう』
それは望みであり誓いでもあった。口に出したことはなく、けれど二人ともに願いは同じだった。
己のために。たった一人の血を分けた相手のために。
――強く、なりたい。
それが幼かった自分達の、たった一つの願いだった。
ぺたりと凹んだ柔らかい瞼の奥の空洞には、
悲しさとか悔しさとか痛みとか憤りだとか、そう言うものを、
溶かし込んで凝って干涸らびてしまったなにかが、目玉の代わりに詰まっている。
それは、確かに空洞なのだけれど、左に残った目玉に映った、何倍もの感情を閉じこめた闇だ。
悲しさとか悔しさとか痛みとか憤りだとか、そう言うものを、
溶かし込んで凝って干涸らびてしまったなにかが、目玉の代わりに詰まっている。
それは、確かに空洞なのだけれど、左に残った目玉に映った、何倍もの感情を閉じこめた闇だ。
「ふざけるなよお前!」
荒野に響き渡る大音声で叫ばれて、怯えるより身構えるより、マキシは……面食らった。
鬣を思わせる白い髪を振り立てて、一体何がお気に召さなかったのか、彼女はその馬の蹄で大地を蹴りつける。
「魂轟将ともあろう者が何をしている、見ない間に何だそのなりは!!」
びしり、とマキシ――もとい、マキシの持っている小瓶を指差して、ユニカクロアと名乗った羅震鬼は言った。
声にビリビリと空気すら震えている気がする。いや、手に持った小瓶が振動しているから絶対震えている。硝子窓があったら割れるかも知れない。
誰?彼女。小瓶の中で羽繕いをしていたホルストが言った。
昔同僚だったじゃじゃ馬だ、片耳に指を突っ込んだままのケルベーダが心底面倒臭そうに答えて、我関せずを決め込んだのか、寝そべったままことの成り行きを傍観するつもりらしいミロクが、文字通りだなとどうでもいい感想を述べた。唯一クレアだけが、マスター大丈夫?と声を掛けてくれる。
いいなぁ、瓶の中は気楽で!!何でお前等そんなに緩いんだ。
荒野に響き渡る大音声で叫ばれて、怯えるより身構えるより、マキシは……面食らった。
鬣を思わせる白い髪を振り立てて、一体何がお気に召さなかったのか、彼女はその馬の蹄で大地を蹴りつける。
「魂轟将ともあろう者が何をしている、見ない間に何だそのなりは!!」
びしり、とマキシ――もとい、マキシの持っている小瓶を指差して、ユニカクロアと名乗った羅震鬼は言った。
声にビリビリと空気すら震えている気がする。いや、手に持った小瓶が振動しているから絶対震えている。硝子窓があったら割れるかも知れない。
誰?彼女。小瓶の中で羽繕いをしていたホルストが言った。
昔同僚だったじゃじゃ馬だ、片耳に指を突っ込んだままのケルベーダが心底面倒臭そうに答えて、我関せずを決め込んだのか、寝そべったままことの成り行きを傍観するつもりらしいミロクが、文字通りだなとどうでもいい感想を述べた。唯一クレアだけが、マスター大丈夫?と声を掛けてくれる。
いいなぁ、瓶の中は気楽で!!何でお前等そんなに緩いんだ。
( 2009/01/13)
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