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2024/09/23

 ひたり、と温い感触が閉じた瞼の上に触れて、驚くな、という方が無理だっただろう。
 慌てて開いた瞳が映したのは当然ながら病室の真新しく白い天井ではなく、光を遮った狭い闇だ。どういう風の吹き回しだと挙げかけた声は、疲れたよね、という感情の読めない囁きに遮られた。
「休んだ方がいいよ。……船さん来た?心配してたよ、多分」
 瞼ごと視界を覆った掌の温度は、燧の体温よりも低く、室温よりは高い。同じように熱くも冷たくもない声はこの一月で随分聞き慣れたはずなのに、どんな感情が宿っているのか、燧には量れなかった。疎んじていたはずの視界に己がどれだけ頼っていたか思い知らされて、乾いた笑いがこみ上げてくるのは、口の端をほんの少し上げただけでやり過ごした。
「どうかした?」
「お前、こういうのは彼氏とかにしろよ」
「……友達にだってするよ」
 声は平然と変わらず、それでも少しの効果はあったらしく、僅かに身じろぐ気配がする。それでも置かれた手は相変わらずで、燧は密かに息を吐いた。
「……別に、気ィ遣わなくていい」
「そうだね。落ち着かないよね。アイマスクか何か持ってこようか。……そうしたら、俯せで寝なくても済む?」

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「タワーで聞いた声、覚えてる?」
 切り損ねの白が目立つ爪が、つうと透明なプラスチック板の表面を撫でた。伝導率の変化を察知したセンサが反応し、透明なアクリル板内部に埋め込まれた細い線状の発光体が虹色に光ると、ごく静かな音でモニタが立ち上がった。かつて実家にあった旧式のPCとは段違いの静けさだ。
「種を、撒いて。何度も、何度も、刈り取りに来た、って」
 楽器の演奏でもするような、複雑かつ規則性のある動きで貫の指がボードを撫でてゆく。液晶の中で次々に立ち上がるソフト。肩越しに振り返った視線を受け止めて、そのまま久能は見返す。
 瞬き一つの間をおいて、そ、と口の中での短い返事と共に、貫の視線がモニタへと戻る。まるで気のない風情に見えるが、こんな態度にはもう慣れた。そう、慣れてしまった。
 キーボードを撫でて、立ち上がったソフトから貫が一つのファイルを呼び出す。右カラムにいくつかのショートカットが配置された白い画面に浮かび上がる、幾つもの薄灰色の帯。読み込みと共にその一部が赤く染め抜かれていく。見覚えのない、おそらくは専門用語なのだろうアルファベットの凡例から、かろうじて、DNA、種間保存、共通配列、といった意味の横文字を読み取った。
「俺達何番目だったのかな」
 余人への説明の一切を放棄して、ぽつりと投げられた言葉に、久能は僅かに眼を細めた。
「お前はあれを信じるのか」
 かく、とモニタの薄明かりの前で、茶色の頭が僅かに傾ぐ。返ったのは、わかんない、という妙に幼げな調子の応えだった。

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2011/12/31

 ななぞぞのうちの子若人組で、お付き合いのある班の先輩達について語る。
 オチとかは特にない。

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 ぽろりぽろりと欠け落ちるそれは、多分本部のナビにだって見えている。
 ただ奴等が見るのはセンサを通して見たレーダー上に散らばる光点で、俺が見ているのは生の場面だ。
 焦げて炭化した皮膚の下から覗く生々しい赤。沸騰した血から立ち上る湯気。水晶体が白濁した目玉。こんな物を見ても竦まないで立ち向かえるのは、奴等が気違いなのか、それともはなから見えていないのか。
 俺だって顔を覆って足下しか見ないで突っ立っていられるのならそうしていた。だけどどうしようもないだろう、デカブツの牙に頭ごと食い千切られないためには、どうしたってこの眼は要る。
 眼をこらす。気を抜けばこの視界のあちこちにある、黒く炭化して縮んだそれになるだけだ。敵を睨む。飛竜の薄い翅が高速で羽ばたく。ぬるりと光を跳ね返す鱗が波うつのは凍れる吐息が吐き出される前兆だ。
 ひゅうと吐き出されたブレスの中で凍えた水蒸気が細かな白い氷に変わる。白く濁った吐息の向こうで煌めいたのは、溶け落ちた盾を貫通した光。その陰に残った「部品」が断末魔のように痙攣した。


「燧!」
 飛んだ声に打たれたように、硬直していた肩がぴくりと震えた。馬鹿野郎言われてから動いて間に合うなら誰も死にゃしねえ。
 半ばタックルのようにしてひょろい体躯を突き飛ばして、自分もブレスの範囲外に逃れる。コート越しでも背筋の冷える空気が伝わってきたが、致命的なダメージじゃない。ちらりと視線を遣った清澄も無事だ、あいつは目の前の敵を見てる、大丈夫だ。問題は。
「馬鹿タレが」
 よろりと起き上がった青緑のフードに語りかける。
「うっせ……むしろアンタに殺されるわオッサン。落とす気か」
「これくらいで落ちるなァグズだけだ。いいか、燧、」
 切って捨てた言葉に反発して睨んできた眼を、肩越しに見返す。眼が合う。まったく素直な反応だよ、騙されんなよお前。
「余所見すんな。余計なことは閉め出せ、今は」
 飛竜が体をくねらせた。咄嗟に反応して刀で牙を逸らした清澄がよろめき、船形はガラ空きになった横っ腹に銃弾を撃ち込む。飛竜の断末魔。
 こうやって手の届く範囲にだけ手を出しゃいいんだ、余計なことまで見てるな。こいつにはそれが難しいのは解ってるが、
「目の前にだけ集中しろ。俺が援護する」

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「この二人だ。清澄美言、燧創介」
「……学生じゃねぇか」
「そうも言っていられないんだろう」
「ガキなんか使って、ほんとにバケモン相手に戦争できると思ってんのか、上は」
「出来る出来ない、ではないな。出来るようにしろと言っているんだ、俺達に」
「はん。さすがは日暈棗総長様で。――おいおいこんなヤバいのまで混じってるってな、何事だよ」
「こいつ等は別班だ、気にするな」
「見たトコそっちにも随分若いのが居るみたいだけどなァ……こいつら未成年だろ。親はどうしてる」
「……連絡は取れていない」
「じゃあダメだろ。俺は受けない。法律上保護者の同意の得られない場合は、」
「彼らは選考試験に参加した。その時点でムラクモ機関員として働く意思があると見なされる」
「……おい玄岳。お前、」
「いずれにしろ誰かがやらねばならん。しかも、この際やる気がどうのとは言ってられん。選ぶのはやる気がある奴じゃない。死ぬ確率が少しでも低い人材を選ばなければならない。……それくらいは判るだろう、船形」
「少ないっつったって死ぬときは死ぬ。おまけに経験不足のガキだ、ミスって自滅するかもしれないぜ」
「そうならないようお前に頼むんだ」
「……俺がまともに指導するとでも思ってんのか」
「お前なら見捨てはしないと信頼している」

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2011/12/03

 それは耳を塞げないのに似ている。意識がなければ気付かないし、少し近付いたくらいの音量ならば聞き流せる。それでも瞳のように閉じることは出来ないし、突然大きな音がすればそちらに意識が向く。だからそう、例えば、
「磯砂さん」
こつ、と軽く額がぶつかった。 瞬間的に脳裏にぱっと弾ける鮮やかな色があって、瞬いた視界の中、無言で彼は小さく笑い、踵を返す。

『行ってくる。待ってて。お帰りって言って。』

  一瞬の接触で流れ込んでくる言葉は、いつだって鮮やかに聞き逃すことを許さない。

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2011/11/28

その指が怖い。温度が、感触が、そこに巡る意思が怖い。触れあった皮膚を通して、言葉よりも明確に伝わるそれは、間違っても甘やかなどと形容出来る柔さではなく、殴られたような錯覚さえ覚える強烈さで、

『好き愛してる触れたいこっちを向いて愛してる欲しい可愛い好きもっと愛してる好き好き好き』

 意思の奔流。止めてくれ、という言葉が喉に詰まって窒息しそうになる。
 自分のものでも精一杯なのに、加えて流し込まれる情動を処理しきれない脳が焼き切れそうだ。強すぎる負荷に自我などとうに融け落ちて、与えられた体感に掻き回された境界は曖昧になるばかり。
 己という薄い皮膜の中に閉じ込めていたはずのものが拡散して形を失い保てなくなる。混ざる。攪拌されてわからなくなる。今この脳の神経を辿っていったのは、一体誰の感情だろう。

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2011/11/28
 挽歌

 俺と同じように半身を魂獣とともに生きていても、既存の魂獣と人間を融合させているのと、人の身も魂獣の身も新しく生み出された俺とでは、やはり少し事情が違うらしい。
 里を訪れた使者(なんて曖昧な言い方をされたが、外海にある火群の里を訪れることが出来る奴なんてそうそう居ない)から届いたという書簡を畳みなおす。中の筆跡は、数十年前とそんなに変わってはいなかった。
 人の体が少しずつ死んでいく度に、魂獣の体が補って再生させてきた俺は、そうやって少しずつ老いから遠のいていって、結局今では殆ど人ではなくなってしまったが、麗雅は違ったらしい。
 たぶんそれで良かったんだろう。書簡を受け取った者によれば、使者はご子息に看取られて亡くなった、と言ったらしい。ならそれで良かったんだろう。それが良かったんだろう。
 書簡に記された日時は今日の夕刻。
 こんな体だ、人の世から離れて随分経つけれど。
「……行くか、イヅナ」
 傍らに置いた喪服の上着を掴んで、俺は部屋を出る。

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2011/11/06

平気なの、細く開けた戸の隙間から声を掛けたけれど、小さなソファの上に蹲った少しばかり奇抜な色合いの上着はぴくりとも動かない。袖から伸びて肘掛けに掛かった手はだらりと力なく弛緩していて、本当に「引っかかっている」だけのようだ。
 うつぶせ寝の癖は最近知ったけれど、これは悪癖の部類にはいる、と清澄は思う。顔が見えないと安心できないことだってある。特に今日のような日には。
 そろりともう少し扉を開いて、身を乗り出す。呼吸の音は――よく解らない。まさか死んでいるということはないと思うのだけれど。
 ねえ、ともう一度声を掛けるより先に、止めとけ、と後ろから宥める声がした。
「でも」
「ほっとけ。寝かせてやれよ」
 ぱき、と乾いた音を立ててペットボトルの蓋を開ける彼は、こちらに視線も寄越さない。それが少し気に障ったが、確かに起こすのもしのびないと思い直して、後ろ手にそっとドアを閉めた。
 向かいのソファ――病院の待合室にあるような、背もたれがついただけの硬いヤツだ――に座ると、舟形が無言でビニール袋を差し出す。買い物は布の袋で、と教わって育った清澄には、これは少し珍しくて、いたたまれないアイテムだった。勿体ないことをしている気分になる。今では随分慣れたのだけれど、それでも清澄の部屋には、この使用済みのビニール袋が小さく畳まれて保管してあるのだった。
「――サイキックって」
 取り出したペットボトルのジャスミンティーを一口飲んで、ぽつりと呟いた言葉に舟形が少しだけ視線を向けてくる。
「いつも、あんな感じなんですか?」
「――まあ、な。最初のうちはあんなんだ」
 工場も流通も麻痺した東京では、コンビニのおにぎりなんてすっかり見かけなくなってしまった。しけた海苔の巻かれた、手握り、と言えば聞こえは良いおにぎりの最後の一口を呑み込んで、彼は続ける。
「奴等、妙に勘がいいだろ。あれな、どうも俺達より“感じてるもの”が多いせいらしい」
「それって、“第六感”とかそういう?」
「さあな。とにかく見えるものが多いから、余計に疲れるんだとさ」
 言って、彼は時分のプラスチックパックの中に残った、最後のおにぎりに手を伸ばす。そうなんですか、と相づちだけ打って、清澄も袋の中のパンに手を伸ばす。見えるものが多い世界。彼にはこの部屋が――花に覆われた巨大都市はどんな風に見えるのか。そこまで考えてから、はたと気付いた。
「あの、もしかして他にもサイキックの人と仕事したこと、あるんですか」
 問うと、彼は少しだけ眼を細めて、ああ、と答えた。
「あいつも最初はへばってたな。今じゃ全然、扱く側らしいが」

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 ねえ、と彼女は囁く。
 都市には分厚い海水を通した仄暗い光が注ぎ、夜は星の光も届かない青い闇に閉ざされた。上の天候次第では、日の光は一切届かず、昼でも夜と同じような闇があちこちにわだかまる。そんな日には僅かに棲まう肉持つ人々のために、エーテルのランプが灯された。

この都で時を告げるのは太陽でも鶏でもなく、神殿に備え付けられた星時計だった。
低い海鳴りと、密やかな海流の流れ。それらに異質に混じる、歯車の擦れる音。ゆっくりと回る巨大な金属の環。

 ねえ、と微かな声で彼女は囁く。
 心ってどこにあると思う?私は一体この体のどこに居ると思う?魂とか心とか呼ばれる物はどこに収まっているのかしら。心臓?脳?それともこの体全部にばらまかれているのかしら。そうしたら、あなたは私のどこまで愛してくれる?

 寝台の上で身を寄せ合って、微睡みに意識を浸しながらそんなことを語る。
 彼女の語ることの半分は俺には理解できない。けれどそう言うと、彼女はそれで良いわ、と静かに言う。

 心臓が止まってしまっても、すぐに体全部が死んでしまうわけではないわ。呼吸が止まれば脳は死んでしまうけれど、血液に溶けた酸素が数時間は臓器を生かしてくれる。筋や皮膚が死んで腐るにはもっと時間がかかるわ。
 ねえ、私の魂がこの体全部に宿っているとしたら、私が本当に死んでしまうのはいつ?
 この体に埋め込んだ機兵のパーツにも、魂は宿るかしら?

 悲しい話に俺は答えることが出来なくて、彼女はそれでも、仕方ない人、と密やかに笑う。

 海の底に沈んだ都、時を止めた街で、本当に時が止まればいいのに。

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