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2024/09/23
 神羅

「お兄様、それはなあに?」
「これ、ですか?」
 何の変哲もない、アルマの掌にさえ納まりそうな、小さな小石だ。
 灰色のごつごつとした表面を晒すそれは、燃えるような色合いの赤瑪瑙文鎮の横で、いかにも不釣り合いに浮いていた。
 桜材で出来た机の上、アレックスは指先でころりと小石を転がす。
「雷の卵、だそうですよ」
「…………」
 アルマの不審そうな視線に気付いたのだろう、いえ、とアレックスは苦笑して手を振った。
「もちろん、本物ではありませんよ。こうしてみるとただの石ですけど、割ると中にアゲートやオパールが入っているのだそうです」
「……それで、『雷』?」
 アルマは首を傾げる。中に宝石が入っている、というだけなら、何も雷なんて恐ろしげな名前を付けなくても、もっと綺麗な名前が幾らでもありそうなのに。そんな心中を読んだのか、アレックスははい、と微笑んだ。
「アゲートには筋が出るでしょう? 模様が中心から外へ向かって波紋のように拡がってゆくのが、まるで光が弾けるようだから、と」
「ふうん……じゃあこの卵の中にも、そういう模様の宝石が入っているのね」
「そうなりますね」
「…………開けないの?」
「これを、ですか?」
「割ってみないと、中身が解らないでしょう?」
「そうですね……でもいいんです。これは、割らないでおきましょう」
「どうして?」
「いつか、本当に雷が生まれてきたら面白いでしょう?」
 冗談めかしていたけれど、そう言って笑った顔は、次に何が起きるか知っているときの顔だった。

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2010/04/19
 神羅

 ぽた、と濡れた葉がまた一つ滴を落とした。
 新緑を少し過ぎた頃合いの葉は、いよいよ艶やかに緑を濃くして、透明な水滴を受けている。しとしとと降り続く雨に湿らされた空気はじっとりと纏わりつくような重さを持っていたが、同じく雨粒の冷たさも併せ持っており、冷えた微かな風を不快に感じることはなかった。
 濡れた石灯籠の脇を通り過ぎ、白から灰色へと色を変じている石畳を踏む間にも、頭上に広げた傘でぱたぱたと雨滴の弾ける音がする。石畳から外れた泥濘に絶え間なく波紋が咲いては消えてゆくのを眺めながら、フガクは先を行く潤朱色の傘を追う。
 本当は、急ぐほどの距離ではない。目的地までの一本道は、目を閉じて歩いても辿り着ける。だが、それでもフガクは少しだけ足を速める。前を行く父へ少しでも近づくために。
 ――その姿に、尊敬や憧憬とは違った思慕を覚えるようになったのは、一体いつからだったのか。
 触れてはいけない。それは侵しがたい領域であると思う心の裏側で、触れたい、と囁く声がある。
 追いつきたい背中に、追いつくことを畏れる心を持て余しながら、フガクはその姿を追い求めている。
 急な石段を登り切った先には年経た風情の門がある。それをくぐればもうそこは王家の祠廟だった。
 傘を受け取る者は居ない。居ることを許されない場所だ。傘を畳もうと傾がせた朱色の傘から一斉に雨粒が滑り落ちた。
 同じように潤朱色も傾いて、足下にぽたぽたと水滴が落ちる。
 朱と緋、二つの赤の合間に視界が閉ざされる。

 それはほんの一刹那、外界から隔絶される一瞬。

 今、この瞬間になら、触れられる、の、だけれど。

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2010/02/11
 神羅

 鉄格子のすぐ前で二人分の足音が止まる。常とは異なる響きのそれに、彼は少し顔を傾けるだけで視線を向けた。石の廊下、びくともしない堅牢な鉄格子に手を掛けて不躾に覗き込む者と、その背後の壁に寄りかかるようにして立つ2つの人影を認めて、サファイヤブルーの瞳に驚きの色が宿る。
 黒い一対の翼に、地上にあっても尚異彩を放つその容貌と得物。
 よう、と妙にあっけらかんとした音が暗い牢内に響き渡った。
「……爆熱のアランドラに、斬空のフェルミナ……」
溜息をつくように裏切り者の名を呟いた彼は、何とも複雑そうな形容しがたい表情を浮かべていた。

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 神羅

 軍師というのは超弩級のマゾなんじゃないか、とシェイドは密かに思っている。
 神経質なほどの几帳面さを伺わせる、塵一つ染み一つ無い真っ白な手袋。その中指で、逆光で光る眼鏡をくいと押し上げる様子なんて、どこからどう見てもドエスだというのは、シェイドだって異存はないが。

 けれど、毎日毎日上がってくる数字を睨んで、地形と天候と兵力と兵糧と、些細な報告を頭の中でパズルのように組み上げて。
 相手の考えを、想像して、想像されて、読んで読まれて頭の痛くなるようなスパイラルの果てに導き出した結論には、正解・不正解の評定を理屈で下してくれる存在なんてどこにも居ない。確かめる方法はただ一つ。実際戦場で試してみるだけ。
 正解だったなら、生き延びる。けれど間違いだったなら。
 報告にあった数字は正しいか?自分の考えは正しいか?計画通りに人が動いてくれる保証は?もしも情報が漏れていたら?
 薄氷を踏むような、綱渡りをするような、どこにどうやって足を下ろせば安心なのか。区別の付かないスリルに日夜苛まれながら、それでも正気で生活しているなんて、よっぽど神経が太いか、マゾか、或いはもう狂っているかだ。
 セツナがこのうちどれに当てはまるかと言ったら――


「――どうしました? シェイド」
「いえ、何でも」
 慌てて思考を切り離し、遅れた歩調を少し早めて、シェイドは前を行く少年へと追いつく。赤い鳥に似た翼を負う少年の、柔らかそうな金髪に隠された輪郭と、未だ幼さを残した顔立ちは中性的な雰囲気を醸しだしており、微笑むと少女と勘違いしそうだ。
 王、と名乗るには随分可愛らしいが、気は抜けない。何しろこの少年も、有能な軍師なのだ。見た目のように可愛らしいヒヨコで終わるわけがない。

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 神羅

 娯楽の本質を考えたことがある?

 競うこと? 共感すること? 何かを壊して創ること?
 ある地上の人はこう言った。

 『全ての娯楽は死と生殖の模倣だ』

 私達には寿命がない。
 寿命がないから入れ替わらない。入れ替わらないから血を継ぐ者はいらない。

 ねぇ、だから胸焦がす恋の代わりに、心震わせる戦慄と猛りを。
 死への恐れを呼び覚ます、狂おしいまでの生への執着を。

 奪い奪われる刃の交歓を、はじめましょう、地上の人。

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 神羅

 恐れておいでですか。
 何を、と彼は言わなかった。

 多分、否定することも出来たのだ。恐れてなどいないと、「王」であるならばそう答えるのが正しいのだと思った。
 どう答えるべきか逡巡して、けれど彷徨わせた視線の先、まるで試すような硬質な色を浮かべた瞳が視界に入って、――ふと、吹っ切れた。
 今更繕ってみたところで、その虚実などはきっとすぐに見抜かれる。ならば試されているのは、今自分が己の心を語るか、在るべき姿を演じるか、だ。
 どちらを選ぶかは、自分の理性次第。
「……はい」
 はたして、アレックスはそう答えて、ゆっくりと息を吐いた。

 そう、自分は恐れている。人を殺すことを恐れている。

「では、精々恐れることです」
 驚いて思わず言った彼の方を見ると、ナルサスは、最前アレックスがそうしていたように十字架を――その向こうのステンドグラスに描かれた、血の気を失った死者達を見上げていた。
「奪われるものの価値を知らぬ者に、奪う権利などありはしません」
 それは驕りです。言って彼は、ステンドグラスからアレックスに視線を移す。その作り物めいて整った表情に、何か奇妙な感情を見て取ったような気がしたが、それが何かを読み取りきる前にかき消えてしまった。
「貴方の魂はあるべき姿をしておられます。――お心は正しく在られますよう。驕りの果てにあるのは、滅びでしかないのですから」

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 神羅

「この世界を支える一柱となっていただきたいのです」
 創造と破壊、二つの理を併せ持つ生まれたばかりの神の声は穏やかに、けれどはっきりと響く。
 幾つもの声が重なり合うような、複雑な響きと音程を持った言葉を受けて、若い武神は目を伏せる。考え込むような数瞬の後、やがて決意を固めたのか、ゆっくりと視線を上げ、彼は答えた。



「やだ」


「やだ、ってお前」
 唖然とする、というのはきっとこういう顔なんだろう。妙に抜けた表情がらしくないよ、オウキ。
 軽く頭を振って表情を改めたオウキは、まさか、と眉を顰めて囁く。
「本当にそれで地上に戻ってきたのか」
「そうだよ」
 さも当然、と言うようにさらりと返せば、オウキの表情に何とも言い難い色が浮かぶ。多分それで調和神様は怒らなかったのかとか、いや怒らなかったからこうして平穏無事にいられるのかとか、そんなことを考えているんだろう。うんうん、解るよ、神様って心が広いのか狭いのかわかんないよな。なんて、俺が言うのも何なんだけど。
「会いたい人が居るんだ、って言ったら許してくれた。俺が守った人達が無事なのか確かめたいって」
「……そうか。そうだな、お前は地上の人達を守るために戦ってくれたんだったな」
 そこで一旦言葉を切って、オウキは小さく苦笑を浮かべる。
「悪かった。責任を蹴って帰ってきたお前の決断を、疑うところだった」
「え。俺そんなに自分勝手じゃないよ」
「昔は随分無鉄砲だったけどな」
「酷いなー。……オウキだって、どんどん前に飛び出していっちゃうくせに」
 少し恨みがましく、……それでも出来るだけ冗談を交えた言い方で言ったのだけれど、オウキは何を言われているのか気付いたらしい。表情が硬くなった。こんな所だけはほんとに聡いのになあ、この人。ほんとに気付いて欲しいことには、なかなか気付いてくれない。
 俺は、別に責めたいわけじゃないって伝えるために、笑ってみせる。
「俺が守りたかった地上の人には、ちゃんとオウキも入ってるんだよ」
 無事を確かめたかった人はたくさん居る。……無事でいて欲しかった人だって。でも、一番生きてることを確かめたかった人は、触れてちゃんと体温を確認したかった人は、オウキなんだよ。
 そう思ったらなんだかとても触れたくなってしまって、少し考えるフリをしてから尋ねてみた。
「触って良い?」
 唐突な台詞にも、オウキは何一つ不審がる様子もなく、首肯の答えを返してくれる。
 手を伸ばす。許可なんてとらなくったっていつも触れていた手だ。触れれば、あたたかい、とは言わないまでも、温い人肌の温度を伝えてくる。それだけでは物足りなくて、思い切って身を乗り出した。薄い寝間着の胸に耳を押し当てて、規則正しい心音を聞く。本当は、今すぐにでも腕を回して引き寄せて抱き締めたい衝動に駆られている。
「……生きてて良かった」
 囁くと、息を呑む気配がして、胸が小さく上下する。やがて吐息のような、悪かった、と、ありがとう、が吐き出された。
 うん、悪かったよ。オウキが死んだらどうしようかと思ったとか、今度一人で無茶なことしたら絶交だとか、子供っぽい文句の一つも言ってやろうかと思っていたけど、オウキが温かくて、穏やかな心音が聞こえて、なんだかどうでも良くなってしまった。
 少しだけ視線を上げると、前あわせの寝間着の襟から、包帯の端が覗いているのが見えた。もし神様の力があったら、そんなのすぐに治しちゃうのにな。神の力を手に入れようとした魔導士の姿を思い浮かべながらそう呟いたら、冗談でも言うものじゃない、と小突かれた。割と本気だったんだけどな。
 でもオウキ、例え誰かの怪我を一瞬で治せてしまっても、オウキと一緒にいられないなら、俺は神様の力なんていらないんだよ。

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2009/09/30
 神羅

時折、この人が強いことが不安になる。

また災いがあれば、人を守るために身を挺するんだろう?
(俺のためにじゃなく、誰かのために)
もし争いが起きたら、求められるまま戦うんだろう?
(けど俺はもう隣には立てない)

どんなに平穏を保とうとしたところで、摘みきれなかった小さな禍のために、あなたは人のために尽くすんだろう。
(きっとそれは俺の知らないところで。……俺の手出ししちゃいけないところで)

神様になったって、一番欲しいものだけは、結局手に入らない。

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2009/09/29
 神羅

「40.6度」
 相変わらずの何を考えているのかよく解らない声が、体温計の計測結果を読み上げる。多分1メートルと離れていない場所からの声なはずなのだけれど、今は近いのだか遠いのだかよく解らない。ついでに視界に広がる天井の遠近感もよく解らない。
「あと1.4度でメントールが溶けるな」
 ぼそりと実に人ごとな台詞がベッドサイドから聞こえて、アスエルは濡れたタオルの下からそちらへと視線を向ける。
「と……溶けてたまりますか」
 人の体温の上限は摂氏42度、それが恒常性を保てる限界だ。メントールの融点は42度から45度。人肌で溶けたら多分死んでいる。うわぁやだなぁ!
「大体、なんで貴方がここに居るんですか……油売ってないで仕事してくださいよ」
「なんでって、そりゃ酷いんじゃないかいアスエル君。君は寄りにもよって共用の仮眠室でダウンして、そのままベッドを占領しているんだよ?私が此処にいたって、何らおかしいことはないじゃないか」
 う、とアスエルは言葉に詰まる。確かに、突発的に出た高熱によって仮眠室を占領してしまったことは悪いと思っている。……思ってはいる、が、しかし。
「誰の所為だと思ってるんですか……」
 先月から始めた新しい研究のために採集されたサンプルの温度管理と分離同定、抽出測定その他諸々。それに加えた日々の雑用とおさんどんに経理。サンプル関連の仕事はラティエルと分担して行っていたが、先週から研究が佳境に入ったと主張するラティエルが奥の実験室にこもりっきりになってしまったため、今週はもう本当に目が回るような忙しさだったのだ。恨み言の一つ二つ三つくらい言っても、調和神様だって怒らないだろう。
 と、思ってベッドサイドに座るラティエルの分厚い眼鏡を精一杯睨み付ける。
 ラティエルはのほほんと宣った。
「君は可愛い顔をするねぇ」
 何言ってるんだこの人。
 二の句が継げないアスエルを余所に、確かに、と足を組み替えながらラティエルは言う。
「私も少々悪かったとは思っている。だからこうして体温を測りに来たり、タオルを用意したり、かいがいしくも看病しようとしているのじゃないか」
 一応罪悪感じみたものは感じてくれているらしい。どの辺が「かいがいしい」のかは不明だが、それでも自分のためにラティエルが何かしてくれようとしたことには感謝しておくべきだろうか。
「そうそう、後で粘膜サンプルを取ってくれないか?今年の流感として保存しておけば何か後々役に立つかも知れない。地上の流感と比べてみたら面白いかも知れないねぇ。いや、ウイルスだから、あまり比べ甲斐はないかな」
 ……前言撤回。やっぱりこの人面白がってるだけじゃないのか。アスエルは深く溜息をついて答える。あー、関節が痛い……
「良いですけど……流感だとは限らないじゃないですか」
「この時期に一気にぱっと熱が上がって全身症状が出る、これが流感じゃないとしたら大発見かも知れないねぇ。大丈夫だよ、ちゃんと同定するから」
 何が大丈夫なのか、もはやつっこむ気も起きない。というか、伝染る病気だと解っているのならマスクの一つもしたらどうなんだろう。そう言うと、君はたかが不織布一枚でウイルスを防げると信じているのかね?と眼鏡を光らせて問い返された。……正直、信じてたんですけど。




「ともかく、だ。熱が高いようだから解熱剤を用意しよう」
「……ありがとうございます」
「それで薬の形状なんだが、錠剤と座薬どっちが良い?」
「なんでその選択肢なんですか、錠剤じゃダメなんですか」
「胃腸から吸収された成分は門脈を経由し、肝臓に到達するとそこで化学的修飾を受ける。対して直腸から吸収された物質は肝臓を通らず、直接体循環に入るから、胃腸にも良いし代謝の反応も受けにくく効果が高い」
「すいませんまったく何を言っているか解りません」
「まあ、要約すると座薬がおすすめということだよ。何ならいれてあげようか」
「結構ですッ!」

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2009/09/25
 神羅

 アレックスの声が出なくなった。

 伸ばした手で喉に触れる。普段ならば不躾と言っていい行動だが、アレックスは拒まない。指先が触れた瞬間、わずかに喉が上下して、じわりと高い体温が伝わってきた。
「……本当に声、出ないのか」 
 自分でも解りきっているサイガの問いに、けれどアレックスは少し困ったように眉を寄せただけで、律儀に口を開く。

 “はい”

 唇はそう語るのだけれど、音はない。ただ触れた喉が微かに振動を伝えてきて、気道を空気が通る、微かな音だけがした。
 それでもう本当に出ないことが解ってしまって、今度は問うたサイガの方が、まるで痛みを感じたような表情をすることになる。
「熱は?」

“ありません”

「喉だけなのか?」

“はい。他は、”

「ああ、喋らなくていいから」

 唇を動かすだけなら良いが、時折喉から振動が伝わってくるところを見ると、本当に喋ろうとしているらしい。慌てて手を振って止めたサイガに、アレックスは小さく首を傾げる。
 喋らなくて良い、と言われても伝えたいことがあるのだと思って、サイガは周囲を見回す。遠い卓上にあった羽根ペンに気付いて立ち上がるより先に、手を引かれてサイガはアレックスを振り返る。

“これでいいです”

 唇だけがそう言って、アレックスは常とは違い、手袋をしていない指で、サイガの掌に文字を書く。
『これでいいでしょう?』
 掌の上を指が滑っていく感触がくすぐったい。けれどそれ以上に、布越しではなく直接伝わる温度だとか、添えられた指の感触だとかが気になってしまって、サイガは照れ隠しのようにぼそりと言う。
「……ゆっくり書かないと解らんぞ」
『解ってます。』
 ご丁寧にピリオドを打ちながらの苦笑がいつも通りの様子なので、何となく安堵して、ベッドサイドに座り直す。
『本当は そんなに酷い 体調ではないので 仕事は出来る んですけど』
 いくら男の掌と言っても、指で文字を書くには狭い。少しづつ区切りながら一字一字紡がれる文字を、サイガは見つめる。
『僕らの魔法は 声や呪文に 頼るところが 大きいので 大騒ぎされて しまったんです』
「……魔法で治さんのか?」
 飛天も聖龍も魔法に長けた部族だが、飛天は特に治癒魔法に優れている。魔法に頼らず、自然の草木や自身の治癒力で傷を治すことを修行の一環とする聖龍ならまだしも、飛天にそんな習慣はなかったはずだが。
 視線を受けて、だがアレックスは首を振る。
『喉は繊細な 器官なので 変な風に治すと 声が変わって しまうのだそうです』
「それは困るな……」
 アレックスの、芯があるのに柔らかな、耳に心地よい声が変わってしまうのは嫌だ。そう言えば彼の喉はいつ頃治るのだろう。もう一度あの声が聞けるのはいつになるのだろう。

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2009/09/22
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