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2024/09/24

「あんたさ、ミュルメクスの姉さんなんだって?」
「ん、そうだよ。母親は違うけどね」
「じゃあ訊きたいんだけどな……その弟が、寄りにもよって三十路の男にうつつを抜かしてる現状について、何にも思わないのか?」
「逆に訊くけど」
「ああ」
「ここであたしが、勿論超気に食わないし、あんたみたいな年増に大事な殿下やれるか!とか言ったら気まずくない?」
「…………すまん」
「あ、嘘嘘今のは冗談だから。そうだなー、お国にもそういう嗜みはあったし、女じゃないから出来ちゃったの心配もないし」
「待ってくれ!誤解があるようだけどそこまでの関係は」
「解ってるって、一夜があったか無いかくらい殿下見れば解るわ。別に良いんじゃないのー?もし逆だったとして、あたしだったら変なふうに口出しされたくないし」
「そうか。……そうだよなぁ。普通は横槍入れんのは野暮だよなぁ」
「めんどくさいから口出しして欲しかったんでしょ」
「…………」
「図星ー。残念でした。それにあたし的にはあんたタイプだし、歓迎するよ?カモン逃亡生活」
「しなくていい、しなくて。むしろ好みなら邪魔してくれ」
「やだよ殿下と喧嘩したくないもん。それにタイプってなら海軍の兄さんとか可愛い盾の子とかもタイプだし。将軍ジュニアはまだそういう目で見れないけど」
「………………」
「えっ、何で黙んの?趣味悪いとか思ってる?」
「いや、共通項を探してた」
「ああ。親父に似てないトコ」
「……親父さんと仲悪いのか」
「まあね。……殿下が何か言ったの?」
「は?」
「あそう。いいや、気にしないで。殿下さー、親父にちょっと似てるの。だから殿下は好きだけど、タイプじゃないんだ」
「……さっきから気になってたんだが、その『親父』ってのは……」
「いけ好かないことに、まぁだ玉座に座ってるわ」
「国王を親父って呼ぶか、普通」
「だってオヤジはオヤジでしょ。これでも殿下に遠慮してやわらかーい呼び方してんのよ?」
「?遠慮ってことは、あいつはそんなに仲悪くないのか」
「仲は悪いよ。…………でも嫌いかどうかっていったら、……あたしほどは、嫌いじゃないんだろうね」

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「――念を入れて申し上げておきますが」
 ファーラは集められた三人の顔を見回す。見回して、羽根のような軽さと花のような優雅さと、それからいかにも王侯らしい気品でもって、お姫様は微笑んだ。
 微笑んだまま、言った。
「もし私のギルド員に無体を働かれるようなことがありましたら、勇魚の代わりにあなた方の頭に銛を打ち込みますので、そのおつもりで」



「……一つ訊くが」
「……なんだ」
「我等に対してはともかく、何故お前まで王女に警告を受けるのだ」
「…………」

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 今でも覚えている。
 庭木の蕾の具合でも聞くような、ありふれたさりげなさだった。

「眼を、どうした」
 何故気取られたのだろう。
 今思えばあれもこれも、彼の眼に止まるような不自然さはあったのかも知れない。けれどあの当時の自分は未だその程度の誤魔化しをすることで精一杯で、とっさの怯えを隠すことも出来ず、それでも何とか間を開けずに応えることが出来た。
「何の、ことでしょう」
「怪我か、病か?」
 ああ、つまり今日限りの不調でないことすら覚られている。
 それでも当時の自分は、飲み込みの悪い愚鈍な子供の振りをすることしかできなかった。
「何を指してるのか解りません」
 頑是無く主張する自分に、少年はほんの僅かにだけ眼を細め――それが目の前の少年を凝視しようとするための仕草だったのか、或いは眉を顰めかけて留めた動きだったのかは解らないが――そして、言い放った。
「自覚がないなら医者を呼ぶ」
「!!」
 そのまま片膝をついて跪いていたシノビの襟首を乱暴にひっつかんで、少年は歩き出す。
「わ、離しっ」
「おとなしく付いてくるというなら考えないでもない」
「必要ありません医者なんて」
「惚けているのか本気で解っていないのかは知らないが、原因も解らぬものを放置できない」
「原因も何も、問題なんてありませんっ」
 噛み合ってるのかいないのか不安になるような会話を交わして引きずられながらも、必死に手を振り解こうとするが、元よりこの時期の一歳の年の差と、たゆまぬ鍛錬の差は大きかった。
 一向に外れる気配のない手に引きずられて、木々の切れ目に屋敷の屋根が見え始める。
 あそこにはお抱えの薬師やら医者が居て、いつでも屋敷の一角に控えている。今日も往診の時間でなければ屋敷に控えて、訪れる人々や屋敷内の物を診たり、或いは薬を作ったりしているのだろう。些細な怪我しか診てもらったことはないが、評判の上では名医だ、と聞いている。どんな病をもたちまち見抜いてしまうのだと。
 ひく、と喉が引きつった。
「……お待ちください」
「…………」
「お待ちください、後生ですから」
 懇願すると、ぴたり、と少年の足が止まった。
「眼は……以前、星見の道具でやりました」
 誰にも言ったことがなかった。怖くて言えなかった。
 背後の彼の様子が最前と違うのを察したのだろう、襟を掴んだ手は緩まないながらも、語調に僅かな躊躇いが混じった。
「診せたのか?」
 いいえ、と彼は首を振る。
「でも、左は見え難くなりましたけど、ちゃんと両方見えます。……お役に、立て、ます。眼の所為で下手なんてうちません」
 だから、と彼は絞るように続けた。
「お願いです、黙っててください。誰にも……言わないでください」

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「できる……と言えば出来ますし、できないと言えば出来ないでしょうねぇ」
 ギルドに入ったばかりのシノビは、芋を剥きながら己の主人をそう評した。
「米くらいは炊けると思いますよ。戦場での炊き出しは見慣れてますからね。でも魚の煮付けなんかは出来ないと……いや、ううん」
 抉り出したジャガイモの芽をぽとりと手元に落とし、シノビは首を傾げる。鈍った手元を咎めてメリッサが軽く肘でつつくと、彼はあ、失礼、と言って綺麗に皮の剥かれたジャガイモをボウルに張られた水に沈めた。
「別に、お魚に限った話でなくても良いんですよ?」
「いえ、魚が一番例えやすいですから……煮付けって、こう、煮汁を調合するでしょう。醤油とか、味醂とか」
「はい。白ワインとか、ブイヨンや香草も」
「米酒を使うのも良いですよ。――ともかく、あの調合がなかなか微妙でしょう。慣れれば目分量で作れますけど」
「……私、姫様にお出しするものはちゃんと量ってます」
「あ、それは……ええと、でもこう、適当に作る人は目分量……でしょう?」
「……そうですね。基本の比さえ覚えておけば、そんなにおかしな事にはなりませんね」
「でしょう。でも、アキツ様はその基本の分量ってのを知らないんです。だから作れませんけど……どうしても作らなきゃならなくなったら、あの方は調味料差し引きして試行錯誤してどうにか煮汁作って、調理しますよ。冗談みたいに真面目だから」
「……あの方がどういう性格かは解りましたけど……どうしても煮魚を作らなければならない状況なんて無いでしょう」
「いやいや。仮に、ですよ。『煮魚が食いたい。煮魚をもて』という主命が下ったら、アキツ様は作りますね。そりゃもう間違いなく。で、苦心の末にどうにかこうにかそれっぽいものが出来上がったら、それを進ぜるんでしょう。まあ、それでも作れるものと作れないものとあるでしょうけどね。例えばこの、ポテトサラダなんか無理ですよ」
「何故?理由をお聞きしたいです」
「あの方はマヨネーズの作り方を知らないし、マヨネーズを入れるって事も多分思いつきません」
「……納得しました。じゃあもし、ポテトサラダを作れ、と言われたら、どうなさるんでしょう?」
「うーん……腹切るんじゃないですかね……」

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2010/05/18
 熾火

「己の生業を」
 アクアブルーの瞳が燃えている。
「己で屠るというのですか」
 知る中で一番綺麗な色の瞳だ。
「屠るも何も、俺は初めから“そう”だった」
 それが翳るのを見る度に暗い愉悦を感じるのだから、まったく救えない。
「俺達の生かした兵士が、生き存えたぶんもっと多くの敵を殺したんだ。敵を殺すための奴を生かすために、治療したんだよ、俺達は」
 それでも無いはずの憐れみに似た感情を覚えるのは、何の錯覚か。
「荷担してない、なんて、大嘘だ」
 もし錯覚でないとしたら、この感情の意味は。

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「ねぇ、これからどこ行く?」
 かたことかたこと、踏みならされた道を行く馬車の荷台で、月を見上げてエフィメラが言う。
 さあ、とミュルメクスは羽織った毛布をたぐり寄せる。この時期の夜は冷える。冷えた空気のぶんはっきり見える月が眩しいくらいだった。
「出来るだけこことは国交がない国だな」
 本当は逃げるルートも決めてはあったのだが、予想以上に慌ただしい出立になってしまった。これでは予定は変更せざるを得ないだろう。予定のルートが使えないなら、後はどこでも同じようなものだ。
「国交って言われてもねぇ。これだけデカけりゃ、何処の国だって同じようなもんでしょ」
「……なら、人の出入りの激しい国」
「ふんふん。それも出来るだけ素性が明らかじゃない奴らが集まるとこがいいね。そうだなぁ、冒険者の聖地、迷宮なんてどうよ」
「世界樹の、か? 悪くないな」
 そう、悪くはない。迷宮なんて御伽噺の中でしか聞いたことがなかったが、だからこそ尚更、悪くない、と思った。現実味のある話よりは、よほど夢想めいていて良い。
「でしょ?退屈し無さそうだしさ」
「それで、何処に行く気だ。ラガードは遠すぎるだろう」
「そうだね。ラガードはなしとして、……あたしはアーモロードがいいな。母さんの生まれたところの海が見たい」
「……では、アーモロードへ」

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 正座したツツガは一つ息を吸い込むと、さて、と芝居がかった口調で口火を切る。
「国の守護神、勇猛果敢で知られた筆頭将軍トウロウ閣下のご子息、アキツ将軍と言いますれば」
「ば?」
「その活躍たるや文武両道に及び、面立ちたるや眉目秀麗。明朗快活なお人柄であられ、率いる兵へのはからいもまた厚く、戦場でのその立ち姿の凛々しさたるや摩利支天もかくや」
「マリシテン?って?」
 タンジェリンの呟きには、
「武道の神のようなもんです。……女神ですが」
 隣に座ったシノビが注釈を付けて答える。
「しかしながら先の戦役により、危うく命を落とされる程の深い傷を負われたとか。一年と四月を数える今も、未だ療養は解けずご出仕もままならぬご様子」
「出仕してないのはアーモロードへ来ている所為なんですけどね……」
「しかしただの療養にしては少々長すぎる。よもや刀を握ることの叶わぬお体になられたのでは、或いは樹のごとくお目覚めにならぬ眠りの淵に居られるのでは――さてそれが真ならなんとする。ああ若い身空でおいたわしい」
「滅茶苦茶元気ですよ、あの人。この前だって二杯飯喰ってましたし」
「この前の探索の時も大活躍だったよねー!」
「しかし、アキツ様が御不調であれば、将軍様の跡取りに相応しいのははてさてどなたか――っていうのが、わたしが道中聞いた噂なんだけど」
 なんか欠片も合ってなさそうだね。肩を竦めるツツガの前で、赤毛の剣士とシノビは顔を見合わせた。
「…………尾鰭ってつくもんですね」
「本人が聞いたらむしろ怒りそうだよね」
「……国外逃亡した王子の噂も聞いたけど、聞く?」
「「聞く」」

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2010/05/14

「依頼の達成を祝ってー」
「乾ぱーい……って何回目だこれ」
「えー?何回やったっていいじゃない、それに乾杯しない方が失礼だよ、この葡萄酒」
「げ、おま、こんな良いの開けて……勿体ない」
「美味しく飲めない方が勿体ないよ」
「勿体ないのは酒が、じゃねーよ。お前がだよ。飲み過ぎ。味解ってんのか」
「解ってるよ」
「…………」
「それにさぁ、あんなに心配させられたんだから、ちょっとくらい飲んだって良いじゃない」
「俺の所為じゃねーし」
「そうだねぇ、君がもし28階の奥に行く班に振り分けられててもそれは君の所為じゃないし、奥に行った班がどうなったかも、君の所為じゃないねぇ」
「……あー、解ったよ、心配かけました、すみませんでした。だからそろそろ止めとけ」
「もう封開けちゃったじゃない、葡萄酒」
「だからそれまでで。……ってかそれ以上飲んだらその分全額お前持ちな」
「……今までのは?」
「ワリカン」
「けちー、報酬入ったくせに」
「いろいろと物要りなのー、何しろそろそろ6層も最上階なもんで」
「……君が仕事受けるなんて珍しいと思ったら。そういう理由?」
「ルーキー行かせるにはキツイだろ、28階は」
「ふーん……まあギルドのために粉骨砕身してお仕事するのも良いけどさ。ホントに骨まで粉になったらしょうがないんだからね」
「……嫌なこと言うなー……」
「そう?僕らはね、今日半日、それを一番危惧してたんだよ」
「……ま、精々気をつけるさ。これからもな」
「……何?」
「28階。調査がこれで終わるわけねーだろ。で、有力ギルドのレンジャーが今回ので軒並み潰されちまったときた」
「……次、依頼が来るとしたら「カレンデュラ」に、ってこと」
「妥当だろ」
「で、また君が行くんだ」
「まあ、そうだろうなぁ」
「…………何か、今、解りたくなかった誰かの気持ちが解ったかも」
「は?」
「いや……僕としてはさ、あんまり行って欲しくないな、って話」
「……そういうわけにもいかないだろ。うちがトップ走ってるかぎり」
「解ってるよ。でもさ、……死体の状況、聞いた?」
「踏み込んでったギルドの奴らが死体見て慌てて糸で帰ってきたって話か? ……聞いた。何にやられたんだか」
「うん。まさに粉骨砕身?」
「おい」
「ごめん。茶化すつもりじゃなかったんだけど。ただ、もしも……もしもだよ、骨まで粉になってたら、君の骨さえ拾いに行けない」
「……ねぇよ」
「そうだね。でもさ、そんなのは、……やだよ」

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 いよいよ増してきた背中の重みにいい加減文句の一つでも言おうと肩越しに振り返る、その鼻先を思いがけず至近の距離にあった黒髪と、穏やかな吐息とが掠めていって、ランビリスは思わず開きかけていた口を閉じた。
 ……参ったな。
 胸中で呟いて、ランビリスは静かに息を吐く。
 こちらに背中を預けたまま微睡んでいる青年の眠りは深いようで、起きる気配は微塵もない。
 海都へやってきて日の浅い青年やギルドマスターの姫君達とは違い、迷宮に潜るようになる以前から海都で生活していたランビリスや、その相方を務めていたシスターは自宅を持っている。アーマンの宿に宿泊しているわけではない以上、昨日探索に出た青年達の帰りがいつ頃だったのかは知る由もないのだが、おそらくは遅い時刻だったのだろう。
 規則正しい寝息を聞いていると起こすのもしのびない気がして、ランビリスは前へと向き直った――は、良いのだが、相手が寝ていると知った後では、少し離れたところへある工具に手を伸ばすのにも起こさないかどうか背後が気になってしまう。
 開いた工具箱の横に置いておいたドライバーを極力動かないようにして腕だけ伸ばして取り、螺子を締め、戻し、別の作業を挟んでは手を伸ばし――を、三度繰り返した辺りで諦めた。ドライバーを置く代わりに、工具箱の定位置へと放り込んで片付けを始める。
 いつも行っている工程にはいくつか足りなかったが、どうせ昨日のうちに整備はほとんど終わっていたのだ。ただ背後の青年と居るのに手持ち無沙汰になるのが気まずくて、作業をしていたに過ぎない。
 静かな呼吸を聞きながら、ランビリスはもう一度、今度は口に出して、参ったなぁ、と呟いた。
 言うまでもなく、背後の青年のことである。
 航海中や宿に足を運んだときのみならず、こうして自宅までやってきてはすぐ手だの口だのを――作業に、ではなくランビリス自身に――出すくせに、待っていろとか、作業中だと主張すると存外すぐにおとなしくなるので、どうにも追い払えない。
 かといって手が出なければまったく無害かと言ったらそういうわけでもなく、作業の合間や他愛ない会話に混じる、誤解のしようのない恋愛感情の告白や、たまに正気を疑いたくなる支配欲とも独占欲ともつかない台詞は、ランビリスを戸惑わせるには充分すぎた。
 そもそも、誰がいい歳の髭を生やした成人男性が甘く愛を囁かれる日が来るなどと思うだろう。いや、実際の所は囁くなんてかわいげのあるものではなく、正面から宣言されている場合がほとんどなのだが。
 とにかく、普通は誰も思わないだろう。可能性の話ならばともかく、一般的にはあり得ない。しかも相手は女性ですらなく、傲岸不遜な王子様と来ている。
 半年前のランビリスが聞いたら、間違いなく何かの冗談か笑い話の類だと思って笑い飛ばしていた。今だってそうしたいが、残念ながらこれは現実である。何よりも、背中の重みが事実であると物語っている。
 呟いたのが聞こえたわけではないだろうが、背後で青年が僅かに身じろいだ。起きるだろうか、そう思って背後の様子を窺ってみたが、どうやら青年の意識はまた眠りの淵に落ちていったらしく、僅かに浅くなった呼吸はまた最前の規則正しいものへと戻ってゆく。
 ただ、身じろいだ拍子に青年の黒い髪が一房流れてランビリスの肩から落ちており、青みがかった艶のあるそれを、ランビリスは何気なく手に取った。
 男にしては綺麗な髪だな、ぼんやり浮かんだ感想を、思考は当たり前だと肯定する。数ヶ月前までは王宮住まいだった青年である。手入れをされていない方がおかしい。だが、そのうちこの髪も陽に照らされて、潮風に煽られ、或いは魔物の体液を被っては傷んでゆくのだろう。
 それはありふれて当たり前のことだったが、何となく勿体ないような気がした。
 だが、そもそも勿体ないというのならば、この青年は大抵のことが勿体ない。客観的に見れば端正な顔をしているのだ、その気になれば街の女性と――ギルドの面々を考えると、ギルド内恋愛は勘弁してもらいたい――普通の恋愛をすることも出来るはずだ。
 いや、とランビリスはそこまで考えて自身の思考に訂正を入れた。
 恋愛は出来るだろうが、それが上手く行くかは少し疑問だ。例えば青年が誰か女性と両想いになったとして――今のランビリスに対する態度をそのまま女性に向けるとしたら、それは問題だと思う。
 日常的な口説き文句――は、まあ良いだろう。告げる態度が堂々とし過ぎている気がしなくもないが、下手に気障に言われるよりはそういうのが好みだという女性もいるかも知れない。
 だが例えば――今のように、自宅にまで押しかけてくるのはどうだろう。若ければ想い人には毎日会いたいものなのかも知れないが、それにしたって過ぎた好意は重いものだ。
 人と人が上手くやっていくには、ある程度の距離を取る必要がある、とランビリスは思う。その距離を不必要に縮めたり、或いは遠ざかったりして適切な距離の範囲を逸脱すれば、得てして関係は崩壊してしまう。相手に近づきたいと思っても、相手がそれを望まなければ、決して関係は縮まらないのだ。
 この王子様は、どうにもそれがよく解っていない節がある。自分からは幾らでも好意を表現するくせに、相手からの好意には今ひとつ頓着しない。
 誰かそれを教えてやってくれよ、青年が自分に好意を向けているかぎり、そんな女性の登場する可能性は0だとは解っていながら、ランビリスは想像の中の「青年の恋人になってくれるかも知れない女性」に向かって、胸中で呟いた。
 本当ならば、青年のアンバランスさに気付いている自分が一言言ってやればいいのだろうが、好意を寄せられている立場の自分が青年にそんな話をするのは酷な気がして、どうにも躊躇ってしまう。
 青年からの思慕を、受け取って返す気は、ない。
 そのくせ、更生のためとはいえ青年を傷つける役を引き受けたくはないのだ。嫌われたくはない。
 だからその役を誰かがやってくれないかと待っている。――ランビリスは、その程度には偽善者だ。その自覚もある。
 どうしたもんかね。己の台詞が一体何にかかるのか理解しないまま、ぽつりと呟いて、彼は息を吐いた。

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「ありがとう、メリッサ」
 薄い銀で作った鈴を転がすような澄んだ声で言われて、メリッサは頭の芯に霞がかかるのを感じる。
 鹿の嘶きを聞いてしまった時に少し似ているが、あんなものとは全然違う。
 正体のない不安を煽るあの声とは違い、ファーラの声は優しい。ビリビリと空気を震わせるのではなく、澄んだ声で真っ直ぐに響く。
 その喉から紡がれる言葉は、メリッサをふわふわとしたひどく幸せな気分にする。この声に呼びかけてもらうためなら何でもしよう、そんな気分になるのだ。
 まるで御伽噺の魔物の歌声に操られた人々のような言だと思う。けれど、きっと姫様の声は魔法の声なのだ。姫様の声には、聴いた者の力を奮い立たせ、恐れや悪しきものを打ち破る力がある。そんな声に人を惹きつける力があったって、何の不思議もない。
 だから、とメリッサは思う。たとえこの気持ちが、その魔法の喉に惑わされているのだとしても構わない。
 だって、こんなに暖かに満たされる気持ちを生む声が、悪いもののはずはないのだから。

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2010/05/09
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