ぺたりと凹んだ柔らかい瞼の奥の空洞には、
悲しさとか悔しさとか痛みとか憤りだとか、そう言うものを、
溶かし込んで凝って干涸らびてしまったなにかが、目玉の代わりに詰まっている。
それは、確かに空洞なのだけれど、左に残った目玉に映った、何倍もの感情を閉じこめた闇だ。
悲しさとか悔しさとか痛みとか憤りだとか、そう言うものを、
溶かし込んで凝って干涸らびてしまったなにかが、目玉の代わりに詰まっている。
それは、確かに空洞なのだけれど、左に残った目玉に映った、何倍もの感情を閉じこめた闇だ。
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「ふざけるなよお前!」
荒野に響き渡る大音声で叫ばれて、怯えるより身構えるより、マキシは……面食らった。
鬣を思わせる白い髪を振り立てて、一体何がお気に召さなかったのか、彼女はその馬の蹄で大地を蹴りつける。
「魂轟将ともあろう者が何をしている、見ない間に何だそのなりは!!」
びしり、とマキシ――もとい、マキシの持っている小瓶を指差して、ユニカクロアと名乗った羅震鬼は言った。
声にビリビリと空気すら震えている気がする。いや、手に持った小瓶が振動しているから絶対震えている。硝子窓があったら割れるかも知れない。
誰?彼女。小瓶の中で羽繕いをしていたホルストが言った。
昔同僚だったじゃじゃ馬だ、片耳に指を突っ込んだままのケルベーダが心底面倒臭そうに答えて、我関せずを決め込んだのか、寝そべったままことの成り行きを傍観するつもりらしいミロクが、文字通りだなとどうでもいい感想を述べた。唯一クレアだけが、マスター大丈夫?と声を掛けてくれる。
いいなぁ、瓶の中は気楽で!!何でお前等そんなに緩いんだ。
荒野に響き渡る大音声で叫ばれて、怯えるより身構えるより、マキシは……面食らった。
鬣を思わせる白い髪を振り立てて、一体何がお気に召さなかったのか、彼女はその馬の蹄で大地を蹴りつける。
「魂轟将ともあろう者が何をしている、見ない間に何だそのなりは!!」
びしり、とマキシ――もとい、マキシの持っている小瓶を指差して、ユニカクロアと名乗った羅震鬼は言った。
声にビリビリと空気すら震えている気がする。いや、手に持った小瓶が振動しているから絶対震えている。硝子窓があったら割れるかも知れない。
誰?彼女。小瓶の中で羽繕いをしていたホルストが言った。
昔同僚だったじゃじゃ馬だ、片耳に指を突っ込んだままのケルベーダが心底面倒臭そうに答えて、我関せずを決め込んだのか、寝そべったままことの成り行きを傍観するつもりらしいミロクが、文字通りだなとどうでもいい感想を述べた。唯一クレアだけが、マスター大丈夫?と声を掛けてくれる。
いいなぁ、瓶の中は気楽で!!何でお前等そんなに緩いんだ。
( 2009/01/13)
幸福を願うのが愛だと先人は言った。
ならばこれは友愛でも親愛でも情愛でもない。
(独りなら良かった。孤高なら良かった。頼ることも頼られることもなく。)
未だ小さかった手を引いた。
心が凍えないように言葉を与えた。
そうして独りにならないよう導いた。
(だが、寄る辺ないままなら護ってやれたんだ)
戻るべき場所も行くあても、共に行く人も目指すものもなく。
それはとても寂しいものなのだが。
(……独りのまま、なら)
ならばこれは友愛でも親愛でも情愛でもない。
(独りなら良かった。孤高なら良かった。頼ることも頼られることもなく。)
未だ小さかった手を引いた。
心が凍えないように言葉を与えた。
そうして独りにならないよう導いた。
(だが、寄る辺ないままなら護ってやれたんだ)
戻るべき場所も行くあても、共に行く人も目指すものもなく。
それはとても寂しいものなのだが。
(……独りのまま、なら)
密やかに広まった噂だけは聞いていたから、彼がやけに神妙な面持ちで神殿から出てきたときも、やはりそうだったかと納得しただけだった。
少年らしい顔に、正義感と義務感とを滲ませた彼は、歩み寄るリヴィエラに気付くと、一瞬年相応の驚いた顔をしてから、慌ててぺこりと会釈をする。
そんなに畏まることはないのだけれど、礼儀のなった良い子だ。アフラノールの教えの賜物だろう、そんなことを思いながら、マキシウスのすぐ側まで来て立ち止まったリヴィエラは微笑みを浮かべた。
「調和神様が討伐者に選んだのは、貴方でしたか」
確かめるために問えば、顔を上げた彼は真摯な様子で、はい、と頷く。
未だ若くて、瑞々しいような力に溢れた彼は、長くを生きてきた自分達よりはずっと疑うことを知らないのだろう。
遙か古の時代に起こった出来事を、この若い神は知らない。神々が掲げた正義も、箱の中の者達のことも、古い神々は口にしたがらないだろうから。
けれど、知らずには居れないだろう。知れば考えずには居られないだろう。彼は物事に対してとても誠実だから。
だからきっと、彼にとってはとても難しい役目になるはずだ。
苦労するだろうし、傷つくかも知れない。でもそれで彼は、新しいことを知るに違いない。
けれど、リヴィエラはただ、そうですか、と微笑むにとどめた。
これは誰かが言うことではない。彼が自分で手に入れる経験で、知るべき事だ。
ああけれど、これだけは彼に伝えておこう。
医神であるリヴィエラは傷も病も癒すことができる。けれど、リヴィエラの力の及ばないところにいる者は癒せないし、死者を蘇らせることもできない。摂理を逆転させることは神にでさえ出来ないのだ。
古い古い記憶は、今でも思い出す度胸の奥に鈍い疼痛を生じさせる。
「神といえども不死身ではないのですから、気をつけるのですよ」
古い戦いを知らない彼は、快活にはい、と返事をした。
少年らしい顔に、正義感と義務感とを滲ませた彼は、歩み寄るリヴィエラに気付くと、一瞬年相応の驚いた顔をしてから、慌ててぺこりと会釈をする。
そんなに畏まることはないのだけれど、礼儀のなった良い子だ。アフラノールの教えの賜物だろう、そんなことを思いながら、マキシウスのすぐ側まで来て立ち止まったリヴィエラは微笑みを浮かべた。
「調和神様が討伐者に選んだのは、貴方でしたか」
確かめるために問えば、顔を上げた彼は真摯な様子で、はい、と頷く。
未だ若くて、瑞々しいような力に溢れた彼は、長くを生きてきた自分達よりはずっと疑うことを知らないのだろう。
遙か古の時代に起こった出来事を、この若い神は知らない。神々が掲げた正義も、箱の中の者達のことも、古い神々は口にしたがらないだろうから。
けれど、知らずには居れないだろう。知れば考えずには居られないだろう。彼は物事に対してとても誠実だから。
だからきっと、彼にとってはとても難しい役目になるはずだ。
苦労するだろうし、傷つくかも知れない。でもそれで彼は、新しいことを知るに違いない。
けれど、リヴィエラはただ、そうですか、と微笑むにとどめた。
これは誰かが言うことではない。彼が自分で手に入れる経験で、知るべき事だ。
ああけれど、これだけは彼に伝えておこう。
医神であるリヴィエラは傷も病も癒すことができる。けれど、リヴィエラの力の及ばないところにいる者は癒せないし、死者を蘇らせることもできない。摂理を逆転させることは神にでさえ出来ないのだ。
古い古い記憶は、今でも思い出す度胸の奥に鈍い疼痛を生じさせる。
「神といえども不死身ではないのですから、気をつけるのですよ」
古い戦いを知らない彼は、快活にはい、と返事をした。
( 2008/12/01)
「浮かない顔だね。またお祖父様に叱られたんですか」
「……こんな時にばかり来るとは間の悪いやつめ。それともわざとか?」
「まさか!……でも理想通りに振る舞うくらいできるでしょう、君。良い子の振りをしていればいいのに」
「望まれるものを演じるのは癪だ」
「ひねくれてますね。……まあその名前みたいに、出来た性格で“慈愛深く”微笑む君は気持ち悪いですが」
「……軽薄で尻の軽い鳥の息子とは付き合うなとも言われたぞ」
「うわぁ、ひどいですよそれ!」
「……こんな時にばかり来るとは間の悪いやつめ。それともわざとか?」
「まさか!……でも理想通りに振る舞うくらいできるでしょう、君。良い子の振りをしていればいいのに」
「望まれるものを演じるのは癪だ」
「ひねくれてますね。……まあその名前みたいに、出来た性格で“慈愛深く”微笑む君は気持ち悪いですが」
「……軽薄で尻の軽い鳥の息子とは付き合うなとも言われたぞ」
「うわぁ、ひどいですよそれ!」
以前書いた「花に嵐」の続き……として書こうとしていた物……の発展系なのですが、場面が飛ぶのと、内容が割と酷い気がしたので、「花に嵐」とは別物扱いにさせていただきます。
……ええと、私は、主人公がズタボロになったりする少年漫画が好きです……いや今回負けたりするのはマキシさんではないんですが。
マキシさんがSなのか女々しいのか。
ミロクさんの諦めが良すぎるとか。
そんな感じなので嫌な予感がした方は見なかったことに。
……ええと、私は、主人公がズタボロになったりする少年漫画が好きです……いや今回負けたりするのはマキシさんではないんですが。
マキシさんがSなのか女々しいのか。
ミロクさんの諦めが良すぎるとか。
そんな感じなので嫌な予感がした方は見なかったことに。
その男は、最前からずっとそうして、足下の岩盤が無くなった先を――下界に続く中空を――見下ろしていた。いくら見つめたところで神ではなく、透視の力すら持たぬ彼に地上が見えるはずもないのだが、男はゼロニクスがやってきたと気付いてもなお、そうして地上があるはずの場所を見つめている。
「――本当に下界に降りるつもりか?」
ぽつりと問うたゼロニクスに、男はただ淡々と答える。
「他に行くところもない。此処に長居は出来ぬからな」
まだ箱の封印が解かれたと知れ渡ってはいない今だからこそ、こうして悠長に話などしていられるが、ひとたび追っ手が掛かれば、追われる身となる男やその眷属は天界には居られない。
「……もう一度訊くが、」
こちらに視線を向けもしない男に、ゼロニクスは問う。
「俺と共に行く気はないか」
問いの形を借りてはいたが、それは質問ではなく確認だった。男は雲しか見えないであろう中空へと視線を据えたまま、僅かにだけ眼を細める。やがて、口端を吊り上げる笑い方で――その間さえ男はゼロニクスへ視線を向けはしなかったが――笑って、言った。
「私などを頼るようでは、その名が廃ろう、無頼神よ」
「お前は将だと聞いている。お前のような者がいれば心強い」
「私のような者、がいれば、な」
皮肉を含んだ笑いを浮かべたまま、男は今度こそゼロニクスを見た。青い視線が交錯する。
ゼロニクスの言葉は本心で、けれど男が言ったことも本当だった。この男のような力と才を持った者が必要だったが、それは別にこの男でなくとも良いのだった。もちろん、ゼロニクスの目的が彼等を新世界へ導くことである以上、数は多いに越したことはないのだが。
おそらくは、これ以上は何を言ってもこの男の意志は動くまい。思いながらも、ゼロニクスは食い下がる。
「お前の気性は過去の諍いに執着するのを良しとするとは思えない。復讐にもこの地の支配にも興味がないのなら、俺と共に行くのも悪くはないと思うが」
「確かに報復にも覇道にも興味はないがね。しかし私は新世界とやらにも大して興味はないのだ」
「――本当に下界に降りるつもりか?」
ぽつりと問うたゼロニクスに、男はただ淡々と答える。
「他に行くところもない。此処に長居は出来ぬからな」
まだ箱の封印が解かれたと知れ渡ってはいない今だからこそ、こうして悠長に話などしていられるが、ひとたび追っ手が掛かれば、追われる身となる男やその眷属は天界には居られない。
「……もう一度訊くが、」
こちらに視線を向けもしない男に、ゼロニクスは問う。
「俺と共に行く気はないか」
問いの形を借りてはいたが、それは質問ではなく確認だった。男は雲しか見えないであろう中空へと視線を据えたまま、僅かにだけ眼を細める。やがて、口端を吊り上げる笑い方で――その間さえ男はゼロニクスへ視線を向けはしなかったが――笑って、言った。
「私などを頼るようでは、その名が廃ろう、無頼神よ」
「お前は将だと聞いている。お前のような者がいれば心強い」
「私のような者、がいれば、な」
皮肉を含んだ笑いを浮かべたまま、男は今度こそゼロニクスを見た。青い視線が交錯する。
ゼロニクスの言葉は本心で、けれど男が言ったことも本当だった。この男のような力と才を持った者が必要だったが、それは別にこの男でなくとも良いのだった。もちろん、ゼロニクスの目的が彼等を新世界へ導くことである以上、数は多いに越したことはないのだが。
おそらくは、これ以上は何を言ってもこの男の意志は動くまい。思いながらも、ゼロニクスは食い下がる。
「お前の気性は過去の諍いに執着するのを良しとするとは思えない。復讐にもこの地の支配にも興味がないのなら、俺と共に行くのも悪くはないと思うが」
「確かに報復にも覇道にも興味はないがね。しかし私は新世界とやらにも大して興味はないのだ」
なるほど精神の拘束とはこういうものかと、思う間もなかった、様な気がする。
最初に圧倒的な何かに引きずり込まれたのは覚えている。事態を理解しかけた頃には既にその「檻」は完成していて、思考と五感を奪われた。
それからはよく覚えていない。眠っていたわけではないのだろう。夢は見なかった。ただ少しだけ拘束の緩んだ間は微睡むようで、昔のことを思い出していた気がする。五感の拘束が緩んでも身動きが取れなかったから、窮屈だったという印象ばかりが強い。真っ暗で冷えた場所だった気もするが、そう思うのは視覚が無くて静かだったせいかもしれない。
自由にならない意識の底で、いつか来るかも知れない終わりを夢見ていた。
――それが解放にせよ、消滅にせよ。
最初に圧倒的な何かに引きずり込まれたのは覚えている。事態を理解しかけた頃には既にその「檻」は完成していて、思考と五感を奪われた。
それからはよく覚えていない。眠っていたわけではないのだろう。夢は見なかった。ただ少しだけ拘束の緩んだ間は微睡むようで、昔のことを思い出していた気がする。五感の拘束が緩んでも身動きが取れなかったから、窮屈だったという印象ばかりが強い。真っ暗で冷えた場所だった気もするが、そう思うのは視覚が無くて静かだったせいかもしれない。
自由にならない意識の底で、いつか来るかも知れない終わりを夢見ていた。
――それが解放にせよ、消滅にせよ。
( 2008/10/12)
例えば、雷が、手から離れる瞬間の思考、だとか
宿した炎の熱の心地良さ、
振り回す斧の重み、
水流と心を通わせる感覚、
そんなもので何となく解ったつもりになっていた。
みんな凄く重い物を抱え込んでるのは知っていたけれど、
どんな物を見てきたか、どういう扱いを受けてきたか、
聴くのと視るのとじゃ、全然違ったよ。
真っ暗な空も
おかしな程赤い地平も
綺麗に更地に還った街も
流れることを止めた河も
何も見えない、塗り込めたような闇も
聴くのより視るのより、感じた方が、ずっとずっと悲しかったよ。ずっとずっと寂しかったよ。
何より今更嘆かない誇り高い彼等が、
ずっとずっと、痛かったよ。
宿した炎の熱の心地良さ、
振り回す斧の重み、
水流と心を通わせる感覚、
そんなもので何となく解ったつもりになっていた。
みんな凄く重い物を抱え込んでるのは知っていたけれど、
どんな物を見てきたか、どういう扱いを受けてきたか、
聴くのと視るのとじゃ、全然違ったよ。
真っ暗な空も
おかしな程赤い地平も
綺麗に更地に還った街も
流れることを止めた河も
何も見えない、塗り込めたような闇も
聴くのより視るのより、感じた方が、ずっとずっと悲しかったよ。ずっとずっと寂しかったよ。
何より今更嘆かない誇り高い彼等が、
ずっとずっと、痛かったよ。
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